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二回目
22.そうして、愛を手放した
しおりを挟む『こんなはずじゃなかった』
それは時を戻したランスロットとマクルドが思った事である。
結局、ランスロットはヴィアレットと離縁した。
王太子ではなくなった彼は、マリウスに迫られては嫌とは言えなかった。
ガラハドはランスロットの子だが、下の二人――ライネルとエレインはマリウスの子だった。
時戻り前にいたランスロットの三人の子を生み出す事を目標とし、愛妾を囲いはしたもの最終的にヴィアレットを愛し始めていた彼は意気消沈し、屋敷に一人取り残された。
ヴィアレットはマリウスの側妃となり、子どもたちは養子として迎えられる。
『マリウスはいずれ正妃を迎えるのではないか? レッティはそれで良いのか?』
『ええ、構わないわ。不特定多数を相手にしてきた貴方よりマシですもの』
『ヴィー、俺は正妃は迎えないよ。きみがいてくれるならそれで良いから』
『マリウス、いいえ、貴方の地位を盤石にしなければいけないわ。王族の伴侶は本来ならば純潔でなければならない。
私と子どもたちを引き受けてくれるだけで十分なの』
見つめ合い手を取り合う二人の間に入る隙間などどこにも無かった。ランスロットは目の前で繰り広げられる愛の劇場の観客にしかなれなかったのだ。
愛妾たちとは手を切った。
結局どれを試してもメイには及ばなかった。だがそうそう遊んでもいられない。三人目が生まれたのが潮時と捨てたから彼は独り身なのだ。
妻と子のいなくなった屋敷は静かでがらんとしており、あまりの静寂におかしくなりそうだった。
その後ランスロットはエールの屋敷に時戻りのメンバーとスタンを集めた。
理由は勿論、再び時戻りをする為に。
「久しぶりだな、みんな。集まってくれて感謝する」
ランスロットの言葉にみな様々な表情を浮かべた。
無表情のエールとスタン、待ってましたと言わんばかりのガウエン、マクルドはランスロットの話も半分に、思い詰めたように顔を強張らせていた。
リリミアの話の後両親からも話を聞いた。
彼女の愛人と息子を盾にするなど卑怯だと言った。だが。
「貴方がリリミアさんとの結婚を望んだのよ。何をしてもどうしても彼女が欲しいと言っていたじゃない」
魔塔に行く前勝手な事をしないように全てを話し言い含めていた。
両親はそれに従ったまでだ。
全て受け入れてでも結婚したい、やり直したいと言ったのはマクルドだった。
彼女は誠実であろうとした。不実にさせたのはマクルドだ。
何度も婚約を解消を望み、その度拒否してきた。
結婚してからもいつでも離縁可能だった。
望みを口にしながら、いつでもマクルドの意思を確認していた。
そうしなければならなかったのは結局爵位が問題だったからだ。
けれど彼はずっと無視してきた。そうする度リリミアの気持ちが離れていくとも知らずに。
「……マクルド、聞いているか?」
「あ、ああ、……すまない」
ランスロットの溜息もマクルドにはどうでも良かった。今彼はこれからどうすべきか悩んでいるのだから。
「時戻りの魔女を召喚する。おそらく喚べば来るはずだ。そうだな、スタン」
「……ああ」
「今回は誰が願うんだ?」
「俺がやろう」
前に出たのはエールだった。
彼は未だ独身、浮いた噂の一つも無い。だから他の者は捧げる愛など見当たらなかった。
「ランスロットは妻への愛を捧げたが、俺は自分の中の消したいものを魔女に捧げる」
「……え」
無表情のエールは事も無げに言うと、魔女を喚び出した。
一陣の風に誘われて時戻りの魔女は姿を現す。
前回よりは表情は無く五人を見つめていた。
「再び喚び出されたという事は上手くいかなかったようだね」
ぐっ、と言葉に詰まるランスロットは魔女をぎっと睨んだ。
「次は俺が願う」
前に出たのはエールだった。
彼はもう誰への愛を捧げれば良いか分かっていた。
「して、誰への愛を捧げて戻す?」
魔女の問いにエールは口を開いた。
「魅了の根源、メイ・クインへのものだ。これがある限り俺は幸せにはなれない。
剥がしても剥がしてもこびりつく。ならばそれを対価にしよう」
エールの宣言にそこにいる者みなが瞠目した。
ガウエンは憤りエールを裏切り者認定した。
ランスロットは「しまった」と顔を顰めた。
マクルドはただ驚いていた。
スタンは成り行きを見守っている。
魔女はにやりと笑った。
「良かろう。では時を戻すぞ」
「待て魔女!」
ガウエンの叫びも虚しく空間がぐにゃりと曲がる。
気付いた時には何も変わらない空間がそこにあった。
「……マクルド、聞いているか?」
「あ、ああ、……すまない」
――いや、変わらないのではない。時間は戻った。確かに。
二人はハッとしてエールを見やる。
エールは己の両手を見つめ、そうして高らかに笑い出した。
「はははははは!! ようやく、ようやく無くなった! スタン、解呪は成功しているぞ!
しかしあのクソ魔女が! 何が『エールは頑張っている』だ、嘘つきめが! あれのせいで俺の人生は台無しになった!」
エールの変わり様にみなが混乱し固唾を呑んだ。
「エール、お前は家族に見捨てられた時メイに慰めて貰ったじゃないか」
「見捨てられる原因になったのはクソ女だろう! 何が可哀想だ。ただの娼婦じゃないか。
ああ、何で気付かなかったんだろうなぁ。
思い返しても自分に腹が立つよ」
エールはいつもメイに明るく接していた。
慰める時もおどけてみせたり笑顔を引き出すようにしていたのだ。
だが今はメイへの憎悪を顕にしている。
「おい魔女、本当に時を戻したのか? 今のも一回にカウントされるのか?」
「ああ、実際に戻っているだろう? 百年だろうが一分だろうが刹那だろうが、時戻りは時戻りだよ」
魔女の言葉にランスロットとガウエンは歯噛みした。
一回を無駄にした。
彼らの目的の地点まで遡れない。
「もう一度だ。次はガウエンかマクルド頼む」
ガウエンは躊躇った。
この時の為に妻を愛してきたはずだ、と。
だがそれに自信が無かった。
エールのように愛していると言っても少ししか戻らなかったら。
そう思うと躊躇したのだ。
「マクルド頼む」
もう少し、愛する時間が必要だ。ガウエンはそう考えマクルドに頼んだ。
「……ああ」
一方のマクルドは時戻りしなくても良いと考えていた。
現状はリリミアと結婚できている。
もしも時戻りをすればリリミアとの結婚すらなくなってしまうのではないか、と思うと乗り気になれない。
「マクルド、早く魔女に頼んでくれ」
ガウエンは焦れたのかマクルドを急かした。
「……いや、今はまだ戻らなくても良いんじゃないか?」
その言葉に二人は目を見開いた。
「何を言い出すんだ? マクルドだってもう一度やり直した方が良いんじゃないのか?」
「ああ。だがまた記憶があったらどうする? そうしたらもう無理じゃないか」
「ガウエンの分を使えばいいだろう。何を躊躇うんだ」
ランスロットの言い分は分かる。だがマクルドは何か胸騒ぎがしていた。
「戻さないなら私は帰るよ」
「待ってくれ、戻すから」
ランスロットが引き止める。マクルドは思考の渦に囚われる。
考えろ、考えろ、考えろ。
今時を戻すのは正しいのか。
リリミアはやり直したくないと言った。
また己の都合だけで巻き込んでしまうのではないか。
リリミアにまた辛い思いをさせるのか。
(だめだ、これ以上彼女を自分の都合に巻き込めない)
「ランスロット、俺はやはり」
マクルドがそう言ったところで胸に何かが刺さっていた。
「……え」
「早く巻き戻せ、マクルド」
聞こえた声はガウエンのもの。
彼は剣を抜きマクルドに突き刺していたのだ。
「ガウ……エン……」
「俺は待った。ずっとこの日を待っていた。我慢したんだ。早く巻き戻せ」
ごぼりと口から血があふれる。
ヒュウ、と息が漏れる。
「ガウエンお前何を……」
「時を戻せば例え死んでも生き返るだろう? 公爵夫人も生き返った。無かった事になる。彼女への愛に自信があるならいくらでも巻き戻るだろう」
ガウエンの言葉にランスロットらは表情を青ざめさせた。スタンは回復魔法を掛けようと動くがガウエンが止める。
「マクルド、願え! このままだと死ぬぞ!」
「マクルド、きみの中で要らない愛を捧げるんだ。きみを苦しめる愛は誰へのものだ? 誰への愛を捧げれば苦しみから解放される?
俺はそれを捨てたら楽になった。解放されたんだ。分かるだろう?」
(苦しみから……解放される……)
マクルドの頭の中を走馬灯が駆け巡る。思い出すのはただ一人。
今、マクルドが苦しいのは、ただ一人からの愛を求めているから。
愛しているのに、愛されないから苦しくて。
動けば動くだけ憎まれて。
笑顔が見たいだけなのに傷付けてしまう。
(それでも……俺は……)
一輪の花を差し出すと、はにかむような笑みが返ってくる。
マクルドの中にある、その春の陽射しのような温かな笑みが浮かんで消える。
掠れゆく視界の中で、魔女の姿を捉えた。
そうして、口にしたのはずっと求めていた女性の名前。
「リリミアへの……愛を……対価に……」
「……後悔は無いか?」
マクルドは小さく頷いた。
「苦しいだけの愛は…………もう、…………」
どくどくと血が溢れ、感覚が無くなっていく。
だがぐにゃりと空間が歪むと痛みも無くなった。
温かいものが胸の内から消えて行く。
大切にしていたはずのものがキラキラと零れ落ちていく。
(これで苦しみから……解放される……)
楽になる。
手放せば、もう、苦しむ事は無いだろう。
けれど、マクルドはなぜか悲しくて苦しくて身を引き裂かれそうに辛くなった。虚しくて、零れ落ちていくものを拾おうともがいても止める事は叶わない。
「また、間違えたのね……」
耳に響くは懐かしい声。
それが誰のものなのか分からないが、マクルドは「これで良いんだよ」と自然と口にした。
涙が溢れて止まらなかった。
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