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第一章/時を戻った私
7.今更構わないで
「きみは……本当に無茶をする」
背中が熱い。
ロッテに刺された箇所だけでなく、吐息を拾う耳元も。
振り解こうにも力が入らず、腰が抜けて足も震えている。
「ゲホッゲホッ」
噎せた声がしてハッとすると、首にロープを巻いたままの侍女長が咳き込みすぎて吐いていた。
「侍女長……」
「ど……して……止めたのです……」
吐瀉物を袖で拭いながら、侍女長は私に縋るような目を向けた。
「私は……侍女長という立場にありながら、侍女たちの愚行を止められませんでした。
娘は身勝手に権威を振りかざし、さらには奥様を……お嬢様まで虐げ……挙句、下らない妄想をして……。
親として、侍女長として生き恥を晒したくありません」
侍女長はカールハインツが幼い頃から真面目に働いていたのを、前公爵様の権限で長に抜擢された方だ。
優しくて、控え目で、気弱で。
使用人たちの愚行を止められもしないくせに、せめてもの償いなのか冷たくされていた私の味方になってくれた。
私は震える足を叱咤して立ち上がり、這いつくばる彼女に近付き見下ろした。
「それで、死に逃げようとしたの?」
「私は何も持ちません。差し出せるのは自分の命くらいです。ですから、死をもって償うしか方法がありませんでした!」
おまけに責任感も持たない。
「そうね。あなたのような人が侍女長であることがそもそもの間違いよね」
「奥様……!」
「クラーク、彼女の侍女長としての任を解きます。
あなたは人の上に立つ器ではないわ」
きっと彼女には荷が重かった。
普通に一般の侍女として働く方が合っている。
「私に悪いと思うなら、これからも公爵家に尽くすことを償いとします。侍女の中であなただけが、私のことを主として接してくれていたもの」
「奥様……」
「でも、もう侍女長とは呼べないわね。……あなたの名前、マルテだったわよね。今度からそう呼ぶわ」
前回、私が酒浸りになっていたとき、身体を心配してやめるように進言したのは彼女だけだった。
私に八つ当たりされるユリアーナを抱いて逃げたのも、今際の際にユリアーナを連れて私の手を握らせたのも、マルテだった。
「……ただし、いつ許すかは分からないわ。あなたの娘のしたことはどうしたって消せないもの」
私を殺そうとしたことはまだいい。
ただ、ユリアーナまで巻き込んだのは許せない。
ロッテがティアナをこの家に引き入れたなら、尚更許せない。
「バカな真似をしようとしたら私があなたを折檻してあげるわ。だから……自ら死ぬなんて、やめなさい」
私は神様の慈悲か何の因果か時を戻ってここにいるけれど、本来は死んだらそこで終わりだ。
苦しみも、償いも何もかもから解放されて、全て忘れて土に還る。
もしくは……私のように未練を残してその場に居座るか。
「申し訳……申し訳ございませんでした……!!」
侍女長は悲痛に叫び、泣きながら床に伏した。
それを見て、大きな溜息を呑み込みながらも、ゆっくりと息を吐いた。
途端に力が抜けて座り込む。今度こそ本当に立てなそうだ。
「マルレーネ! 全くきみは……本当に無茶をする……!」
そばに寄って来たカールハインツに気付き、避けようとするけれど足に全く力が入らない。
「使用人たちの愚行は元はと言えば私たちの責任でもあります」
「……ああ。分かっている」
仕事にかまけすぎて家を顧みなかったカールハインツ。
そんなカールハインツに愛されていないと躍起になり、バカにされた結果がこれだ。
「私は……私のことは愛さなくて結構です。
ですが、今後ユリアーナに何かあるようでしたら例えあなたでも許しません」
「すまない……」
ユリアーナの幸せの為に、使える権力は使いたい。その為には無能な父親のままでいてもらっては困る。
来年あたり、ユリアーナの……いえ、王太子殿下の婚約者が決まる。
その時、毅然と断ってもらわねばユリアーナの幸せが遠退くだろう。
「……っつ……」
「大丈夫か!?」
背中の傷が痛みだす。フォークで刺されただけなのに焼け付くような痛みがある。
「医師を! 医師を呼べ!」
カールハインツの声が頭に響く。
身体が傾き、また倒れる……
そう思ったのに、身体をがっしりと支えられ、かと思えばふわりと宙に浮いた。
「な、にを……はな、して……」
カールハインツに抱きかかえられたのだ。
ただでさえ力が全く入らないのに全体重がかかってしまう。それでも抵抗しようともがくが、がっちり抱えられて身動きも取れない。
「身体が熱い。熱があるかもしれない。もしかしたら毒を盛られていたのかも」
「きっと無理をしたせいです。おろして、自分で歩けます」
「ユリアーナを守りたいなら大人しくしてくれ!
死んだら……何もできないのはきみも同じだろう!?」
叫ばれて、身体がビクリとなった。
時を戻ってからというもの、カールハインツの様子がおかしい。
こんなに私を構う人ではなかったはずだ。
それから何も言う気になれず大人しく運ばれた。
「お母さま!」
今にも泣きそうなユリアーナが、私の部屋の扉の前に立っている。大丈夫だと微笑みかけたいのに首すら動かせない。
「その扉を……、いや、奥の扉を開けてくれ」
「し、しかし……」
「当主の言うことが聞けないのか?」
意識はだいぶ朦朧とするし、寒気もしてきた。
そういえば朝から何も食べていない。意識すると途端に胃のあたりがきゅっとなった。
大きなベッドに背中を上にして横たえられる。
すると何を思ったのかカールハインツは、ドレスの背中の合わせを解き、私の肩を露出させた。
「な、にを……」
「傷を見るだけだ。何もしない」
指先が触れた箇所からざわざわとする。
寒気からくるものか、嫌悪からくるものか分からないけれど、抵抗することもできずに唇を噛んだ。
「傷口が……紫色に……? 毒か、あるいは……クソっ!」
「ひぁっ……!?」
傷口に何かが触れたと思えばじゅるる、と音がする。強く吸われ、傷口が激しく痛みを訴えた。
「やめ……」
「暴れないでくれ。毒だといけないから吸い出している」
「あなたは……公爵家当主だわ。替えが……きかないのよ……」
「だからなんだ。替えがきかないのはきみも同じだ」
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