白い魔女に魅入られて

shimishimi

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第二章 時間は巡る

安否

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 加藤詩織かとうしおり。21歳。生まれは神奈川県、14歳まではアメリカのミネソタ州で過ごす。日本語をまともに覚えずにアメリカに渡ったため英語の方が得意。14歳でMIT大学に入学。一年で卒業。一年で同大学院修士課程修了。二年で同大学の博士課程修了。その後、三年間、スタンフォード大学で素粒子力学そりゅうしりきがく量子力学りょうしりきがくの教鞭を執り、21歳になる今年の4月に俺の大学に来た……。専攻は量子力学。
 すべて飛び級で卒業。

「なんでこの大学に??」
 不思議で仕方なかった。世界屈指の大学を出て、世界屈指の大学で教授として教鞭を執っていた。
 いくらなんでも、そこの大学が嫌になったからといって企業とか他の大学から引く手あまたなはずだったろうに。

「誘われたのよ」
「誘われた?」
「親同然の恩師に日本に帰ってこないかってね。それで配慮してくれたみたいなのよ。今は研究の手伝いもしてる」
「へーー、なんかすごいな」
 単純にそう思った。大河といるとこの言葉ですら煽りになってしまうこともあるが、詩織なら大丈夫だろう。
 それにしても、親同然の恩師ねー。どんな人だろう。研究の手伝いもしているってことは同じ物理学者なのだろうか。

「それで――悠矢の話を聞きたいのだけれど?」
「え?」
「私は何をすればいいの?」
 ――思い出した。時間――――。部屋の中を見渡すも時計はない。
 携帯を取り出し確認する。
 20時30分
 LINEを開くも電波がなかった。

 ガタン
 俺は立ち上がった。パイプ椅子が倒れたのも気にせずに扉へ向かった。
「何!? どうしたの?」
 詩織は驚きの声を上げた。
 その声を気にせずに扉を開けて出た。
「くそ! 外はどっちだ」
 来たとき以上に廊下は真っ暗だった。
 反射的に右へ曲がり走った。
 握りしめた携帯の光だけが照らす。
 街頭が薄らと見えた。
 扉に手を掛ける。

 ガタッ
「どこだ」
 見たことない風景だった。辺りは夕暮れを過ぎ去ろうとしていた。
 見えるのは木々が生い茂った森と閑散とした道路。
 先程詩織と共に入ってきたところとは違うみたいだ。
 そんなことはどうでもいい。
 早く……、早く!
 大河に電話を掛ける。
 出ろよ、まじで出ろ! 出ろ!
 LINE電話のコール音が鳴る。
 
 タタッタ、タタッタ、タタッタン
 ニコール目。
 出ろよ。
 一度切る。
 もう一度かけ直す。
 タタッタ、タタッタ、タタッタン
 一コール目
 タタッタ、タタッタ、タタッタン
 ニコール目
 タタッタ、タタッタ、タタッタン
 三コール目
 出ろって
 タタッタ、タタッタ、タタッタン
 ヨンコール目
 頼む!!

「何?」
 気怠そうな声が携帯から響く。
「……」
「もしもし、悠矢どうした?」
「いや……大丈夫か?」
「ん? うん?!」
「なら、だい、じょうぶなんだけれど」
 と言って切った。
 ギギッ
「大丈夫だった?」
 腕を組み扉にもたれかかっている。
「大丈夫だったよ。ちゃんと生きていた」
「私の協力はいらなかったみたいね」
「幸いにも?」
「これも何かの縁だし。協力が必要になったらまた言って。私は大抵ここの研究室にいるから。いないときは授業か何かしてると思って」
「ありがとう」

 それにしても。
「大学にこんなところあったんだ……」
 見上げた。空が木々で半分くらい隠れている。
「本当に辺境の地でしょ。ここって」
 改めて見てみると森で生い茂った人の手が入っていないある意味荒涼とした光景が広がっていた。
 暗闇に帰り損ねた鳥達の声が聞こえる。
「私にとっては、こういう――人工物が出来るだけ少ない場所の方が落ち着くの」
 目を細めた。
 哀愁――もの思いにふけっているというに相応しい顔だった。
 育ったアメリカのことでも思い浮かべているのだろうか?
 こんな木々生い茂っている場所なんて田舎でもないぞ。
 俺の目から見れば――不気味の一言に尽きる。

「なぁ、詩織」
「なに?」
「協力の見返りに俺は何をすればいい?」
 恐る恐る聞いた。
 危ない実験の被検体にされるのはごめんだ。
 それこそ、実験と称して殺されるのはもっとごめんだ。
「んー、そうねー」
 詩織は指を顎に付けた。
「悠矢の話が嘘に聞こえなかったのよね。だから、本当なのか検証したいからしばらく私の研究室に通って話を聞かせてってのはどう?」
「それでいいの?」
「うん」
「了解しました」と俺は冗談めかしく敬礼し、笑みを含ませて言った。
 これでちゃんと明日が来てくれれば全部丸く納まるなと半分になった空を見た。
 星は見えなかった。
 この時の俺は少なくともそう思っていた。

 今日は安心して寝れるなと思っていた。
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