上 下
34 / 53
本編〜アリアベル編〜

32.気まぐれな子授け鳥

しおりを挟む
 
 最初に子授け鳥が訪れたのは、王妃だった。

 議会を中断し王妃の自室へやって来たテオドールは、中に入るなり青い顔をした母を見て息を呑んだ。

「は、母上……、懐妊なされたと、お聞きしましたが……」
「……テオドール……」

 ハンカチで口元を押さえ、吐き気を我慢している王妃の表情は浮かない。
 国王は王妃に寄り添い、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

「ヴィアの体調が悪いと言うから侍医に見せたんだ。
 9週目に入るところらしい」

 曰く、王妃は最近、月のモノの周期が遅れがちで、年齢的にもいつもの事だろうと気にしていなかった。
 数ヶ月前、国王と共寝をしたというのは知れ渡っていたが、一度触れ合えばあとは進むだけ。
 実に約18年ぶりに交合し、その後何度か身体を重ねた結果、約25年ぶりに懐妊に至ったという。

「なにぶん出産するには年齢の事もある。
 だが授かった命を諦めたくないというのが俺たちの意思だ」

 40半ばで久し振りの懐妊と出産は王妃の仕事をしながらでは負担が大きい。
 王妃が体調不良の時は側妃が肩代わりする。
 だが側妃セレニアは間もなく離縁する事が決まっている。大事な案件は任せられない。

「だから安定するまでは王太子妃にも協力を願いたい」

 国王からの願いに、テオドールの眉間に皺が寄る。
 25も年下の弟妹ができた事は、嬉しさ反面複雑でもあった。
 今王妃の執務をアリアベルが引き受ければただでさえ二人の時間が減る。
 側妃問題が無くなりようやく共寝が復活できると思っていた彼は、唸って唸って、溜息を吐いた。

「分かりました。どちらにせよ弟妹が授かったのであれば後継問題は明るくなります。
 母上、どうぞ御身を大切になさいますよう」
「ごめんなさい、テオ。ありがとう……ぅぷ…」

 王妃の自室から退室し、再び会議場へ向かう。

「……オーランド」
「言いたい事は分かりますよ」

 テオドールは溜息を吐き、遠くを見やった。

「ちょっと気まぐれすぎないか?」
「そのうち来ますよ」
「……もう今から捕まえに行こうかな」
「いいですね。大きな鳥籠を準備致しますよ」

 弟妹ができた事は嬉しい。
 正妃の子であれば、テオドールの問題が無くても側妃を迎えろと言われなくなるだろうからだ。
 この先テオドールたちが授からなくても、王子なら御の字、王女ならば法律を変え女王として後継にすれば良い。
 テオドールは歩きながら逡巡し、議題を煮詰めていく。

「ベルにも報告しておくか」

 アリアベルのもとへ向かう足取りは軽かった。


「まあ、王妃殿下が?」
「ああ、この年になって兄弟姉妹が増えるのは複雑だな」

 自室ではなく、王太子妃の執務室にいたアリアベルに、先程の国王からの願いを言うとすっと王太子妃の顔になった。

「ベルには負担をかけるけど、今の悪阻?の時期が終われば安定期に入るから少しずつサポートをしてほしいそうだ。
 側妃殿下は離縁が確定しているから、簡単なものしか任せられなくてね」
「分かったわ。……いずれ私もしなくてはいけないと思っていた事だからやるわ」

 本来ならばアリアベルと王妃の立場は逆のはずなのに、とテオドールは彼女を抱き締めた。
 自分たちの元に訪れるのはいつになるのだろう。
 これから訪れる事はあるのだろうか、と不安が過る。
 あの時目覚めなければ。
 皮肉にも五年間も願いが叶ってしまった。
 けれど、そろそろ、もう一人増えてもいい。

「ありがとう。大変だと思うけど、俺もサポートするし、オズウェルに婚約者ができたら手伝って貰えるよう頼んでみるよ」
「オズウェル殿下も……」

 アリアベルは少し考えた。
 けれど、そんな都合良い考えはだめだと頭を振った。

「……と、そろそろ俺は行くよ。議会を中断してるんだ。
 母上が懐妊されたなら、話が持っていきやすくなる」

 アリアベルを抱き締めたままのテオドールは、一度ぎゅっと力を入れて堪能し、名残惜しく離れた。

「がんばってね」
「うん。行って来るよ。……あと、ベル」

 テオドールは妻の手を取り両手で大切そうに握り込んだ。

「今日からまた、一緒に寝たい。やっぱりベルが隣にいないとよく眠れないんだ」

 夫からの誘いに断る文句は思い浮かばない。

「夫婦の寝室で待ってるわ」

 ぽすん、と愛しの夫の腕におさまると、ぎゅっと背中に手を回し抱き締める。
 二人の相変わらずのいちゃいちゃぶりに「んんっ」と咳払いが響き、慌てて離れた。

 テオドールが退室した後、アリアベルは一つ溜息を吐いた。
 無意識に薄いお腹を擦る。もう染み付いてしまった癖だった。
 成婚から五年が経過した。
 今までの王家の系図では、五年以上を経て授かった例は無い。
 けれど、約25年ぶりに王妃が懐妊した事により、何かの流れが変わった気もしていた。
 王妃が羨ましくないと言えば嘘になる。
 切望する自分の下へは来ないのに、とも。

(いつかは、私にも……)

 子授け鳥は気まぐれ。
 けれど、その愛を届けに飛び回る。

 こうなったら長期戦だわ、とアリアベルは拳を握った。


 議会場へ向かう途中、オーランドが「そう言えば」とテオドールに進言した。

「……それは本当か?」
「ええ。お疑いでしたら本人に聞いてみては如何ですか?」

 食えない顔をした側近を、テオドールは訝しげに見やった。

(それを知っていたからわざとか……?)

 疑い始めればキリが無いが、そう考えればこの男も人間味があると思った。
 議会場へ行く前に、寄り道をする事にした。


 二人が離宮に来ると、目的の人物は――リディアの部屋にいた。
 少し開いた扉から部屋の中を伺うと、オズウェルがリディアに跪いているところだった。

「僕はもう遠慮しません。貴女を愛しています。
 お願いします。僕と共にこれからを歩んで下さい」

 オズウェルの言葉に、リディアは目を伏せた。
 彼女からすれば二人から拒否され、自信はすっかり無くなっていた。
 オズウェルの手を取り、婚姻して、初閨で同じ事が起きたら、と思うと怖かった。

「私は……」
「兄上の件は聞きました。兄上は義姉上馬鹿なんです。僕は貴女を欲しています。
 でも、閨が怖いならしなくてもいいです。でも、貴女のそばにいたい……」

 必死に訴えるオズウェルに、リディアの気持ちは揺らいだ。
 今までの彼からの温かさを信じたい気持ちを思い、ぎゅっと目を瞑る。
 手は震える。
 本当は怖い。
 けれど――信じたいと思った。

「……婚約破棄はしないで……」
「しません。貴女と生涯を過ごしたい」
「閨を……放棄しないで……」
「一晩中貴女を愛します。嫌だと言っても離しません。辛くなったら抱き締めて眠ります」

 リディアの瞳が潤んでいく。
 差し出された手に、震える手を重ねた。

「私も、貴方の事が好きです。本当は王太子殿下から拒否されて嬉しくもあるのです。
 初めてはせめて愛する人に捧げたかったから……」
「リディア嬢……」

 貴族の義務として割り切らねばならなかった。
 けれど、リディアとてあの日王太子がその気になれたとして、恐らく――拒絶していただろうと思った。

 オズウェルはリディアの隣に座り直す。

「僕に触れられて、嫌ではありませんか?」

 その手は握られたまま。

「大丈夫です」

 しっかりと、包み込む。

「リディア・ローレンツ侯爵令嬢、改めて申し上げます。
 僕は貴女を愛しています。僕と結婚して下さい」
「……本当に私でよろしいのですか?」

 オズウェルはリディアの手にそっと、触れる口付けをした。

「貴女以外、いりません。貴女がいいのです」

 その言葉に瞳に涙を浮かべたままのリディアは微笑んだ。

「私で良ければ、喜んで。よろしくお願いします」

 オズウェルは破顔してリディアを抱き寄せた。
 ぎゅうぎゅうに抱き締め、何度も「ありがとう」と言った。


 その様子を見ていたテオドールとオーランドは、扉の前にいる護衛に言付け、その場をあとにした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:109,398pt お気に入り:8,824

短編集「異世界恋愛」

恋愛 / 完結 24h.ポイント:789pt お気に入り:676

妹にあげるわ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:133,316pt お気に入り:2,815

男はエルフが常識?男女比1:1000の世界で100歳エルフが未来を選ぶ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:241pt お気に入り:366

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:18,406pt お気に入り:3,526

【完結】私がいなくなれば、あなたにも わかるでしょう

nao
恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,177pt お気に入り:932

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,438pt お気に入り:9,135

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:300

処理中です...