ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第3章 王子様のトラウマ

53話 エラの決意(三人称視点)

***

煤を被った、ボロボロの屋根裏部屋。
蜘蛛の巣が垂れて、床は悲鳴をあげるように軋む。
古びた小さな窓から、涼しい夜風が入り込み、棚引く短い銀髪の毛先を揺らした。

月明かりとともに小窓のサッシに飛び乗るのは赤毛のネズミ。

【ゴーン】

と、零時の鐘が聞こえると、星の光がその身体を包んで、みるみるうちに小窓に腰掛けた騎士に変化させる。

月明かりを背景に、その翠色の瞳を銀髪の主に向けると、八重歯を見せて悪戯に笑う。

「お、エラさま、イメチェンですか~?」

そんな溌剌な騎士の問いに、エラは短くなった髪を手櫛でといて答えた。

「うん。僕なりの決意だ。
革命をするのに……ルヴェールを取り返すのに長い髪は邪魔でしょ?」

その淡紫の瞳はどこまでも真っ直ぐに赤毛の騎士を貫いた。
その姿に騎士は目を細めて腰掛けていた小窓から飛び降りると、床を軋ませ、主の方へ近付く。
同じく魔法が溶けて、もう既に主の後ろに控えていた青髪の騎士と目を合わせて微笑み合う。

騎士たちの表情を確認するように覗き込んで、ホッと安心した様子の青年は、小窓から零れる月明かりに手を伸ばす。

「屈辱を甘んじて受け入れていた自分とはおさらばする。
また伸びた髪に、強く勇敢に生きた証を刻みたい。
そして、リヨに再会した時、もっと綺麗になったと言ってもらえるように」

「素晴らしいです。御髪を短くされると、お父上と重なって……」

琥珀色の瞳が潤み、鼻を啜る音が部屋に響く。
普段クールな青髪の騎士の意外な姿に、クリスとエラは顔を見合せてクスリと笑った。

「タルタル~?どんどん泣け泣け~」
「煩い。今は決起の時なのです。泣いてはいられません」

騎士の言葉の重みを感じ取り、胸に手を当ててぎゅっとそれを握りしめる。

「お父様に似ている、か。
なら尚更、お父様の意思も繋げないとね。
クリス、タルタル、頼りにしてるよ」

「もちろんです」

大きく頷くタルタルと、屈託のない笑顔を向けるクリス。
二人を交互に見て、エラは大きく息を吸って、何かを遠くのものを見据えるような強い瞳を彼らに向ける。

「まずは同志集めだよね?」

その真剣な眼差しは、騎士たちに伝播した。
騎士たちは目を合わた後、頷きあって、タルタルが一歩前に出て、主に提言する。

「はい。まず、身体にかけている変身魔法を解き、男性の身体に戻ってください。革命を起こすなら、女性より男性の方が動きやすいですから」
「分かった」

エラは二つ返事でタルタルの意見に頷く。
そのあまりの従順さに、騎士たちは静かに驚きの表情を浮かべていた。

「それで……髪色なのですが……。変身魔法で髪色を変えるのは余程の手練ではないと難しい。ですので……非常に不本意ではありますが、あの魔法薬をまた使います」
「カモられて大量に持ってるんだ。マジでごめん、エラさま」

タルタルの話に、クリスの萎れた声が入りこむ。緊張で張り詰めていた空気が少しだけ緩くなるが、それは一瞬のことだった。

「髪色が変わることは舞踏会で確認済みですので、それでなんとか目立つ髪色を隠せれば、と。王家にその存在が知れているという懸念点が大きすぎますが、あの荒廃したキストで、目立つのを防ぐために使うだけなら追えないはず……」

歯切れの悪いタルタルの進言は、何とか絞り出した苦渋の決断だったことが伺える。
それを察したエラは、静かに首を横に振って、琥珀の瞳を見つめた。

「僕は……リヨが綺麗だと言ってくれたこの髪をもう恥にはしたくない。この銀髪のまま、彼らを説得したい。
……だめ、かな?」

胸に当て拳を震わせながら、エラは恐る恐る騎士達に意志を伝える。

「昔のエラさまだったら、俺らに相談することもなく突っ走ってったのに……エラさまが俺らに許可を求めてる?!」

まさかの提案に吃驚するクリスの隣で、静かに息を飲むタルタルがいた。

「そう、きましたか。かつての貴方なら、そんな提案、絶対に反対したはずなのに、何故でしょうね。私は今の貴方を信じてしまう。
何とかして策は私が立てます。だから、貴方は真っ直ぐ前を見ていてください」

「……タルタル!」

そんな騎士の言葉に、エラの胸は一気に熱くなる。

「大丈夫。貴方はアレク様のご子息。そして最強の武器もある」

タルタルはエラの肩を優しく撫でて、視線を横に向ける。エラもタルタルを追うようにそのラベンダーの瞳を透明な靴に映した。

「リヨの……ガラスの神子の作品、だね」

静かに頷いたタルタルとクリスは、エラの足下に膝をつく。頭を深く下げて、胸に手を置いて忠誠を示す。

「はい。だから大丈夫です。今の貴方の言葉ならきっとルヴェールの民衆に届きます。エラリス王弟殿下」

タルタルが口にした懐かしい呼び名に、エラは小さく笑みを零した。

「王弟、慣れないね。第2王子の方がしっくり来るんだけどね」

「いくらアレク様のめいとはいえ、私も、貴方が王弟なのは解せなかった。ずっと貴方が王位を継承すべきだと……。
だから、やっと、です。今こそ貴方が王になる時なのです」

そんな青髪の騎士の強い激励に、エラの心も奮い立つ。
エラは揺るぎない瞳を彼に向けては、手を差し伸べる。

「ありがとう、タルタル」

主の手を強く握ったタルタルは硬い笑顔で応えた。
そして、エラはもう一人の騎士にもその手を差し出す。
しかし、彼はエラの手を取ることなく自力で勢いよく立ち上がった。

長い毛束の先をくるくると手先で回しながら、いつもの明るい笑顔を向けた。

「あ~俺も、エラさまの成長譚を見届けたいところなんですけど、伯爵家の様子を見張っときます。あの人たちおっかないんで。エラさまが動きやすくなるように、怪しまれないように、タルタルに《念話》を使って報告しますんで」

そんな提案を受けて、エラは静かにタルタルの方を向いて彼の考えを探る。

「《念話》はがないと出来ないものですし……確かにクリスにしか頼めませんね。お願いします」
「りょーかい!」

八重歯をキラリと見せて、親指を立てるクリスに、エラも柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとう、クリス」

それに頷くクリスを見た後、タルタルはゆっくりと目を閉じて、何かを感じ取った。

「あのとんでもない結界が消えました。認識阻害魔法を使って同志の元に向かいましょうか」

エラは小さく頷いて、ガラスの靴を手に取ると、それを明るい月に掲げる。
頬を赤らめて、恍惚とした顔が透明なガラスに映る。

「……はぁ、早く壊したい。この美しい結晶を」

誰にも聞かれぬように小さく呟いて、騎士たちの方に振り返る。

その表情は、先程までのものとは違う、決意を固めた革命家のものだった。

「向かおう、キスト地方へ。
……待ってて、リヨ」
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