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29.渇望★
弱音を吐きたいとき。
苦しい時にそばにいてほしい人こそ、真に愛する人なのではないかとルーチェは思っている。
誰しも弱い自分を曝け出すのは勇気がいるし、受け入れて貰えなかったら、失望されたら、と不安になりもする。
ルーチェはシュトラールの前で弱音を吐けなかった。
彼女の苦しみも悲しみも受け止めたのはシアンだった。
シュトラールは受け止めるどころか無視し、目を逸らし続けたからだ。
だから諦めた。諦めざるをえなかった。
自らは無理だったから、魔女の力を借りた。
思いを向けられたシアンは無償の愛を返した。
ルーチェの複雑な思いも、苦しみも、その温もりで癒やした。
ルーチェは目を覚まさない時にシュトラールが手を握っていた事を知らない。
知らないからずっと、彼の愛はリリィにあると思い諦めた。
それでもシュトラールに対して芽生えた愛は全てシアンに向かうのだから、いくらシュトラールを愛しても、向き合う事はできないのだ。
互いに互いを渇望しても、その矢印が向き合う事は無い。
「シュティ……」
シュトラールが泣きながら訪れた先はリリィのいる部屋だった。
既にシーツは取り替えられ、リリィも湯浴みを済ませ緩やかなドレスに着替えていた。
初めて見る弱った姿に追い返す事もできず、黙って部屋に招き入れた。
だがシュトラールはソファに座りただ呆然と俯いているだけ。リリィは隣に座り彼の手にそっと己の手を乗せた。
「……リリィは……マナーとかできる女性だったんだな……」
ぽつりと呟かれた小さな声に、リリィは訝しげに眉を寄せた。シュトラールの手がリリィの手を包み返し、縋るように抱き寄せる。
「王太子妃殿下が講師の方を付けて下さったの。それまでは何もできなかったのよ」
「いや、それでも素地はあったはずだ。だってあの時は別人かと思うくらい所作も違っていた。こんなリリィなら側室になれるって。正妃にだってなれると……」
シュトラールはルーチェが眠っていた間の一週間を思い出していた。
あの間のリリィは背筋を延ばしちょっとした仕草でさえ美しく、長年マナーを学んできた女性として申し分ないくらいだった。
夜はそれまでの大胆さは無かったが、小さな仕草や縋る様がシュトラールを擽り際限なく求められた。
――まるで今のルーチェのように。
「ねえ、待って、シュティ。私本当に何もできなかったの。あのまま側室になってたら王家にとって良くなかったと今なら分かるわ。正妃になんて絶対に無理よ」
「無理じゃない。私はやっぱりリリィと結婚すべきだった。リリィなら私を愛してくれるだろう?」
シュトラールはリリィを抱き締めたままドレスを脱がしにかかった。
この温もりに縋っていないと苦しさから逃れられない。何かに掴まっていなければ足元が崩れそうだった。
「シュティ待って。私、貴方に言ってなかったけれど、記憶が無い時期があるの」
「……え……」
「私の意識の中ではずっと眠っていたわ。誰かが身体を動かしているみたいだったけど、誰かは分からなかった。意識が戻ったら……貴方は妃殿下に傾き始めていた」
その時期はルーチェが眠っていた一週間と重なる。意識は無いのに身体は動いているのは恐怖だが、シュトラールは何かが引っ掛かった。
「その間の私を好きになったなら、それは私じゃない。シュティは……私じゃない人を好きになったのよ」
「違う。あれはどこからどう見てもリリィだった」
「でも私の意思で動いていたんじゃないわ」
リリィの瞳から涙が溢れる。
「シュティは……もう私を愛していない……」
「リリィ……」
そっと瞳から溢れた涙を拭うが、リリィはその手を拒絶しなかった。
ルーチェならば跳ね除けるだろうか、と思うと愛してくれるのはやはりリリィしかいないと思い、シュトラールは堪らず抱き寄せて口付ける。
「リリィ……ごめん。私はどうしようもない男で、バカで……」
本当だ、とリリィは嘲笑う。
けれどこんなどうしようもない、既に自分を愛していない男を拒めない自分もどうしようもない女だと惨めで涙が止まらない。
「リリィ、私のそばにいてくれ。温もりを分けてくれ……」
まるで迷子の幼子のようで、自分に縋る情けない男をリリィはぎゅっと抱き締めた。
「シュティ、きて。私にも温もりを分けて」
受け入れられた安堵からか、シュトラールの瞳に涙が滲む。頬に当てられた手を掴み、引き寄せて口付ける。
舌を絡め歯列をなぞりながらドレスを脱がせ、まろび出た乳房を揉みしだく。
すぐにピンク色の乳首は空気に晒されて固くなり、それを摘んでつねるとリリィは「ん……」と息を漏らしながら大腿を擦り寄せた。
(ちがう……)
「んあっ、あっあぁっああん! あっはぁっん」
指で摘んだり捏ねたり弾いたりして、その反応を伺うが、シュトラールの求めているものとかけ離れていた。
(あの時はこんな声じゃなかった)
『あ……あ……でん、か……イッ、ひぁ……』
まるで初めての快楽が怖いような、それでいて大胆に求めているような。
「シュティ、下も触って! 気持ちよくして!」
胸を触っていた手を下へ移動させ、あわいに手を添え茂みを掻き分ける。くちゅっと音がして、解さなくても受け入れ準備は万端だ。
『ん……ふぅ、シュト……ラール……さま……』
あの日のリリィがルーチェと重なる。
恥じらいながらも悦びを隠さず、愛されることが嬉しいというのが伝わってきて、より一層リリィへの愛が深まったはずだった。
「シュティ! イク! イッちゃう!」
『はぁっあんっ……でん……か……』
達するときも、シュトラールにぎゅっとしがみついて、不安そうに、けれど抱き締め返せば身を任せて力を抜いて――
「あああああああっ!!!!」
「うるさい!!」
「きゃあっ!」
リリィが達した瞬間、シュトラールはリリィを突き飛ばした。
何が起きたか分からず、弛緩した身体はソファに力無く崩折れる。
「シュ……ティ……?」
涙目になりながら、肩で息をするシュトラールを見るがシュトラールもまた、情欲を湛えたまま肩で息をしていた。
「お前じゃない。私が求めるのはお前じゃない……。お前の顔をしているが、中身は違う。あれはまるで……ルーチェだった……」
頭を抱えてソファに蹲る。
頭がおかしくなりそうだった。
そんな荒唐無稽な話が信じられるはずがなかった。
リリィの中にルーチェが入っていたなど誰が信じられるだろう。
「お前じゃない。私は……ルーチェを求めている。はっきりと分かった。私はルーチェを愛しているんだ……」
それはシュトラールの心からの渇望だった。
決して報われる事の無い、満たされる事の無い望み。
自身で壊してしまったルーチェの愛。
シュトラールを愛すれば愛する程、その思いはシアンへ向けられる。
本来ならば自分へ向けられるものが他の男へと行ってしまう絶望。
現時点でルーチェはシアンと褥を交わしていないようだが、子が生まれたら?
義務を果たすと言っていたルーチェが、後継となりうる男児を生んだら?
自分から離れてシアンへ行ってしまう。
そんな事は絶対に嫌だ。
嫌で嫌でたまらずに気が触れておかしくなりそうだった。
シュトラールは立ち上がりフラフラと部屋の出口を目指す。
「シュティ! 待って。いかないで!」
後ろからリリィが抱き着いてくるが、それでも止まらない。
「リリィ、ごめん。もう、きみを愛せない」
それだけを言うと、シュトラールは振り返りもせずに退室した。
残されたリリィは何の為に、と頭を掻きむしる。
そして全てはルーチェのせいだ、と怒りを募らせた。
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