死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます

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第一章/時を戻った私

13.壊されるもの


 お父様からアドバイスを受けて、公爵家の影をお借りした。
 影と言われる存在は、当主にしか扱えない。
 カールハインツに言えば目的を聞かれるだろうからラセット公爵家の影を使わせてもらった。

「ティアナ・グラウはエッカルト・ボルク伯爵令息に匿われたようです」
「そう……」

 エッカルト・ボルク伯爵令息は、カールハインツのかつての盟友の一人で、当時の婚約者の温情で破棄されずそのまま結婚したはずだ。
 カールハインツの盟友ということは、ティアナの取り巻きでもあった。
 フォルクハルトの寵愛を得ていた女に、揃いも揃って横恋慕するなんてバカみたい。

 でも、意外だったわ。
 ティアナが出所して、カールハインツと接触した様子は無かったらしい。
 私が死んだあと、クラークたちの猛反対を押し切ってまで後妻として迎えたはずなのにね。

 まあ、いいわ。
 ティアナとクラーラが公爵家に来ないならそれでいい。
 けれど伯爵家に囲われたならば……まだ油断はできない。
 王太子殿下の婚約者は伯爵家以上から選ぶ。
 クラーラがボルク伯爵家に入れば……

 そこまで考えて、ふと気付く。

 ボルク伯爵家に入ったのは……

「ねえ、貴族の訃報ってあったかしら」
「お調べいたします」

 私は生き延びた。
 死ぬはずだった命を生きながらえさせることができた。
 ロッテもティアナもいなくなったからだ。
 ロッテはいない。けれどティアナは伯爵家に囲われた。

「奥様」

 ボルク伯爵家に嫁いだのはどなただったかしら。
 妙な胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。

「最近の貴族の訃報は今の所無いようです」
「そう……」
「ですが、母親がボルク伯爵家に迎えられたので、クラーラは伯爵家に養子として入るそうです」
「なんですって?」

 ああ、思い出した。
 伯爵家に嫁いだのは、私と同じく婚約者を愛してやまない令嬢だった。
 婚約者がティアナを優先しても、ただ微笑んで耐え忍ぶ芯の強い人だった。

「ボルク伯爵家に行くわ。先触れを出して。伯爵夫人に会います」
「承知いたしました」

 嫁いだのは、アルビーナ様だ。ハイツマン伯爵家の令嬢で、おとなしくて芯が強い人。けれどその分我慢して耐え忍ぶ人だ。
 夫に再び裏切られたことで思い詰めていないといいけれど。

 先触れはすぐに叶い、私は乗り込んだ馬車の中で祈りながら早く到着するように願った。

「ブランシュ公爵夫人、ようこそお出で下さいました」
「急に訪ねてごめんなさい。アルビーナ様はいらして?」
「はい……それが……」

 話しながら執事に案内されたのは、奥にある部屋だった。
 前回のアルビーナ様は、確か上手く再構築されてささやかに幸せを築かれていたはず。
 ご子息にも恵まれて、お茶会や夜会に夫婦仲良く参加していた。

「アルビーナ様、お久しぶりですわ」
「……その声は……」
「マルレーネよ。結婚式以来かしら」

 アルビーナ様は暗い部屋の中でベッドに横たわっていた。
 夫の裏切りにあい、窶れてしまっている。死ぬ前の私を見ているようで胸が痛んだ。

「無様な姿を見せて申し訳ございません」
「いいえ、話は聞いたわ。ティアナがいるのね?」

 アルビーナ様は窓の外を見る。その先には新しく建てたであろう小さな屋敷が目に入った。

「領地に行ったお父様たちの為に整えているのだと思っていたのです。まさか……カルトが裏切るなんて……」

 アルビーナ様いわく、離れの建物は、そろそろエッカルト様に家督を譲ろうとボルク伯爵が領地に行き引き継ぎ作業をしている間に整えられていたらしい。
 エッカルト様からは両親が王都に滞在するときの為に、かつてはエッカルト様の祖母が使っていた離れを改築していると聞いていた。
 ところが伯爵位を譲位され、両親が領地に引き揚げた翌日、エッカルト様はティアナたちを迎えた。更にクラーラを養子として迎えると宣言なさったらしい。

「カルトは実の息子であるデニスではなく、養子に迎えるクラーラに遺産を渡すと血迷ってしまったの。
 私はいいわ。でもデニスにする仕打ちはあんまりだわ」

 アルビーナ様は大粒の涙を溢して縋ってきた。
 ティアナが出所してまだ数週間。
 それまでは夫は優しかったと言うから、不意打ちで刺されたようなものだろう。

「夫婦の部屋もティアナにあげてしまったわ。
 どうしてこんな仕打ちができるの……」

 アルビーナ様は食欲も無く日がな泣き暮らしているのだろう。短期間に痩せこけ、かつての穏やかさは消えてしまった。

 伯爵令息のデニスは、前回クラーラの取り巻きだった。あの婚約破棄の現場に彼もいたはず。
 出会ったのはアカデミーだっただろう。けれど時が戻り私の行動が変わったことで、二人の出会いが早まった。

「アルビーナ様、離婚する意思はおありかしら?」

 私は冷静に問い掛ける。
 私の行動で運命が変わったのならば、私には救う義務があるだろう。

「おそらく、伯爵家の使用人に、ティアナの信望者がいるわ。その者に、あなたは毒を盛られている可能性がある」
「……っそんな!? まさか……」
「今のあなたは少し前の私と同じ症状なの。あなたがここを抜け出すと言うならば、私はあなたを救い出せる」

 アルビーナ様は私に縋りながらも視線を彷徨わせる。
 あれだけ愛した夫と離婚することを迷わないわけがないだろう。
 一度は裏切られながらも結婚したほどだ。
 何もなければ穏やかに家庭を築けていた。

「このままだと御子息もティアナに……娘のクラーラに奪われるわ。今ならまだ間に合う。
 お願いアルビーナ様。私はあなたを死なせたくないの」
「いや……いやよ、いや、離婚なんて……でも……」
「離婚がいやでも、一度は離れた方がいいわ」

 迷うアルビーナ様は視線を彷徨わせ、窓の外を見やる。
 表情が強ばりひゅっと喉を鳴らした。
 外を見ればエッカルト様とティアナ、クラーラとデニスが仲良く庭先で戯れていた。
 エッカルト様の締りない顔を見て、アルビーナ様は涙を流す。
 デニスはまだ慣れないせいか不安そうに見ている。……まだ間に合うかもしれない。

「嫌なことを言うようだけれど、愛人を作る男は変わらないわ。ティアナは魔性の女よ」

 カールハインツも、仲睦まじくしていたものね。

「今すぐにじゃなくていいわ。けれどあなたの命が危ないから……決断は早めにね」

 呆然と涙を流すアルビーナ様を置いていくのは心苦しいけれど、心配そうに見ている執事の表情を見て少しは安心した。

「くれぐれも、食事に気を付けて。
 奥様を死なせたくなければ、信頼できる使用人に配膳させることね」
「……!!」

 執事は顔を強張らせ、コクコクと頷く。

 ボルク伯爵邸をお暇するとき、廊下から庭先を見た。
 妖艶な表情をしたティアナが、エッカルト様にしなだれかかり口付けた。
 その瞬間、目線がこちらを向いた気がして目を逸らす。

 ──あなたはどこまでも……人のものを奪い壊していくのね……


 どうせならカールハインツが囲えば私がどうにかできたかもしれないのに。

 ……そういえば、どうして彼はティアナを囲わなかったのかしら。
 クラーラだって娘だろうに。

 前回と比べてカールハインツは変わった。
 私の行動が変わったせいだけではない気もする。

 何かが引っ掛かるけれど、それに気付かぬ振りをした。

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