予知の聖女は騎士と共にフラグを叩き折る

青蔵千草

文字の大きさ
1 / 17
1巻

1-1

しおりを挟む



   プロローグ


 窓の向こうの中庭には、白薔薇しろばらつややかに咲き誇っていた。
 遠くには緑の回廊やきらめく泉が見え、その美麗さに目を奪われる。そんな瀟洒しょうしゃな景色にのぞむ、王宮の廊下。前を歩く長身の青年が、ふと足を止めて私を振り返った。

「――チハヤ様。どうか、俺の傍から離れられませんよう」
「う、うん。どこに危険があるかわからないし、できるだけ離れないようにするね」

 低く落ち着いた美声でささやかれ、慌てて頷く。答えつつ視線をやや逸らしたのは、昨日見たある光景のせいで、彼と顔を合わせるのがとても気まずいからだ。
 平凡な女子大生だったはずなのに、ある日この異世界にトリップし、聖女としてぐうされている私。そんな私の護衛騎士に選ばれたのが彼、ヴァルターだ。
 闇夜のような黒髪に、強い意志の光をたたえた翡翠ひすいの瞳。詰襟つめえりの黒い騎士服を着た彼は、常に冷静に周囲を見ているため、私の様子にもすぐ気づいたらしい。

「そうおっしゃりながら、徐々に離れていかれているようにお見受けしますが。様子がおかしいというか……なにか、気になられることでも?」
「別に、そういうわけじゃ……」
「ならばもう少し距離を詰めるか、いつものように思いを口になさって頂きたい。そもそも普段の貴女あなたなら、先程の言葉にも元気よく言い返してこられるものを」

 いつもと違う私をいぶかしく感じているのか、彼らしい率直な言葉が返ってくる。
 うう……さくっと言えるならそうしているが、生憎あいにく、それができない理由があるのだ。
 なぜなら私は、この世界で得た能力により昨日、彼と自分に関する未来をたから。
 彼に言えばきっと、ありえないと眉をひそめられるか、一笑にされるだろう未来。
 だからこそ、ばれないようにしようとするあまり、挙動不審になってしまうのだ。
 どう答えようか迷っていると、ヴァルターが怪訝けげんそうに顔を覗きこんでくる。

「チハヤ様? やはり貴女あなたは、昨日からどこか様子が……」

 凛々りりしい美貌が間近に迫り、胸が落ち着かなくなった私は、思わず距離を取る。

「あの……本当になんでもないの。そ、そうだ! ここはもう安全だし、先に部屋に戻ってるね」

 そしてそのまま、慌てて身をひるがえす。
 実際、王宮の二階であるここは護衛不要の区域だし、なによりこれ以上彼の追及を受けていたら、言い逃れられそうにないから。だてに、何度も彼と口喧嘩くちげんかはしていないのだ。
 そう――私とヴァルターは聖女と護衛だが、その立場がなければ、喧嘩けんか友達のような間柄。
 初対面の印象が互いによくなかったせいもあり、出会って二週間経った今でも、私たちの間でかわされるのは皮肉や軽口ばかりで、甘い雰囲気など一度もただよったことがない。
 そもそも国一番の騎士であり、りんとした美貌を持つ彼からすれば、私なんて異性として歯牙にもかけない存在だろう。だというのに。
 ――もう、なんだって私は、彼と結婚する未来なんてちゃったのよ……⁉
 廊下を駆けながら、自分の能力に頭を抱えてしまう。
 いくら予知でたとはいえ、彼が私の未来の夫になるとは、やはりどう考えても信じられない。あれはなにかの間違いだと言われた方が、まだすんなり受け止められる。
 そんな風に、私が思わぬ事態に頭を悩ませることになったきっかけは、さかのぼること二週間前。
 あの雨の日の夕方が、すべての始まりだったのである。


   ※ ※ ※


「あっ、雨……」

 大学からの帰り道。私――遠野千早とおのちはやは、頬に当たったしずくに顔を上げた。
 見れば、さっきまで晴れていた空はいつの間にか灰色の雲に覆われていて、ぽつぽつと小雨が降り始めている。
 時刻は午後四時頃。目の前の通りは商店街近くのため人が多く、そこにいる誰もが急な雨に驚いた様子だ。近くの軒下のきしたに向かって急いで駆けていく会社員や、店先に並べた商品を慌てて奥に引っこめる店員の姿が視界に入ってくる。
 それもそのはず、朝のニュースで今日は降水確率ゼロパーセントと予報され、昼にスマホで見た天気予報でも終日晴れマーク。その状態で雨が降れば慌てもするだろう。
 けれど私は少しも焦らない。なぜなら――

「やった! やっぱり、傘を持ってきて正解」

 思わず笑顔になって、肩にかけたトートバッグから折り畳み傘を取り出す。今日は雨が降りそうな気がして、鞄に入れてきていたのだ。予想が当たったことに胸を弾ませつつ、傘を差した。灰色の空の下、赤いそれはあざやかに目に映る。
 ――私は昔から勘がいいのか、こうなるかも……と感じた予想がよく当たる子供だった。
 高校時代、テストがある予感がして登校すると、抜き打ちテストがあったり。今買った方がいいかも、と感じて選んだ商品が翌日に雑誌で紹介され、品切れ状態が続いたり。どれもささやかな予想ばかりだけど、当たると嬉しくなるものだ。

「もしおじいちゃんがここにいたら、『また当たったか、やるなぁ』ってめてくれたかも」

 幼い頃を思い出し、ふふっと目を細める。
 今は亡き祖父はなんでも楽しもうとする人で、私が小学生の頃には、お手製のスタンプカードを作ってくれたこともあった。

『予想が当たったら、じいちゃんがスタンプを一個押してやろう。そうして全部埋まったら、なにか千早の好きな物でも食べに行こうな』

 なんて、しわくちゃの顔で笑って、私の髪をくしゃくしゃとでて。
 幼い頃に私の両親が他界して以来、男手ひとつで私を育ててくれた祖父。
 私がなにか達成した時は全力でめ、駄目なことをした時は深くさとし……いつだって親身に寄り添ってくれる人だった。
 そんな幼い頃、私はこうした勘が当たるのが嫌で仕方ない時期があった。なぜなら、一番勘が働いてほしかったこと――両親の事故については、なにひとつ予想できなかったから。
 ある日、何の前触れもなく彼らは飛行機事故にい、帰らぬ人になってしまったのだ。虫の知らせも一切なく、小学生の私がそれを知ったのは、すべてが終わった後。
 それから呆然としているうちに、祖父の家に引き取られた。
 その日、悲しさとやりきれなさからふさぎこみ、縁側でぎゅっと膝を抱えていた私に、祖父はこう言った。夏の夕暮れ時で、遠くでせみがじわじわと鳴いていた覚えがある。

『千早はよく勘が当たるなぁ。本当に大したもんだ』
『でも……こんなの、ぜんぜん役に立たないよ。……大事な時に少しも当たらないんだもん』

 もしいつもみたいに私のささやかな勘が働いていたら、今日は空港に行かないで、と両親を引き止め、二人とも無事だったかもしれない。そう思うと、どうしてもやりきれなかったのだ。
 うつむいた私に、隣に座る祖父は空を見上げてから頷いた。

『そうだなぁ。本当に必要だった時に自分の力が発揮できないのは、確かに悔しいもんだ。……だがそれでも、千早の勘のよさが、いつかなにかに役立つ日だってくるかもしれんよ』
『……いつかって、いつ?』
『さて……それはじいちゃんにもわからんが。そのうちかもしれんし、ずっと先かもしれん。それにじいちゃんは今も、千早の勘がいいことが有難いなぁと思ってるよ』
『ありがたい?』

 不思議に思って見上げた私に、目を細めた祖父は穏やかに頷いて言った。

『たとえばだが、じいちゃんはどうしたって、ずっとは千早の傍にいられんだろう。年寄りなんだから、それはどうしようもないことだ。――けど、じいちゃんがいなくなった後も、お前が勘のよさで危険を逃れて無事でいてくれるんじゃないかと思うと、なんとなく……こうな、ほっとするんだよ』

 祖父はそう言って、自分の心臓の前でぎゅっと片手を握ってみせた。

『ほっと、するの……?』
『ああ。じいちゃんがいなくなっても、お前を守るなにかが傍にあると思えば、そりゃあ安心する。だから、今だってその特技は決して無駄なんかじゃない。考えようによっちゃ、それは千早のお守りでもあるし、じいちゃんのお守りにもなるんだ』

 そう締めくくり、彼は私の背をそっと優しく叩いた。――きっと誰より悲しかったはずなのに、不器用な言葉と共に、私をなぐさめてくれたしわしわの手。
 恐らく、私が自分を責め続けないよう、そして、いつか来る彼との別れの日に私が自暴自棄にならないよう考えて、言葉にしてくれたのだろう。
 それ以来、私はくよくよ悩むことをやめた。確かに、彼の言う通りだと思ったから。
 ――あの時こうしていれば結果は違ったのかも、なんて悔やんでいても仕方ない。
 だって、どんなに悲しくても、過ぎてしまった過去はもう変えられないのだ。それに前を向いて歩いていれば、ささやかな特技でも、なにかに役立てられる時が来るかもしれない。
 そう思い直して日々を過ごすことにしたのだ。
 ただ、そんな風に私を元気づけてくれた祖父も、長年の持病との闘いの末、三年前に亡くなってしまった。病床でも、最後まで私の心配ばかりしていたっけ。
 もちろん悲しく辛かったけれど、私の胸に残ったのはそれだけでは決してなかった。過去を悔やんでいないで、どんな時も顔を上げて日々を過ごす。――祖父が教えてくれた大事な思いが、私の中にしっかり根付いていたから。
 お陰で、祖父を亡くして天涯孤独になった今、大学生活のかたわらアルバイトの掛け持ちをする忙しい日々を送っていても、不思議とやさぐれたり悲観したりする気持ちは起きなかった。
 それに今の私は、大学三年生。あと一年間この生活を乗りきれば、無事就職して安定した生活を送れるはず。そう思えば、ふつふつとやる気がみなぎってさえくる。

「よし! 今日も頑張ろうっと」

 握りこぶしで気合を入れ、バイトに向かうため、雨の降る道を歩き出す。横にあるパン屋のショーウインドウをふと見れば、そこにはやる気に目を輝かせる私の姿が映っていた。
 胸下まである長い髪は生まれつき赤みを帯びた茶色で、目もやや赤茶っぽい。服装は白いワンピースに赤紫のカーディガンを重ねた姿で、初秋の気候にちょうどよい組み合わせだ。
 一目惚れして購入した服だけれど、やっぱり素敵で、買ってよかったなと思う。
 ふとそこで、さっきより雨足が強くなっていることに気づいた。

「なんだか風も強くなってきた感じね……早く行かなきゃ」

 折り畳み傘があるとはいえ覆う面積が小さいので、注意しても肘などがれてしまうのだ。連日バイトのシフトを入れている中、れて風邪なんて引いてはいられない。
 そのまま早足で通りを抜け、公園脇の道に差しかかった。そこはひっそりと人気ひとけがなく、れた黒い地面に傍の木々が映りこんでいて、どこか神秘的な風景に見える。
 水たまりを避けつつ歩いていくと、ひときわ大きい水面みなもに、なにかがちらりと映った気がした。それはまるで、豪華絢爛ごうかけんらんな部屋のような……
 しかし、そんなものが周囲にあるはずもない。あるのは鬱蒼うっそうとした緑や、公園に置かれている、ややさびれた遊具だけ。
 なにか見えた気がしたけど、気のせいだったかな? 
 そう首を傾げ、さらに足を進めた時。ふいに吹いた風に傘がさらわれかけ、「わっ」とバランスを崩して、水たまりへ足を踏み入れてしまう。やだ、靴がれる……! と焦って足を引き抜こうとするが、信じられないことに足はそのまま、ずぶずぶと沈みこんでいく。
 ――え?
 ありえない状況に目をみはった、次の瞬間。どぼんと大きな水音がして、私は全身、水の中へ落ちていた。ただの水たまりだったはずの、黒い水面みなもの中に。
 そして、落ちた先にはさらに信じられない光景が待っていた。見渡す限り藍色あいいろの水が満ちていて、まるで海中をただよっているかのようだ。
 深い青色は揺らめきながらどこまでも続き、すぐ傍では小さな気泡がいくつも上へのぼっている。そんな中を私はひとりゆらゆらとただよいつつも、徐々に下へ沈んでいく。

「なにこれ……もしかして、夢でも見てる?」

 呆然とした呟きが口かられ、えっ、喋れる? とまた驚いた。
 よく見れば、ぼんやりとした光のまくが私の身体を包んでいて、そのお陰で呼吸ができるらしい。ただ、だからといって自由に動けるわけではなく、なにかに引っ張られるみたいに、光のまくごとゆっくりと沈んでいくことしかできない。
 どれくらい沈んだのだろう。やがてはるか下方の空間に切れ目が見え、そこからかすかな光がれていることに気づいた。近づくほど、それはまばゆいものへ変わっていく。
 その色彩に、さっき水たまりの中に見えた豪奢ごうしゃな部屋を思い出した。呼ばれるように、ぐんぐんその切れ目へ吸い寄せられていく私は、とにかく焦る。
 わっ、待って待って。どこに行くの。というか、眩しい……‼
 寸前まで来ると、光の輝きは目を焼き尽くさんばかりにまばゆくなる。
 もはや目を開けていられなくなった私は身を硬くし、ぎゅっとまぶたを閉じたのだった。



   第一章 奇跡の聖女


 まばゆい光に視界を奪われていたのは、とても長い時間のようでもあり、一瞬のようでもあった。
 徐々に目が慣れ、おそるおそるまぶたを開く。するとそこには――

「えっ? どこ、ここ……」

 目の前には、いつの間にか荘厳そうごんな部屋が広がっていた。水中にいた時の名残なごりは微塵みじんもなく、完全に地上の、それもお城の大広間らしき風景に、ぽかんとする。
 天井には豪奢ごうしゃな燭台が輝き、壁には美しい絵画や金縁きんぶちの鏡がいくつも飾られている。床に敷かれた深紅しんく絨毯じゅうたんは繊細な模様がりこまれ、気品と重厚さを感じさせた。
 部屋の奥には数段高い四角いスペースがあり、そこにひときわ立派な肘掛け椅子が置かれている。金のかし模様に宝石が象嵌ぞうがんされた意匠は芸術的で、まるで玉座だ。
 その椅子の前には、まさに王様といった姿の金髪男性がたたずみ、こちらを驚きの顔で見上げていた。
 三十代半ばの威厳あるその男性の周囲では、家臣らしき人々が戸惑った様子でざわめいている。

「見よ、あのような場所に……!」
「あの女性はまさか――?」

 って、なんか私、注目されてる?
 そこで自分が空中に浮かんでいることに気づき、ぎょっとする。なんと私は、あの光のまくに包まれた状態で、天井付近の宙にふわふわと浮いていたのだ。
 広い部屋にいる数十人もの人々は、そんな私を驚愕きょうがくの顔で見つめていた。
 気持ちはわかる。私だって立場が逆なら、きっと唖然あぜんとして見上げていただろう。それに、宙にいるだけでもだいぶ異常なのに、私はここでひとり、異質な見た目だったから。
 この場の人々は皆、金髪や栗色の髪で白色人種系の外見の上、中世西洋風の格好なのだ。そんな中、彫りの浅い顔立ちで現代日本の服を着た私はひたすら場違いでしかない。
 見れば、金髪男性の前には、腰に剣をいた、騎士らしき凛々りりしい黒髪の青年がひざまずいている。
 目を見開いた彼の後ろにも、似た服装の屈強な男性たちがずらりと並んでいた。壁際には裾の長い服を着た優美な人々もいて、その誰もがとても洗練されており、とにかく目の保養になる。

「すごい……なにこれ」

 まるでおとぎ話か、ファンタジーの世界にでも紛れこんだ気分だ。
 だがすぐに、ドキドキしている場合じゃない、とはっとする。なぜなら私の身体を包む光が徐々に薄くなってきたから。光が薄まるごとに、身体が宙でぐらぐらと安定しなくなってくる。
 あ、あれ? これってだいぶまずい感じじゃない?
 冷や汗を掻いた瞬間、光が完全に消え、私はたちまち床に向かって落ちてしまう。
 ――ああ、やっぱり! 
 もはや対処のしようもなく、ぎゅっと目をつぶり、次にくる衝撃に備えようとする。
 だが、床にぶつかる痛みは、なぜかいつまで経ってもやってこなかった。
 それどころか、しっかりとしたなにかに包みこまれているような――

「あれ、痛くない……?」

 おそるおそるまぶたを開ければ、黒髪の青年の整った顔がそこにあった。どうやらさっきまで金髪男性の前にひざまずいていた彼が駆け寄り、抱き留めてくれたらしい。
 黒髪の下、強い意志をたたえた翡翠ひすいの瞳が目を惹きつける。黒い騎士服を着た身体はすらりとして見えるけれど、程よく筋肉がついているのがわかった。美丈夫という言葉がしっくりくる、二十代前半ほどの青年だ。


 すごく格好いい人……と、思わず見惚みとれてしまう。誰もが驚きに固まっていた中、すぐ私に駆け寄って抱き留めたところを見るに、きっと瞬発力や身体能力がとても高いのだろう。

「あ、ありがとうございます」
「――いや、怪我がないならよかった」

 動揺しつつお礼を言えば、彼はよく通る低い声で答える。そして私を丁重に地面に下ろし、金髪の壮年男性の前に戻ってすっとひざまずいた。

「陛下。お許しを得ぬまま御前ごぜんを離れ、大変失礼致しました」
「ああ……なに、その娘に傷を負わせぬ素早い対処、誠に見事であった。ヴァルターよ」

 呆然としていた金髪の男性は、はっとして答えると、青年――ヴァルターさんから私に視線を向け、深く感じ入った様子でうなった。
 緩く波打つ長い金髪に、秀麗な容貌。落ち着きと威厳を感じさせる彼は、信じられないと言わんばかりの面持おももちで私をまじまじと見つめている。

「それにしても、よもや奇跡の聖女が我が代で現れるとは……それもいくさの勝利を祝う場とは、なんたる僥倖ぎょうこうよ」

 聖女って一体……? というか、陛下と呼ばれたってことは、この人はやっぱり王様なの?
 彼らの演劇みたいに時代がかった台詞せりふやその内容に、戸惑ってしまう。
 そもそも、水たまりの中に落ちて、気づけば見知らぬ場所――それも中世西洋の王宮みたいな部屋に移動していたなんて、まるで異世界トリップだ。
 私の好きなファンタジー小説ではよくある展開だけれども、それが自分の身に実際に起こるなんて……ううん、やっぱりないない。さすがに夢を見すぎだわ。だってそんなの、どう考えたって非現実的だもの。
 恐らくこれは映画の撮影かなにかで、偶然紛れこんだ私をお茶目な外国人俳優さんたちがからかっているのだろう。居並ぶ人々が美形揃いなのも、そう思えば納得がいく。
 やや本格的すぎる気はするけれど――
 考えこむ私に、金髪男性が合点がてんのいった様子で、ああ、と頷いた。

「戸惑っておるか……それも仕方ないことよな。遠い世界から来たそなたにしてみれば、これは青天の霹靂へきれきのようなもの。聖女はおのが意思ではなく、天の意志によって呼ばれるものと聞くゆえ。うむ……まずは名乗ろう。余はこのファレン国が王、モーゼス。そなたの名はなんと申す」

 あくまで演技を続行する彼に、私は戸惑いつつ答える。せっかく続けてくれているところ申し訳ないが、私もバイトの時間が迫っていてまずい状況なのだ。

「私は遠野千早という名前で……いえ、それより、なんだか撮影のお邪魔をしたみたいですみませんでした。私、アルバイトに行く途中なので、すぐにここから出ていきますね。ごめんなさい、どこから帰ったらいいんでしょう?」

 人が多くて出口が見えなかったため尋ねると、彼は神妙な顔で首を横に振った。

「それは、今すぐ元いた世界に戻りたいということか? 残念だが、それは無理というものだ」
「無理?」

 目をしばたたいた私に、彼――モーゼスさんははっきりと頷く。

「そうよ。伝承では、そなたら聖女は人智を超えた光に包まれた状態でふいに現れ、去る時もまた光に包まれてふいに消え去ったと聞く。であれば、その帰還の光が現れぬ限り、そなたが故郷へ戻ることは恐らく不可能であろうよ」
「あ、あの、ちょっと待ってください! さっきから本当になんの話を……」

 帰還の光とか、からかうにしてもやけに設定が細かすぎるというか、堂に入りすぎだ。
 それに、どこまでも真剣な彼の表情を見ていると、次第に不安になってくる。演技という言葉で済ませるには、なんだか出来すぎな気がして――
 ふと横を見れば、さっき私を抱き留めたヴァルターさんも真剣な眼差しで私たちを見守っている。からかいの色など微塵みじんもない表情だ。
 いや、彼だけじゃない。後ろにずらりと控える騎士らしき屈強な男性たちや、文官らしき優美な男性たちも、神妙な、あるいは感激に打ち震えているかのような表情でこちらを見守っている。あたかも本当に、聖女の降臨こうりんを目にしたかのように。
 そんな彼らの後ろにある半円アーチ型の大きな窓から、かすかな風がそよいでいた。
 土や花、それにいだことのない異国の香りが、風に乗ってふわりと鼻へ運ばれてくる。窓辺からは陽射しが差しこみ、向かいの壁に飾られた絵画を照らしていた。――日本どころか、海外でも見たことがない、どこか不思議な神々らしき存在の絵だ。
 それらを目にして、次第にぼんやりと理解し始める。
 なんかここ、やっぱり違う、日本じゃない。というか、外国ですらないっぽい、と。

「まさか本当に、異世界だったりするの……?」

 気づけば呆然と呟いていた。
 でも、よくよく考えれば、ここに来た経緯からしてありえないことの連続だったのだ。
 水たまりの中に落ち、そこから別の場所へまたたく間に移動するなんて、どんな壮大なセットを作ったってそう簡単にできるはずもない。
 そう、目の前の彼が言うように、人智の及ばない力でも働かない限りきっとできないことなのだ。
 ――つまり、ここは地球ではない、どこか別の世界。
 呆然とする私の前に、王の後ろから文官らしき青年がすっと進み出てくる。
 さらりとした長い銀髪に淡い菫色すみれいろの瞳の美青年で、はかなげな風貌はまるで雪の精霊のよう。
 その容姿に似合った裾長の白い服をまとった彼は、丁重に王へ話しかけた。

「陛下。お話し中、誠に失礼致します。聖女様は先程からひどく困惑されているご様子。僭越せんえつながら、私の方から続きをご説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ノアか……。確かに聖女の歴史に詳しいそなたならば適任であろうな。ふむ……では任せよう」
「有難き幸せにございます」

 優雅にこうべを垂れたノアさんは、私に向き直ると穏やかに微笑む。
 彼の着ている白い衣装がさらりと衣擦きぬずれの音を立て、それがやけに耳に残った。

「お初にお目にかかります、聖女様。私は、貴女あなたと同様に異邦の地から来られた女性について研究を重ねる文官、ノアと申します。恐れながら、初めにご説明差し上げたいのは、ここは貴女あなたがいらした世界ではないということです」
「私のいた、世界じゃない……?」

 先程自分でも思ったこととはいえ、改めて言葉にされるとやはり衝撃が大きい。
 それ以上の言葉が出てこない私に、ノアさんはどこか同情するような眼差しで頷く。

「別の世界に忽然こつぜんと移動するなど、夢まぼろしがごときこと。戸惑われるのも道理にございます。しかしながらこれは、我が国で数百年に一度、実際に起こってきた事実。異能を持つ聖女様が現れ、それを我々がお迎えしてきた歴史があるのです」
「異能を持つ聖女……」

 さっきもモーゼスさん――国王からそんな話を聞いたけれど、まさか彼らは、本当に私が聖女だとでも言うのだろうか。戸惑って見つめ返すと、肯定が返ってくる。

左様さようでございます。奇跡の力で国に恩恵をお与えくださるため、我々はその尊き女性をそうお呼びしております。これまで現れた聖女様も皆、人智を超えたお力をお持ちでしたので……」
「人智を超えた力って……いえあの、違います! さっきから誤解があるみたいですけど、どう考えても私はそんな大層な人間じゃないです。もし……もし仮に、私が別世界からここに来たのだとしても、きっとただそれだけで。だって私、本当にただの平凡な大学生ですから……!」

 慌てて返すが、ノアさんは落ち着いた声で言う。

貴女あなたが平凡であるなど、そのようなはずはございません。元の世界ではそうだったとしても、少なくともここでは違うはず。――なぜなら歴代の聖女様も、元はなんのお力もお持ちではありませんでしたが、この地に来たことで見事、その異能を発揮されたのですから」
「この世界に来てから?」

 つまり今まで現れた聖女も、元々はごく普通の人だったってこと?
 思わぬ発言にぽかんとする私に、ノアさんははっきりと頷く。

「ええ。先程、貴女あなたが包まれていた光のまく。あれこそが天の祝福であり、異能をさずかった証拠と思われます。あれと同様の光に包まれたことで歴代の聖女様も、元々持っていらっしゃった特技や能力が、異能と呼べるほど強大な力に進化したと伝承に残っておりますので」
「特技が強大な力に進化するって、まさかそんなこと……」

 私の困惑は最高潮に達していた。
 ええと……つまり、ライトノベルとかでよく見るチート能力を、今の私も持っているかもしれないってこと? 
 しかも、どうやらそれは、自分の元々持っていた特技が進化したものらしい。
 そんな摩訶不思議まかふしぎなこと、本当にあるのだろうか。
 戸惑いつつ自分の身体を見下ろすが、特に変化があった様子はない。
 というか、そもそも私は勉強の成績も運動神経も平均レベル。悲しいかな、自慢できるスキルだってすぐには思い浮かばない、平凡人間だ。
 だから強い力に進化するような特技自体、特にないと思うんだけど……
 しかし、ノアさんたちは期待の眼差しで見つめているし、なにかやらねば納得してもらえない雰囲気だ。なんの力もないと証明するにも、その証拠を見せないことには始まらないだろう。
 でも、どうしたらいいんだろう……とりあえず、念じてみたらいいのかな?
 ためらいながら、右手に視線を落とす。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。