白い魔女に魅入られて

shimishimi

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第一章 運命は巡る

BOY MEETS GIRL?(9)

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 泣いた。
 いくら押さえようとしても声が洩れた。
 いくら止めようとしても涙が流れ落ちた。
 いくら強がっても悲しみが湧き上がった。
 泣いてしまえば、思い出が消える気がした。
 泣いてしまえば、忘れる気がした。
 泣いてしまえば、逃げる気がした。

 だけど、涙は止まらなかった。


 その女性は隣に座っていた。
 何も話すことなく静かにじっとしていた。
 背筋がピンっとなっていて緊張が見て取れる。
 俺が泣き終わるのを待っていたのか、話し出すのを待っているのかのどちらかだろうか。
 それとも、帰るに帰れないって感じか。
 それを思うと、なんだか申し訳ない気持ちに駆られた。

「あの、帰らなくていいんですか? もし心配して残ってくださったのでしたら、僕はもう大丈夫ですよ」
 さりげなく促してみる。
「大丈夫です。お気になさらず」
「……はい」
 沈黙が流れた。
「えっと、……もしかして教室から出るときぶつかりました?」
 沈黙に耐えられなかった。
 彼女はゆっくりとこちらを向く。
「そうですよ。あんな幽霊でも見たような顔して見られれば、さすがに覚えますよ」
「いえ、そんなつもりは……」
 ふふ、と笑った。
 昼間に見た大人な印象と違う、子どもっぽいあどけない様子で。
「あなた、名前は?」
「僕ですか? 僕は新島悠矢にいじまゆうやです。あなたは?」
「私は加藤詩織かとうしおりです。よろしく」
「よろしく、お願いします。」
 お互い何故か自己紹介をする形となった。
 それから、加藤詩織は話を続けた。
「何歳?あの学校の生徒よね?」
「20歳です。生徒です。浪人してたので一回生です。えっと、何歳ですか?」
 と聞き返した。
「レディーに年齢を聞くなんて野暮ったいわね」
「いや、そんなつもりじゃ」
「冗談よ」
 ふふ、といじらしくまた笑った。
「20歳になったばっかです」
「え、それならなんで白衣着てあの教室に……」
「私教授なのよ。17の時にアメリカで博士号取ったの」
 
「あ、私と同い年なんだし、ゆ……新島君、タメ口でいいよ。私もタメ口で話すから」
「悠矢って呼んでください。姓名で呼ばれるのあんまり好きじゃないんです。名前で呼んでくれたら、タメ口にします」
「分かったわ。その代わりお互い名前で呼びましょ」

 その後は、たわいの無い話をした。不思議とあんな悲劇があったのに、この時だけは楽しめた。
 昔の友人と再会して積もる話をしたような、懐かしさと嬉しさが合わさった感覚。
 それにしてもおかしな女だと思った。白衣を着て講義をするなんて、実験でもない限りそんな教授は見たことがない。

「今だけ日本に来てるの。周りの教授らと年離れてるし、知り合いもいないから話をしても合わないのよ。だから、悠矢と会えて良かった」
 少し寂しげに詩織は続ける。
「ちょうど話相手が欲しかったのよね」
 笑顔を見せた。
「学会か何かで日本に?」
「それもあるけど、研究の関係ってやつで」
 これ以上は聞いてはいけないのは分かっていた。研究内容は他言してはいけないだろうと思ったからだ。
「内容は言えないけどね」
「大変だなー」と適当に相槌を打った。それから気になったことを聞いた。
「なんで俺に声かけようと思ったの? 普通はこういうのって放っておくものだと思うけど?」
「ん、んー」
 困った感じだった。
「放っておけなかったから?」
「なにそれ?」
「理由なんてないよ」
「それでも科学者ですか?」
「そうよ。私こうみえて天才だよ?」
 お互い笑った。
「私からも質問させてもらうわ」
 詩織は続けて言う。
? 何があったの?」

 ついに、聞いてきたか。詩織はこれが聞きたかったのだろう。
 話すか迷ったが、誰かに話さないと自分がおかしくなると感じた。
 だから、俺はすべて話した。
 今日の出来事。電車に引かれて死んだことも。もちろん、夢……の話もした。
 気分は最悪だった。吐かなかっただけマシだった。

「そうだったのね。そんなことがあったなんて」
「そんな深刻な顔しないで。これは全部俺の責任なんだ。それに……多分、今日のことも明日になれば詩織は覚えてないと思う」

 これは直感で思った。明日になれば、お互い他人になる。厳密に言えば、今日をまた繰り返すと思う。
 ありえない。そんなことはありえない。どれだけ理性でねじ伏せても、どれだけ理屈で否定しても感覚でわかる。

 詩織とここで出会うまではそんなありえないこと一切感じなかった。それなのに、今はそう思ってしまう。
 感覚が似ている。あの階段から落ちるときの意識が逆行する感じが今ある。だんだんと強くなってきている。もしかしたら、あと少しで――――。

「ありえないと思うけど、全部本当に起こったことなんだ。夢の中の出来事は現実世界の出来事のように思えた。
 しかも、今日は今日で夢とまったく同じことが起きたり、夢とまったく違うことも起きたんだ。
 もしかしたら、これは予知夢じゃなくて、今日をもう一度繰り返したのかもとか考えたけど、どうも納得できない。そんな超常現象みたいなことがあるわけないし、信じたくない」
 俺は続けて言う。
「それなのに、状況も時間も違うのに大河が死ぬ夢は違う形で現実世界で起きた。死ぬ要因は夢ではバスで、現実では電車だったけど。もし夢が予知夢だったなら、回避できたと思う。ほら、事故が起きる状況を避ければいい。でも、そう簡単なものじゃなくて一度確定した死は――死は避けられないものだとしたら? 運命ってやつは変わらないものだとしたら?」
 自分で何言っているのかわからなかった。
 だとしたら、俺が見る夢は予知夢じゃなくて死を起こす夢になってしまう。

「そんな運命なんて言わないの」
 小さかったが信念みたいなもの言いだった。
「え?」
「それにしても、面白い話ね」
「え?」
「悠矢が厨二病拗らせてるのか、本当のことなのか。検証してみたいわね」
 優しく笑みを見せ、それから一人でブツブツ話し始めた。
 検証? 何をどう検証するのだろう? 死を検証とかは絶対にないだろうし、まさか、明日がきちんと来るのか検証するとか? 
「……記憶……ないなら……でも……だから……」
 10分ほど、その光景を眺めていた。科学者ってこういうものなのか? 変人だ。
「……よし、こうしましょ。検証しましょ! そんでもって、悠矢に協力してあげる。明日私にあったらこう言って」
 彼女は深呼吸してから言った。

「なにそれ?」
「それでおそらく分かるよ。だって私、天才だから」
 彼女は微笑んだ。
 すると、急に俺の意識は遠退き出した。ふらついたのか。ベンチから前屈みに倒れそうになり手を付く。
 詩織が近づいて来て、心配そうな顔で口を動かす。

 そして彼女は――――哀しそうに微笑み口を動かした。

 俺はここで意識が途絶えた。
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