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第一部〜ランゲ伯爵家〜

突入〜オスヴァルト⑫〜

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 騎士団の突入から遡る事数時間前。

 辺境伯領の東の端に、白い外観の貴族の館があった。
 月明かりがその館の窓に陰を映す。

 服をはだけさせた男が、二階にある窓から外を見ている。
 そこは寝室で、ベッドには女がうつ伏せ寝ていた。
 その身体に掛布を纏い、身動ぎするとさらりと髪が流れシーツが音を立てる。

 やがてぼんやりと目を開けて隣に誰もいない事に気付いた女は、ぱちりと目を覚まし身体を起こした。

 窓辺に立つ男の存在を認め、だがまるで消え行きそうな空気に思わず顔を歪めた。

「起きていたのか」

「……ああ、目が覚めた」

「想い人でも待っているのか?」

 男はじろりとベッドの上で欠伸をする女を見やると、再び目線を外に向けた。

「待っても来るわけないだろう。──もう、この世にはいない」

「……そうかい」

 女がベッドから降りると、しゅるりと掛布も床に落ちた。
 昨夜脱ぎ捨てた服を身に着け始めると、窓辺にいた男が近寄る。

「近日中に辺境伯邸に火を点ける。それで全て終わりだ」

 そう言うなり着替え始めた女の手を取り、無表情に組み敷いた。女の髪がシーツに散らばる。

「……辛いなら止めてもいいんだぞ」

 女はそっと、男の頬に触れた。
 本気なら、近日中と言わず今すぐにでも手を掛ければいいのだ。だが男は未だにこんな場所でグズグズしている。
 迷いがある証拠だと女は思った。

 だが女の言葉に男は応えず、身体を触り始めた。

 二人の間に情けは無い。
 女が熱に浮かされても、男の表情はいつも無い。
 こんな虚しい事をしても、男の気持ちが満たされる事も無い。

 それでも女は、この哀れな男に身体を差し出した。
 行為の間は一時的にでも、男を苛む苦しみから逃れられるならば、と。



「───ーゼ……」

 自分では無い、誰かを呼ぶその声が、とても悲しく聞こえたから。

 荒く息をする男は、じっと女を抱き締める。
 女の肌に落ちるのは、汗か、──別のものなのか。

 女はそっと、男の頭を撫で続けていた。




 辺境伯領の東の端。
 陽は傾き、辺りは薄暗くなりかけていた。

 森を分け行った先に周りとは似つかわしく無い建物があった。
 そこから少し離れた拓けた場所で、オスヴァルトらは待機していた。

 見張り役から中に人がいる事を告げられる。
 それは確かにアーベル・トラウトと盗賊団首領。

 そして数名の辺境騎士やまだ大勢の盗賊団員がいるとの事だった。

「私が先陣を切りましょう」

 ディートリヒが告げる。

「テレーゼ様達はトラウト卿をよろしくお願いします」

「元よりそのつもりです」

 言いながらテレーゼは自身の腰に付けた布袋に手をやる。
 そこにはアーベル・トラウトへ渡そうと持って来たものが入っていた。

「では、行きましょう」


 全てを終わらせる為に。



 バン!と扉を蹴破る音がして、屋敷内にいた男達は厳戒態勢に入った。

「だっ、誰だ!」

「奇襲だ!!」

 扉が蹴破られたエントランス付近にいた盗賊団員達は臨戦態勢に入ったが、憤怒を宿した王国騎士団副団長によって次々と倒されていく。

「相変わらず強いな…」

 あまりにも副団長が露払いとして蹴散らしていくものだから、後から入って来た団員達は討ちもらした者達を相手にするだけで良かった。
 手の空いた者は縛りあげていく。

「オスヴァルト、一階は任せろ!お前達は上に行け!」

 剣を振りながらディートリヒが叫ぶと、オスヴァルトらは階段を駆け上がる。
 沢山ある扉からは辺境騎士や盗賊団員たちが下の騒ぎを聞きつけ次々と出て来た。

「トラウト卿はどこだ!!」

 テレーゼが叫ぶ。

「おっと、団長のとこには行かせませんよ、テレーゼ様」

「裏切り者!道を開けなさい!!」

「そう言われてすんなり開けるなら、裏切って無いでしょうがっ!!」

 ガキン!と剣戟が舞う。両者一歩も引かず睨み合う。

「あなたはそれでも辺境騎士団かっ!!」 

「辺境騎士団のくせに実力を無視した采配に不満がある者です」

「トラウト卿は素行が悪い!」

「酒場で呑んだり女を買うのは誰でもするでしょう!」

「汚らわしい!それでも騎士かっ!!」

「お綺麗なお嬢様には分かるまいよ!!」

 二人は一歩も引かず、鍔迫り合い。
 互いに隙を伺いながら剣をぶつけ合う。

「騎士が高潔だ何だのは一昔前の話だろう、よっ!!」

 キィン!!

「ぐっ……」

 テレーゼと対峙していた騎士は、見出した隙を突き彼女の持っていた剣を弾き飛ばした。
 と同時によろめきドサリと尻もちをついたテレーゼの首筋に剣を当てる。

「見逃してくれませんかね、お嬢様。俺達にはまだやる事があるんでね」

 冷たく見下ろすかつての仲間を睨みながら、テレーゼは震えまいと拳を握り締めた。

「見逃さない。あなたたちを見逃せば、それこそ騎士団の風紀が乱れる!」

「そうかい、元団長と一緒で融通の利かない事ですか。
 では先に逝っててくださいよぉ!」

 振り下ろされる剣を、テレーゼはスローモーションで見ていた。


(ああ、私はここで終わるのか……)


 どこかぼんやりと、その軌道を目に映す。




 だが。


「諦めるのはまだ早いでしょう!?」

 ガキン!と剣がぶつかり合う音にハッとするテレーゼの瞳に映ったのは。


「オス……ヴァルト……さま……」


 出逢ってそう時間が経たないのに、何故か自然に自身に入り込んで来ていた男の後ろ姿だった。

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