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第一部〜ランゲ伯爵家〜

アーベル・トラウト〜オスヴァルト⑭〜

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 盗賊団と裏切りの辺境騎士たちは、アッサリ拘束されていった。

 元より、ディートリヒ・ランゲという王国の盾や救国の英雄と謳われた男が盗賊団の殲滅をするなど、彼からすれば赤子の手を捻るようなものだったのだ。

 そして英雄を嵌めたつもりが逆に怒らせてしまった。
 その時点でアーベル・トラウト側の負けが見えていたようなものだったのかもしれない。


「カルラと言ったか。トラウト卿はなぜこんな愚行をしでかす?」

 騎士団によって連行される前、オスヴァルトは尋ねた。
 カルラは後ろ手に縛られながら、しばし逡巡し。
 やがて口を開いた。

「お姉様の為……だった」

「お姉様?」

 テレーゼはカルラを見やる。

「アンネリーゼお姉様。……私のたった一人の姉よ。
 あんたのお兄さんに政略結婚で嫁いだの」

 テレーゼは目を見開いた。
 自身の兄の妻……つまりは義姉であるアンネリーゼが政略結婚で嫁いで来たのは知っている。
 それがアーベルにとって、この蛮行を犯すきっかけになったのならば。

 テレーゼは無意識に布袋に手をやった。
 持って来て正解だったかもしれないと思いながら。

「政略結婚はよくある事だ。それがなぜ……」

「なぜ。……あんたには分からないかもしれないね。愛し合って結婚したあんたには」

 カルラは顔を歪ませた。
 まるで、仲睦まじい様が辺境にまで伝わって来る英雄には言われたくなかったというように。

「それは違う」

 カルラの言葉を否定したのはオスヴァルトだった。

「兄上夫妻は、ある意味政略結婚だった。
 結婚してからだよ、愛し合うようになったのは」

 その言葉にカルラは目を見張る。

「あんなにも仲良い話が伝わって来るのに!?ありえないわよ!」

「……いや、始まりは王太子命令だった。
 その後は『自分が望んだ求婚』に上書きはしたが」

 少し照れたようなディートリヒの様子に、カルラは半ば諦めたような表情をした。

「…そう…。
 でも、アーベルは望まぬ婚姻を恨んでいたわ。
 姉とアーベルは……恋仲だったから」

 その言葉にオスヴァルトらは目を見開き、テレーゼは俯いた。

「『貴族の義務が彼女を苦しめた』それが彼の口癖だった。
 だから、壊したかったのよ」

 自分が愛した女性が望まぬ婚姻を強いられたと、アーベルは思い込んでいた。
 全てはアンネリーゼを救いたかったとカルラは言う。

「だから何だ」

「……え?」

「だから何だ。貴族は産まれながらに義務を背負うだろう。あんたの姉だけじゃない。
 産まれた時から身分に見合うだけの利益を享受しているはずだ。
 それを義務が嫌だなんだと嘆いて放棄するなら貴族籍を捨てればいい。
 本当に貫きたいものがあるなら、何を捨ててでも守り通せば良かっただろう」

 オスヴァルトは淡々と、しかし静かな怒りを湛え言葉を紡ぐ。

「自分が嫌だからと他人を巻き込むな!」

 その声に、カルラはくちびるを噛んだ。

「あんたには分からないだろうよ。
 記憶喪失の男の記憶が戻ったら、愛した女は政略結婚していた時の気持ちなんか」

「ただ拗ねてるだけじゃないか。それで他人に迷惑かけるとか、恩を仇で返すとか……ふざけるな」

 オスヴァルトは部屋を出る。
 それだけの事でテレーゼたちを裏切り傷付けたアーベルを許す気にならなかった。

「オスヴァルト様!お待ちください」

 テレーゼは慌ててオスヴァルトの後を追う。


 あとに残されたディートリヒは嘆息し、カルラを連行するように騎士に指示を出す。
 立ち上がったカルラは抵抗も無く連れて行かれた。



「オスヴァルト様!」

 怒りに任せながら歩いていたオスヴァルトを、テレーゼは走って追いかけて来た。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、テレーゼは膝に手を付き息をする。

「テレーゼ様、俺は奴を許しません」

 怒りを湛えたオスヴァルトは、拳を握り締める。

「奴は辺境伯領を混乱させ、兄上を窮地に追いやった。
 自分の不幸を嘆き、他人にそれを押し付けるのは間違ってる」

 テレーゼの義姉を好きなら、彼女を愛していると言うならば。
 彼女の幸せを願う事もできたのではないか、と思うのだ。

 だから、自分のエゴの為に周りを巻き込むアーベルを、オスヴァルトは許せなかった。

「行きましょう、テレーゼ様」

 再びオスヴァルトは歩き出す。

 だがテレーゼには、アーベル・トラウトの気持ちも理解できる気がして、何も言えなかった。


 義姉が時折、彼を切なそうに見ていたのを知っていたから。

 そんな妻を、何とも言えないような顔をして見ていた兄も。


 二人の……
 いや、三人の間に、どのような感情があったかなんて第三者には分からないのかもしれない。

 ただ、アーベルは深い悲しみを負ってしまった。


 テレーゼは再び布袋に手をやる。


 この中には、義姉である、アンネリーゼが遺した想いが綴られた日記が入っていた。

 アーベルに渡そうと思って持って来たのだ。


 これを読めば、アーベルは何を思うだろうか。
 テレーゼは重い足を動かし、オスヴァルトに続いた。
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