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本編〜アリアベル編〜
6.孤児院への慰問
しおりを挟む王太子妃業務の一貫として、アリアベルは王都にある教会に併設された孤児院へと慰問に訪れていた。
月に一、二度ではあるが、アリアベルはこの日を楽しみにしている。
(前回はデリアと花冠を作ったのよね……)
アリアベルが孤児院へ来ると、子どもたちはその周りに集まって来る。
「おうたいしひさま、ようこそ、いらっしゃいました」
「いつも、ほうもん、して、いただき、ありがとうございます」
幼な子が辿々しく歓迎の言葉を言うと、アリアベルはつい顔が優しげに緩んでしまう。
その笑顔は見る者に癒やしを与え、緊張した子どもたちもホッと息を吐いた。
それから院長の案内を受けて子どもたちの日頃の様子を見、時折質問しながら必要な公務を行う。
足りないものは無いか、不便な事は無いか、子どもたちは穏やかに過ごせているか、と隈無く視察し、孤児院にいる職員たちの様子も伺った。
「先日、隣町の孤児院に訪れた際、子どもたちへの懲罰が行き過ぎているとの報告をいただきました。こちらはそのような事はありませんか?」
「もちろんです、妃殿下。隣町の件は聞き及んでおります。私たちは言葉で何とも言えますが、子どもたちの様子をご覧ください。
その傾向があると子どもたちに活気が無くなります」
見学している際、子どもたちは常にはしゃぎ、笑い声をあげていた。
年上の子たちは下の子のお世話を積極的に手伝い、下の子たちも年上の子に倣ってお手伝いしている。
その表情は誰が見ても明るく、日々楽しく過ごしている様子が伺えた。
「子どもたちは元気にしていますね。これからも憂い無く過ごしてほしいと願っております」
「もちろんです。お任せ下さい。
子どもたちに会って行かれますか?」
院長に尋ねられ、アリアベルは同行していた侍女に目配せをした。すると侍女は小さく頷いた。
「では今日も少しだけ」
と言いつつ、子どもたちに囲まれもっと一緒にいたい!とせがまれればつい時間の許す限り滞在してしまうのが常だった。
そんな主の心情を察して、侍女は時間の許す限り滞在できるよう、スケジュールを調整した。
「アリア様!ご本を読んでください!」
「ずるいぞ!アリア様は俺たちとカードで遊ぶんだからな!」
「アリア様、こちらでお店やさんごっこをしましょう?」
子どもたちの前に姿を見せると、あっという間に囲まれ、両手を引っ張られ、アリアベルは苦笑しながら「順番は守りましょうね」と窘めた。
そんな中、年長の女の子が職員から赤ん坊を受け取り、ミルクをあげる様が目に入り、アリアベルは自然と足がそちらへ向かっていた。
「その子は?」
「あっ、アリア様……、えっと、先日孤児院の出入口前に置いて行かれてしまってたんです」
一生懸命にミルクを吸い上げる赤子を抱きながら、女の子はアリアベルに説明した。
「そう……」
親が貧しく、子を産んでも育てられない場合孤児院に置き去りにする事はよくある。
そんな子が出ないように貧富の差をなるべく解消しようとはしているが、こればかりは直ぐに結果が出るわけでもなく、また親の人となりも関係し中々無くなりはしないようだ。
まだ生まれて間もないと思われる赤子は、懸命に生きようとしてかミルクを飲んでいる。
そんな赤子の手に、アリアベルはそっと指で触れた。
「……っ」
それはただの赤子の反射……と言われればそれまでかもしれない。
だが、しっかりとぎゅっとアリアベルの手を握られ、今まで自身に無かった感情が溢れ出るのが分かった。
愛おしく、何でもしてあげたくなるような、ただ、大きく包み込みたくなるような、そんな温かな感情。
愛する夫への気持ちや、親しい友人には無い想い。
ただ、その子を守りたい。
勿論赤子はアリアベルの子ではないし、初めて会ったはずである。
しかし芽生えた感情はアリアベルを揺さぶった。
(もしも、テオドール様との間に……)
無意識にお腹に手をやる。
月のモノ中なので宿っているはずは無いが、いつかは、と思いを馳せた。
しかしこのまま宿る事は無いかもしれない、とも。
それでも、愛する夫にもこの想いを共有したかった。
――そうなると、アリアベルは目を伏せた。
自身が望めないなら別の女性に――。
そこまで思考し、ハッと息を呑む。
(私は……今、何を……)
「アリア様……?」
「えっ、あ、ああ、ごめんなさいね」
赤子は既にミルクを飲み終えていた。
女の子は慣れたように肩に乗せ、背中をポンポンと叩く。
ごふっ、と赤子から息が漏れ、アリアベルは目を丸くした。
「げっぷをさせないと、せっかく飲んだミルクを吐いちゃうんだって」
「そうなの。大きな音がするのね」
お腹が満たされたのかうぷうぷと、赤子は満足そうに手足を動かしている。その姿もまた、アリアベルの母性を刺激した。
「抱っこしてみる?」
「いいの?」
「うん。アリア様に抱っこして貰えるの、この子も嬉しいと思う、……思います」
年長だというのを今思い出したように、女の子は丁寧な言葉に言い直した。
それを見て、アリアベルはくすりと笑った。
「いつもの口調でいいわよ。じゃあ、少しだけ、抱っこさせてね」
「まだ首据わってないから、腕枕するみたいな感じで、腕全体で支えるの。こっちの手は背中からお尻を支えてね」
女の子から指南を受けながら、アリアベルはぎこちなく赤子を受け取る。
つぶらな両の目と視線が合うと、じぃっと見つめられ、何とも言えない気持ちになった。
(小さいのに、こんなにもしっかりと生きているのね……)
まばたきもせず、しっかりと手を握り、赤子はアリアベルを見つめる。
まだ生まれて一月くらいだろうか。
未だ我が子を抱いた事が無く、変な箇所に力が入って肩や腕が痛む。
だが不思議と手放し難い思いにかられた。
初めて会った子でさえ、愛おしいのだ。
アリアベルは愛する夫の子ならば、きっとそれ以上なのではないかと思った。
――しかし、子を成すには男女の交合が不可欠で。
それは即ちテオドールが自分以外の女性を抱くと言う事で。
そこまで思考して、アリアベルの心臓がズクリ……と痛んだ。
同時に力の抜ける感覚が襲い、慌てて赤子を女の子に戻す。
それから孤児院をあとにし、馬車の中で物思いに耽った。
子は可愛い。
王太子妃として、国民を慈しみ愛する事が常であり、庇護の対象に入る。
愛おしまないわけがない。
だが、テオドールが絡むとアリアベルは胸にもやがかかったように苦しくなった。
そろそろ覚悟を決めねばならない。
時は残酷にも、何の実りももたらさず、アリアベルを苛む。
月のモノは昨日から始まったばかり。
あと、何度、あと……何度……。
少しばかり痛む薄い腹に手を当て、アリアベルは悲しげに目を伏せた。
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