【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月

文字の大きさ
5 / 41
本編

5.あれからの私【side L】

しおりを挟む

 婚約が解消され、私が修道院に来てから三年が経過した。
 来た時に、名乗る名前をリヴィと変えた。
 最初は生きているのか生きていないのかよく分からなかった。

 私の感情は凪いだまま、何の感動も映さなくなったから。
 表情筋は仕事を放棄して、あれだけただ一人を想うだけで勝手に緩んでいた頬や口元も動かなくなってしまったのだ。

 修道院での生活は穏やかで、貴族令嬢として生き、王太子殿下の婚約者として教育を受けて忙しくしていた頃が懐かしくなる。
 教育は半分程終えていたけれど、暗部に関わる事はまだ先の教育だったから私は生かされている。

 朝起きて身支度を整え、掃き掃除をしてから朝食を作り食べ終えたあと片付けをしてから併設された教会でアンジェリカ様の冥福を祈る。
 それから洗濯、バザーの為の商品作り、孤児達に読み書きを教えたり一緒に遊んだり。
 昼食を食べた後は先程の続きから。

 そんな、平民がよくしているありふれた生活。
 最初は慣れなくて失敗ばかりしていたけれど、周りの皆に教えてもらい随分と上手くなった。

 それでも、私の表情筋は仕事を放棄したまま。
 そんな私にみんな笑いかけてくれる事が嬉しくて申し訳無い。

 そんな私はふと、自分でも気付かないうちに涙を流す事がある。

 ──いいえ、理由は分かっている。

 ただ一人を想うだけ。
 それだけで、目から雫が止めどなく溢れて来る。
 自ら側にいる事を止めたのに。
 心の奥底から未だ湧き出るモノがあふれないように静かに蓋をしたはずなのに。

 持っていたハンカチで頬を拭う。
 あとどれくらい涙を流せば、貴方の事を忘れられるのだろう。
 じくじくと痛む胸を押さえて、一つ深呼吸をした。


「レーヴェ」

「お父様、お母様……」

 両親は時折私を訪ねて来る。
 修道院にも沢山寄付をしてくれて、不便が無いようにと院長に頭を下げる。

 貴族として産まれたのに、役目を全うできなかった出来損ないの娘なのにこんなにも優しい両親に申し訳なさが勝つ。

「貴女が元気ならそれで良いのよ」

「お母様……」

 私の頬を撫でながら、瞳に涙を溜めるお母様。
 何かを言いたいのに、私の表情筋はやはり仕事をサボってる。

「ありがとうございます。私は生きてます。
 ……すみません」

「謝らないで。貴女が生きている事が私達の幸せなの」

 ああ、お母様を泣かせたいわけではないのに。
 こんな時、あの方ならどうするのだろう、と、私は訊けもしない事をぼんやりと考えていた。


 外に出ると、お父様が騎士の風貌をした男性と話をしていた。
 騎士は兜を被っているから顔は見えない。
 じっと見ていると騎士は私の視線に気付いたのか少し身動ぎをし、すぐに一礼した。
 私もそれに倣い会釈する。
 侯爵家の新しい護衛の方かしら。私にはもう関係無いけれど。


 両親が家路につき、私は今日のやるべき事の続きをしようと修道院内に入った。

「リヴィ、買い物頼めるかしら」

「分かりました」

「じゃあお願いね。リストはこれ」

 先輩から籠とお金と買い物リストを受け取り早速出掛けた。

 今日は天気も良くて歩くのが苦では無い。
 雨が降れば靴も服も濡れて大変だし身体が冷える。
 貴族だった頃は使用人が濡れないように苦心して、濡れたらすぐに着替えさせて。
 それが当たり前だったけれど今は何回も着替えは面倒だし、帰宅するまでこのままだ。
 汚れるのも案外楽しいのだと気付いたのは修道院に入って暫くしてから。

 初めて靴と服の裾を泥跳ねて帰宅したとき、先輩に苦笑された。
 その後洗濯が大変だったから以後やらないなんて誓ったっけ。

 あの頃が懐かしく、つい口元が緩みそうになる。
 けれどそれが何だか悪い事のような気がして、緩みかけた口元はいつもの唇の形に戻った。


「こんにちは。卵と牛乳を買いに来ました」

「おう、リヴちゃん!ちょっと待っとくんなぁ」

 威勢のいいおじさんの声に戸惑いつつ、奥にある氷室に商品を取りに行ったおじさんを待つ間、品物を眺めることにした。

「ねえ聞いた?王都では王太子殿下の婚約が発表されたそうよ」

「ようやくなのね~。これでちょっとは安心かしら」

 聞こえてきた声に思わず手に取った木彫りの熊の飾りを落としそうになった。

(婚約……──殿下が……)

「何だっけ?最初の婚約者の方がお亡くなりになってその後の方とは破談になってしまわれたのよね」

「その後頑なに婚約を拒んでらしたけど、王様の唯一のお子ですものね。
 今度こそ結婚して次はお世継ぎかしら。慶事が続くと品物が安くなるからいいわぁ」

 朗らかに会話をする女性とは裏腹に、私の心は嵐のようだった。

 分かっていたはずだ。
 私と婚約解消したのだ。
 国王夫妻唯一の子。代わりはいない。
 次期国王として誰かと婚姻し世継ぎを設け、次へ繋ぎ国を繁栄させる。
 それが彼に課せられた義務であり使命。

 だから

 分かっていたはず。

 心ではアンジェリカ様を愛し続けながらも、婚約解消された今、いつかは私ではない誰かと添い遂げると。

「リヴちゃん待たせたな!はいよっ」

「あ……ありがとう」

 私はその場にいられず、卵と牛乳を受け取るとくるりと踵を返して立ち去った。

 足早に帰途を急ぐ。
 大丈夫、私は大丈夫。
 分かっている。大丈夫。

 頬が濡れる。

 雨でも降ってきたのかしら。
 早く帰らなきゃ。

 苦しい。胸が痛い。
 嫌だ。嘘だ。

 だって。
 だって、私は、アンジェリカ様には勝てないから身を引いたのに。
 アンジェリカ様だから、諦めたのに。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ、どうして、何で、

 私はこんなにも苦しいのに、どうして貴方は──

「失礼、お嬢様。顔色が悪いようですが」

 ずっと下を向いて歩いていたから気付かなかった。
 上を向くと、両親に付き従っていた騎士のような格好をした人がいた。

「すみません、何でもありません」

「何でも無いわけないでしょう?顔色が真っ青です。プリエール修道院の方でしょう?
 送らせて下さい」

 断っても引き下がらないその人を睨んでみる。けれどその表情は兜に隠れて見えない。

 少しの間睨み合って、やがて溜息と共に私は歩き出した。

「レ……リヴィ嬢、待って」

「私は貴族ではありません。『嬢』と呼ばないで下さいませ」

「す、すまない、ま、待って……」

 兜さんの言葉は無視して修道院へ急ぐ。

 彼は後ろから一定の距離を空けて着いてくる。
 両親からの差し金かしら?

 修道院の扉の前まで着いて、くるりと振り返った。

「送って頂きありがとうございました。では」

「レ……、リヴィ、じょ……さん、少しで良いんだ。話がしたい。今じゃなくていい。時間を……下さい」

「はぁ。でも私は忙しいので」
「そんなに時間は取らせません。何でも良いので話がしたい、です。お願いします」

 兜のまま話すつもりだろうか。
 私は溜息を吐いた。

「お昼過ぎなら、少しは……」

「っぁ、ありがとう!ありがとう、ございます!っ、すみません、体調悪いんですよね。今日は帰ります。明日、から、昼過ぎに来ます」

 兜を被った人は一礼するとそそくさと帰って行った。

「何だったんだろう……」

 つぶやいた言葉は誰にも聞かれる事が無く。

 けれども、先程の苦しかった気持ちが、いつの間にかふと気付いた時には不思議と和らいでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで

木蓮
恋愛
ミリアベルの婚約者カシアスは初恋の令嬢を想い続けている。 彼女を愛しながらも自分も言うことを聞く都合の良い相手として扱うカシアスに心折れたミリアベルは自分を見ない彼に別れを告げた。 「今さらあなたが私をどう思っているかなんて知りたくもない」 婚約者を信じられなかった令嬢と大切な人を失ってやっと現実が見えた令息のお話。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【1月18日完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

処理中です...