19 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜
奇跡は二度起きる〜オスヴァルト⑪〜
しおりを挟む翌日昼過ぎに部屋から出てきたディートリヒを、オスヴァルトたちは顔を強張らせて見ていた。
寝不足気味な彼の表情には憤怒が宿っているからだ。
自身の望まぬ事を強いられ、怒りが隠し切れない英雄は、今回の件を許さないと如実に態度に表す。
「無事で戻って何より」
「ご迷惑をおかけしました。それで、行方は掴めているのですよね?」
目を座らせ低く唸るように言葉を発する彼に誰もが息を飲む。
「あ、ああ。貴殿を待って突入するつもりだったから」
「ではすぐに行きましょう。私は今回の所業を引き起こした輩を許すつもりはありません」
苦虫を噛み潰したような表情に、周りは否やは言えない。
すぐに出発する準備を各々が始めた。
「兄上」
自身の剣を確認するディートリヒをオスヴァルトは呼び止めた。
「……奇跡とは二度起きないと思っていたよ」
弟の存在を認め、ぽつりともらす。
英雄たるディートリヒの奇跡とは、妻であるカトリーナと結婚できた事。
想いを寄せていたが嫌われていた為奥底にしまいこんだものは、度重なる偶然により相思相愛にまで昇華した。
一生かけて愛し、守りたいと誓った妻を裏切るなど、何があっても許せたものではない。
「辺境伯令嬢が好きなんだろう?
しっかり守るんだぞ」
その言葉はオスヴァルトの瞳に決意を宿らせる。
もしも奇跡を望めるならば。
テレーゼを守りたい。
彼女を幸せにしたい。
彼女の隣に並び立ちたい。
戦場を駆け回る彼女を支えたい。
昨日、「自分が相手をする」と言った彼女を行かせたくなかった。
例え苦しむ兄にも、彼女の肢体を暴かせたくなかった。
湧き上がる自分の感情はどす黒く、その瞬間彼の全身を駆け巡り、ある1つの気付きをもたらした。
『テレーゼを誰にも渡したくない』
そう思った瞬間、例え兄が苦しんでいても、テレーゼを抱かせるなど絶対に反対だった。
だから昨日の事は、オスヴァルトにとっても奇跡だったのだ。
昨日の奇跡────
薬師の元から戻って来て、ディートリヒにどう話そうか悲壮な決意をしながらエントランスへ向かったオスヴァルトとテレーゼの視界に、女性二人と荷物を持った護衛らしき男が映った。
こちらに気付いた女性が、安堵したような顔を見せた後、顔を綻ばせ。
「オスヴァルト様!」
自分の名前を呼んだ。
その見た目は簡素で動きやすそうな服装。
だが、一目で貴族の奥方と分かる雰囲気。
何より輝くような金の髪に、青空を摸したような瞳は、今オスヴァルトたちが一番会いたい女性だった。
その姿を見た瞬間、オスヴァルトの目はじわりと滲む。
(何なんだ、ほんと、何なんだ、これは?どういう奇跡なんだ?)
一睡もしてない思考はあまり働かず、だが身体は一目散に女性へと駆け出す。
そして、思わずオスヴァルトは女性を抱き締めた。
「義姉上ぇえええ!!」
情けない叫びがエントランスに響く。
だが、そんな事は彼にとってはどうでも良かった。
「兄上を……兄上を助けてください!!」
いきなり抱き着かれた事に驚き、隣にいた──侍女は自身の髪に差した簪を抜き取った。
「エリン、待って。何か事情がありそうよ」
抱き着かれた女性──ディートリヒの妻であるカトリーナは、いつに無い義弟の様子に冷静に言葉を発した。
その言葉を受けて、侍女エリンは簪を再び髪に戻す。
目の前の女性の存在に安堵したのか、オスヴァルトはよろよろと抱擁を解いた。
そこへ、ゆっくりと近付いてきたテレーゼに気付き、少し気まずそうに紹介する。
「テレーゼ様、こちらは兄上の奥方である、カトリーナ夫人です」
「えっ、あっ……ランゲ卿の……」
呆然と見ていたテレーゼは、慌てて意識を浮上させ、カトリーナに向き合った。
「初めまして、主人がお世話になっております」
「あ……は、初めまして、テレーゼと申します」
顔を強張らせたまま、テレーゼは挨拶をした。
先程の光景が瞳に焼き付いて、彼女を惑わせているのだ。
「あら……んふふ、オスヴァルト様もしかして」
いたずらっぽくにやりと見やると、オスヴァルトは顔を赤らめた。
「そっ、れはっ、そのっ……!
と、とにかく、義姉上はこちらへ!」
しどろもどろになったオスヴァルトをにまにまと見ながらカトリーナも後に着いて行く。
カトリーナの後に、エリンと護衛もあとに続き、最後にテレーゼものろのろと歩き出した。
「オスヴァルト殿!?帰って来たのか!それで、薬師は何と……」
「辺境伯殿、奇跡です。奇跡が起きたんです」
オスヴァルトの希望に満ちた声に、辺境伯は訝しんだが、彼の後ろからぞろぞろと着いて来ている女性たちを見て目を見開いた。
勿論、辺境伯だけでなく、フランツを始めとしたその場にいた騎士たちもだ。
「事情は道すがらオスヴァルト様から伺いました。略式の挨拶で失礼します。ディートリヒ・ランゲの妻、カトリーナと申します。
夫はどちらですか?」
「ランゲ伯爵夫人……!歓迎致します。ようこそ辺境伯邸へ。
ご主人はこちらの部屋です。
……その……何と言うか、卿は…」
状態を説明しようにも、ナントモ言い難く。
代わりにオスヴァルトが前に出る。
「義姉上。兄上は誰も入れるなと言ってました。ですが、義姉上なら気付いてくれるはずです。そしておそらく……兄上は正気を失っています。ですが、このままでは兄上の命が危ない……」
「大丈夫です。私がここに来たのは何かの縁でしょう。ディートリヒ様の事は私にお任せください。
……その代わり、犯人の場所を特定して下さいね」
「必ず!……兄上を頼みます」
カトリーナはふわりと笑み、扉の中へ消えて行く。
その姿を見送ると、オスヴァルトは力が抜けたのかその場に座り込んだ。
「オスヴァルト様!」
誰よりも先にテレーゼが駆け寄る。
「すみません、何か、安心したら気が抜けて……」
「二人は休んで無いのだろう?今のうちに休んでおけ」
「いいえ、休んでる暇はありません。特定しなければ……兄が出てきた時に顔向けできませんから」
疲労感は確かにある。
今直ぐベッドに突っ伏したいくらいには疲れている。
しかしそうも言ってられない。
だが。
「言っただろう、裏切り者に自白剤を飲ませたと。アジトは割れている。
見張りから常に連絡は来ている。トラウト卿と……盗賊団首領もそこにいるようだ。
ランゲ卿が出て来次第向かう。だから今のうちに休んでおけ」
辺境伯に促され、オスヴァルトは借りている部屋に戻って来た。
そこにあるベッドにどさりと倒れ込むと、すぐに微睡みが訪れる。
朝から何も食べていないが眠る方が先だった。
今日は一日が濃すぎた。
自分の気持ちに気付いた事が一番残っている。
「…テレー……ゼ……さま……」
その名を呼ぶだけで心地良い。
抱きしめた時の温もりと柔らかさを思い出し、熱に浮かされたような気持ちの中、オスヴァルトは意識を手放した。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版
まほりろ
恋愛
公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。
公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。
アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。
腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。
本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。
学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。
そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。
実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。
アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。
神に去られた国は徐々に荒廃していき……。
一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。
「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」
・人外×人間、竜×人間。
・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。
・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。
「Copyright(C)2025-まほりろ」
※タイトル変更しました(2025/05/06)
✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」
✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」
◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」
・2025年5月16日HOTランキング2位!
ありがとうございます!
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる