死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です

文字の大きさ
1 / 6
第一章/時を戻った私

1.残酷な未来

しおりを挟む

「ユリアーナ・ブランシュ公爵令嬢! 私、ラルス・カシミニアは貴様との婚約を破棄する!」

 右手を前に突き出し、左手は全身ピンクまみれの小動物系の令嬢の腰を掴んだ金髪碧眼の青年は、表情を硬くした令嬢に宣言した。

 対する令嬢は父譲りの銀の髪と美貌、母譲りの薄紫の瞳に宿る意志は強く、壇上に立つ二人を目に焼き付けるかのように見ている。

「お前は私の隣にいる義姉でもあるクラーラを日頃より虐げていたそうだな」
「虐げていた……? 私は一度もクラーラを害したことなどございません」
「嘘をつけ! クラーラは毎日泣きながら私にお前の所業を訴えてきた。
 ドレスを仕立てれば引き裂かれ、父から宝石を貰えば奪われる。挙句勉強ができないことをネチネチと嫌味たらしく言われるとな」
「クラーラの礼儀が公爵令嬢として見過ごせないからでございます。食事の際に音を立てる、婚約者のいる殿方に胸の開いたドレスで近寄るなど、令嬢としてはしたない行動を慎むように注意したまで。
 ドレスを引き裂いたり父が与えた宝石を奪ったことは一度もございません」
「うるさいうるさい! 注意するにしても、毎日泣くまで責めなくてもよいだろう?
 俺はお前のような女が生涯を支え合う妻になるなどまっぴらゴメンだ!」

 ユリアーナは美しい顔を悲痛に歪ませ、震える指先を窘めるように擦った。

「俺はクラーラのような可憐で守りたくなるような女性がいい。
 ……クラーラ、俺と結婚してくれるか?」
「ラルス……! 嬉しい……!」

 婚約者でもないのに、お互いの名前を呼び合うことは貴族社会では御法度だ。
 それを王太子であるこの男が知らないはずないだろう。
 何の茶番を見せられているの、とユリアーナは蒼白になり、唇を噛み締めた。紅を引いた唇はよれ、けれどもそれを気にしていられない程に俯きドレスを握り締めた手を震わせる。

 この場は国王も臨席するアカデミーの卒業パーティーのはず。
 ちらりと見れば剣呑な顔をしているが我が子の暴走を止めることをするでもない。
 隣の王妃にいたっては無表情で静観するのみ。
 国王の後ろにいる令嬢の父も相変わらずの無表情でただ突っ立っているだけ。

 誰も、令嬢のことを気に留めない。

 ……そりゃそうだ。
 相手は王族、下手に逆らえば一族郎党に悪影響を及ぼす。
 それでもほとんどがとばっちりが来ないように静かに見守る中、何人かの令嬢は痛ましげな表情を浮かべ、中には駆け寄りたそうにしているのを止められている令嬢もいる。

 茶番を終えた二人は再び寄り添い、ユリアーナの方を向いた。

「皆のもの、たった今私とクラーラの婚約が成立した! 王太子である私の妻となるクラーラは、将来の王妃である」

 高らかに宣言したラルスをうっとりと見つめるクラーラ以外、誰もが戸惑いを隠せない。
 やがてどこからかぱちぱちと音が鳴り、徐々に拡がりやがて大きな音が会場を埋め尽くした。

 それに気分を良くした二人は喜色満面の笑みを浮かべ、国王陛下と王妃のように手を振る。

 婚約は、国王陛下が認めて初めて成り立つものなのに。

 茶番に見飽きたのか、国王、王妃、令嬢の父親は会場を退室しようと席を立ち、その他何人かも会場をあとにしようとする者が現れた。

「ねえ」

 そんな中、軽やかな声が響き渡る。

「この女の処刑、してくれるのよね?」

 笑顔で鈴が鳴る様に王太子に強請る言葉にしてはいささか物騒で、拍手をしていた手も、退室しようとした足も止まった。

「え……あ、ああ、国外追放する予定だ」
「そんなのつまらないわ。私がどれだけ傷付けられて、悲しかったか知っているでしょう?
 ちゃんと目の前で処刑してくれなきゃ安心して王妃になれないわ」

 可愛い顔して悪魔のように微笑む彼女に、ラルスの顔が一瞬引きつった。
 国王たちはその場に立ち止まったまま動かず、令嬢の父は目を見開いて唖然とするのみ。
 令嬢の中には恐ろしくて気絶する者さえいる中、ピンク女だけは可愛らしい笑みを浮かべて王太子を上目遣いに見ている。

「し、しかし、クラーラ、この者は仮にもそなたの義妹で……」
「私が義妹から受けた仕打ちはお忘れになりましたの? とっても傷付きましたのよ」

 正直に言って、ユリアーナは処刑されるようなことはしていない。
 誰もがクラーラの言い分を呑み込めず、場は静まり返ったまま動かない。

「衛兵、その女を処罰して」

 指された衛兵は肩を跳ねさせ、クラーラを見やる。
 彼は男爵家の次男でようやく近衛騎士になったと喜んでいた前途ある若者だ。

 ──やめなさい

 そんな女の言うことなんか聞かないで。
 真っ白になった衛兵の手は震え、剣の柄を握ろうとしてカチャカチャ音が鳴る。
 恐怖に顔が引きつり、震える足を笑わせながら操られたかのように一歩、また一歩と令嬢に近付いた。
 王妃が異常事態を察し、周りに指示を出し、令嬢の父が縫い止められていた足を前に出した。
 ユリアーナは悲し気な目をしてそれでも小さく後ろに下がる。

 あの女だけが嘲笑っている。

 ──やめて! その子に手を出さないで

 私の叫びも虚しく、がくがく震える手を宥め、衛兵は剣を抜いて、叫び声と共に剣先をユリアーナへ突撃させる。
 王太子も目を見開き一歩前へ出たところで、──ユリアーナは諦めたようにその胸に刃を受けた。

「──っきゃああああああああ!!」

 そこかしこで悲鳴が上がり、令嬢たちが崩折れていく。
 ユリアーナの血飛沫が王太子の頬を濡らすと、驚愕に見開かれた目玉だけがゆっくりと動き頬から垂れた血を追った。

「狼藉者を捕らえよ!! 令嬢令息はただちに避難せよ!」

 カラン……と血の付いた剣が、私の身体を素通りした。
 ユリアーナを刺した衛兵は正気を失ったかのように叫び声を上げ続け、王妃が差し向けた衛兵が数名がかりで押さえていた。

 ──守れなかった

 この場にいたら、どんなことをしても駆け付けて守ってあげられたのに。

 光を失くしたユリアーナは、青白い顔をして既に事切れている。
 それでも止まらない血溜まりで、彼女のドレスが赤く染まった。
 今更到着した父親面した男が膝を突き、娘の遺体に触れる。

 ──お前が……お前があの女を引き入れたせいで!!

 男は娘の白くなった頬に触れ、その頬に雫が落ちた。

 ──ユリアーナに触るな!! お前にそんな資格は無い!!

 引き剥がしたいのにすり抜ける。
 殴ってやりたいのに気付かれもしない。
 男は娘を腕に抱き締めて、呼吸が無いのを実感したのか肩を震わせた。私が振り上げた拳はスカスカと素通りし、何のダメージも与えられない。
 血溜まりで正装が汚れるのもお構いなしにそれはやがて嗚咽となった。
 今まで何もしなかったくせに、今更慟哭を上げてももう遅い。

 ──お前が……お前があんな女を愛さなければ……!!

 そんな男の悲しみも虚しく、柔らかな光を帯びたユリアーナの魂が天に還ろうとしている。

 ──待って。
 こんな結末はあんまりだ。
 お願いします。

 どうか、どうかこの子に幸せになる未来をください。

 私の……

 私のたった一人の大切な娘なのです──

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

婚約解消したら後悔しました

せいめ
恋愛
 別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。  婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。  ご都合主義です。ゆるい設定です。  誤字脱字お許しください。  

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

処理中です...