ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第3章 王子様のトラウマ

44話 溢れる涙

「俺のために作ってくれたと知っているからだろうか。いや、たとえその意匠を知らなくとも、俺はこの……の作った作品に触れたい」

そんな優しい声音に絆されて、俺は恐る恐るその声の方を向く。彼の目にはしっかりと、徐冷炉の奥にある少し青く輝いたかぼちゃが映っていた。

嬉しい。
素直に嬉しいと伝えられればいいのに。
俺はまだ求めてしまう。もっと強い承認を。

「……なんで、あの花のブローチは俺の作ったモノじゃないと思ったんだ?」

自嘲じみた、そんな問い。
美しすぎるから、丁寧だから、まるで花がガラス化したのかと思うほど洗練されているから。あれは俺が作れるモノじゃないって。
俺の作るものは未熟だから、造形も荒削りだからこっちは俺が作ったものだって。

そんな答えが飛んでくると……心の大部分では思っていた。
でもほんの少しだけ、淡い期待が俺の中で芽吹いていた。

「確かにあちらも美しいが。専門的なことは分からないが直感だな。
俺が触れたいと思うのは、リヨの作品だから」

その言葉が俺の小さな希望の芽を膨らませる。

そんなこと、言われたの初めてのことで。
俺の作品をこんなにも求められたのは初めてで。
ずっと父の背中を追いかけてきた俺にとって、父に追いつけていないと思っていた俺にとって、その肯定は初めてのもので。

父のガラスと出会って、15年。ずっと追い続けてきた。
向けられる賞賛なんてなくて、孤独で。
でもただひたすらに、ガラスに向き合い続けてきた。

誰かのために作る喜びを知って、その誰かの笑顔や言葉で救われて。そして、ここまでの努力が報われたような気がした。

堪えきれなくなって思わず下を向く。

前が見えない。
でも、このまま下を向いていたら、目に溜まった熱い水が零れてしまう。

「リヨ?」

俺の反応が予想外だったのか、サンの声は困惑が混じっていた。
彼に変な心配をかけさせないためにも、俺は慌てて平常を取り繕って前を向く。

「……っあ、ええっと、嬉しい、です」

その短い言葉を言い終わる頃には、目に溜まっていた大量の涙が溢れてしまっていた。
頬に水がダラダラと伝う感触と、床にポトポトとそれらが落ちる音で、自身の状況に気付いて思わず顔を腕で覆う。
作務衣の袖で、止まらない涙を拭きながら、サンにみっともない顔を見せないように。

しかし、俺の考えに反して、サンはもっと困惑して声を震わせてしまったようだった。

「おい、顔を見せろ」
「待って!今ちょっと……」

上擦った籠もり声で、近付いてくる温もりを突き放そうとするが、大きな気配に気圧されて、一歩ずつ後退りする。
迫ってくる方はどんどん迫ってきて、最終的には俺の背中が壁に付いて、逃げ場が無くなってしまった。

額を押さえていた手に、温かく強い力が伝わると、無理やり剥がしてくる。

「リヨ……!」

すげぇ酷い泣き顔なのに。
絵画のシーンのようなサンの美しい涙とは全然違う、平凡な男のくしゃくしゃな顔なのに。

なんで目の前のこの男は、頬を赤らめて、そんな扇情的な視線を向けてきてんだよ!

血色の良い唇をペロリと舐めて、蕩けた息を吐いてその艶かしい顔をグッと近付けてくる。

「リヨ、食っていい、か?」
「っ!…………は?」

サンの笑顔と涙に満たされて。
サンの言葉に救われて。
かと思ったら、サンの言葉に翻弄されて!
コイツ!俺の情緒をどうする気なんだよ!

心が分かんねぇ。
サンが分からない!
それにドキマギしている俺自身が一番分からない!

グルグルと渦巻く色んな感情の波から目を逸らし、とりあえず、俺に残っていた冷静さを引っ張り出す。

早く振り払って、この変な距離感を正さないと。
普通の友達のような距離感に!
咄嗟に身体を動かすと、サンも俺の訴えに気付き、手に込める力を弱くする。

「す、すまない。間違えた……。心の声が思わず……」

ハッとした表情を見せて、口元を隠した次の瞬間には、片手で俺の両手首を壁に押さえつけていた。

冷静な言葉を吐いているが、やっていることは超強引。
言葉と行動が不一致すぎる。

どんなに動いてもビクともしない。
これじゃ、俺の泣き腫らした酷い顔がモロに見られてしまう……。
それも天使の風貌の美青年にとか……恥ずかしすぎる。

「っ!やめろ、今、見ん……な」

身体を何とかジタバタさせて動くがビクともせず、少し痛みを感じるくらい強く押されてしまう。

「リヨ……」

その声はどこか熱っぽい。
そして、その目はまるで獲物を見つけた狼のように鋭くギラついている。

「めちゃくちゃにしていいか?」
「…………!?!?」

ガン開いた瞳孔が大きく揺れた後、狙いを定めたように真っ直ぐに固定され、じっくりと燻すように俺の瞳を貫く。

そんな瞳に反射して映る俺は、罠にハマった草食動物のように固まって、目を腫らしていた。
自身の酷い姿を見て、更に抵抗する力が弱くなっていく。

俺のこんな様子を見てか、サンもゆっくりと瞬きをして荒くなった息を整えた。

「くっそ、また間違えた。まずいな、こんなタガが外れるとは……」

タガ?なんの?
頭が熱くなりすぎて、まともに彼の発言が捉えられない。意図を考えられない。

サンは、よく分からない言葉を呟き、頭を抱えていたが、俺を抑える片手の力は弱くなることはない。

「離し、て」

俺の語気はもうないに等しいくらい小さくなってしまっていた。
全身が沸騰するように熱い。
このままだと、サンのペースに飲み込まれる。
そんな警鐘が頭の遠くで鳴ったような気がした。

サンは俺の手はそのまま強く壁に押し当て、大きく息を吸って吐いた。

俺の頬に大きな右手を添えると、真っ直ぐで真剣な瞳を向けて、キリッとした表情で、俺の涙を親指で拭った。

「リヨ、どうして泣いている?」

「……い、今更、真面目な顔しても遅せぇわ!」
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