23 / 59
第一部〜ランゲ伯爵家〜
アーベル・トラウト〜オスヴァルト⑭〜
しおりを挟む盗賊団と裏切りの辺境騎士たちは、アッサリ拘束されていった。
元より、ディートリヒ・ランゲという王国の盾や救国の英雄と謳われた男が盗賊団の殲滅をするなど、彼からすれば赤子の手を捻るようなものだったのだ。
そして英雄を嵌めたつもりが逆に怒らせてしまった。
その時点でアーベル・トラウト側の負けが見えていたようなものだったのかもしれない。
「カルラと言ったか。トラウト卿はなぜこんな愚行をしでかす?」
騎士団によって連行される前、オスヴァルトは尋ねた。
カルラは後ろ手に縛られながら、しばし逡巡し。
やがて口を開いた。
「お姉様の為……だった」
「お姉様?」
テレーゼはカルラを見やる。
「アンネリーゼお姉様。……私のたった一人の姉よ。
あんたのお兄さんに政略結婚で嫁いだの」
テレーゼは目を見開いた。
自身の兄の妻……つまりは義姉であるアンネリーゼが政略結婚で嫁いで来たのは知っている。
それがアーベルにとって、この蛮行を犯すきっかけになったのならば。
テレーゼは無意識に布袋に手をやった。
持って来て正解だったかもしれないと思いながら。
「政略結婚はよくある事だ。それがなぜ……」
「なぜ。……あんたには分からないかもしれないね。愛し合って結婚したあんたには」
カルラは顔を歪ませた。
まるで、仲睦まじい様が辺境にまで伝わって来る英雄には言われたくなかったというように。
「それは違う」
カルラの言葉を否定したのはオスヴァルトだった。
「兄上夫妻は、ある意味政略結婚だった。
結婚してからだよ、愛し合うようになったのは」
その言葉にカルラは目を見張る。
「あんなにも仲良い話が伝わって来るのに!?ありえないわよ!」
「……いや、始まりは王太子命令だった。
その後は『自分が望んだ求婚』に上書きはしたが」
少し照れたようなディートリヒの様子に、カルラは半ば諦めたような表情をした。
「…そう…。
でも、アーベルは望まぬ婚姻を恨んでいたわ。
姉とアーベルは……恋仲だったから」
その言葉にオスヴァルトらは目を見開き、テレーゼは俯いた。
「『貴族の義務が彼女を苦しめた』それが彼の口癖だった。
だから、壊したかったのよ」
自分が愛した女性が望まぬ婚姻を強いられたと、アーベルは思い込んでいた。
全てはアンネリーゼを救いたかったとカルラは言う。
「だから何だ」
「……え?」
「だから何だ。貴族は産まれながらに義務を背負うだろう。あんたの姉だけじゃない。
産まれた時から身分に見合うだけの利益を享受しているはずだ。
それを義務が嫌だなんだと嘆いて放棄するなら貴族籍を捨てればいい。
本当に貫きたいものがあるなら、何を捨ててでも守り通せば良かっただろう」
オスヴァルトは淡々と、しかし静かな怒りを湛え言葉を紡ぐ。
「自分が嫌だからと他人を巻き込むな!」
その声に、カルラはくちびるを噛んだ。
「あんたには分からないだろうよ。
記憶喪失の男の記憶が戻ったら、愛した女は政略結婚していた時の気持ちなんか」
「ただ拗ねてるだけじゃないか。それで他人に迷惑かけるとか、恩を仇で返すとか……ふざけるな」
オスヴァルトは部屋を出る。
それだけの事でテレーゼたちを裏切り傷付けたアーベルを許す気にならなかった。
「オスヴァルト様!お待ちください」
テレーゼは慌ててオスヴァルトの後を追う。
あとに残されたディートリヒは嘆息し、カルラを連行するように騎士に指示を出す。
立ち上がったカルラは抵抗も無く連れて行かれた。
「オスヴァルト様!」
怒りに任せながら歩いていたオスヴァルトを、テレーゼは走って追いかけて来た。
ゆっくりと後ろを振り返ると、テレーゼは膝に手を付き息をする。
「テレーゼ様、俺は奴を許しません」
怒りを湛えたオスヴァルトは、拳を握り締める。
「奴は辺境伯領を混乱させ、兄上を窮地に追いやった。
自分の不幸を嘆き、他人にそれを押し付けるのは間違ってる」
テレーゼの義姉を好きなら、彼女を愛していると言うならば。
彼女の幸せを願う事もできたのではないか、と思うのだ。
だから、自分のエゴの為に周りを巻き込むアーベルを、オスヴァルトは許せなかった。
「行きましょう、テレーゼ様」
再びオスヴァルトは歩き出す。
だがテレーゼには、アーベル・トラウトの気持ちも理解できる気がして、何も言えなかった。
義姉が時折、彼を切なそうに見ていたのを知っていたから。
そんな妻を、何とも言えないような顔をして見ていた兄も。
二人の……
いや、三人の間に、どのような感情があったかなんて第三者には分からないのかもしれない。
ただ、アーベルは深い悲しみを負ってしまった。
テレーゼは再び布袋に手をやる。
この中には、義姉である、アンネリーゼが遺した想いが綴られた日記が入っていた。
アーベルに渡そうと思って持って来たのだ。
これを読めば、アーベルは何を思うだろうか。
テレーゼは重い足を動かし、オスヴァルトに続いた。
43
あなたにおすすめの小説
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版
まほりろ
恋愛
公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。
公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。
アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。
腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。
本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。
学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。
そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。
実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。
アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。
神に去られた国は徐々に荒廃していき……。
一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。
「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」
・人外×人間、竜×人間。
・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。
・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。
「Copyright(C)2025-まほりろ」
※タイトル変更しました(2025/05/06)
✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」
✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」
◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」
・2025年5月16日HOTランキング2位!
ありがとうございます!
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる