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5、愛の試練

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 星野正道は、『ジョーバ』でフニャフニャ揺られながら、右手で後頭部をさすった。
「なんかボク、ここんところ1日に1回は気絶してるよなぁ」
 パラダイス・クラブに通い始めて4日目になっていた。
 愛しい王子を見つけ、プールで必死にパンツを引っ張り上げながら並走した翌日から、3日連続で気を失うようなことをやらかしていた。
 ◆1回目は、ランニングマシンで走っているとき。
 ーーまた王子に会えるかも……フフフ。
 正道は、期待を胸に張り切っていた。
 しかし、本来怠け者で、普段身体を動かすことなどまったくやっておらず、しかも、運動オンチで身体能力が人一倍劣っている正道は、しばらく走っていると、案の定、気分が悪くなり、さらに足がつりそうになった。
 しかしーーなにクソ、ボクも男だ!。と、頑張った。
 それは、両サイドのランニングマシンで、ジャニーズ系のイケメン青年たちが走っていたからだった。
 せめて彼らが走り終わるまで一緒に走っていたい。イケメン青年たちと一体感を味わっていたい。空間を共有していたいーー欲望が丸出しで渦巻いていた。
 だから、これしきのことで走るのを止めるわけにはいかなかった。
 ーーヨシャ、ここは必殺の『大和魂』で乗り切ろう!。
 正道は決意した。そして、行くぞ! 身体に気合いを込めた。
 そのとたんーーピッキ~ン! ぎゃあぁぁ!。
 熱い思いとは裏腹に、完全に足がつった。ご丁寧に両足とも。
 本来原則として、アクシデントに備えて安全クリップをウエアに装着しなければいけないことになっている。だが、正道はカッコから入るタイプだった。素人にも関わらず、「ケッ、素人じゃあるまいしぃ~」と、付けていなかった。
 両足がピッキ~ンとつったからといって、マシンがピッキ~ンと止まるわけがない。ベルトは容赦なく回転を続ける。
 正道は慌てて両サイドのバーを握り締めた。ストップボタンを押すためには、片手を離さなければならない。しかし、とてもじゃないがムダに肥満した身体を片手で支えきれるわけがなかった。
 激痛が走る両足が、回転するベルトに持って行かれそうになる。正道は顔を真っ赤にして、ワナワナ震えながら必死に踏ん張った。
 このとき、両サイドのイケメン青年2人に助けを求めればよかったのだ。あるいは、大声を上げて近くにいるインストラクターを呼べばよかったのだ。しかし、正道のプライドがそれを許さなかった。
 そして……もっとも恐れていた、腕力も握力も限界のときがついに来た。
 ドッシェ~イ~!。
 奇妙な雄叫びと同時に、下半身は宙へ、上半身はダイブして下のベルトに叩きつけられた。
 腕がヘロヘロに萎《な》えていたため、腕で防ぐことができず、回転するベルトに顔面から激突して吹き飛ばされ、真後ろにあったコンクリートの柱にぶち当たって、気を失った。
 突然の出来事に、周囲の人たちは唖然とするばかりだった……。
 ◆2回目は、禁止されているサウナスーツをこっそりと着込んで、サウナ室でスクワットをやっていたときのことだ。
 正道はダイエットすることを決意した。
 きっかけは、昨日、病院での健康診断の結果だ。パーフェクトなメタボリック症候群であると診断され、医者からダイエットを始めとする生活習慣の改善を強く勧められたからだ。
 このままだと、いつコロッと逝ってもおかしくない、とまでいわれた。
 ちなみに、メタボリックの意味は「新陳代謝」や「物質交代の」なのだが、もう1つ「変態」という意味があるのをご存知かーー。
 そんな正道に、さらに追い討ちをかけるようなことがあった。『鶴亀スイミングスクール』のインストラクターたちが、正道のことを密かに『ブタカバ』と呼んでいるのを、偶然、柱の陰で聞いてしまったのだ。
 確かに正道は、ブタにもカバにも似ていた。
 ーーしかしだからといって、いやしくも専務に向かって本当のことを渾名《あだな》にするとは、なにごとかっ!。
 気の小さい正道にしては珍しく怒りに打ち震えた。
 ーーヨシッ、痩せるぞ! 痩せて、みんなを見返してやるんだ! そしてイケメンになるのだ!。
 なぜか正道の中では、ダイエット=イケメンというわけのわからない図式が構築されていたのであった。
 それにしても……、自分のところのスイミングスクールでなく、経営危機に陥れている難敵パラダイス・クラブの『お試しコース』を利用して、ダイエットしようというのだから恐れ入る。ま、泳げないのだから仕方がないのだが……。
 正道は意を決した。
 ーーこれはつまり、仇討ちなのだ!。
 このダイエットこそが、自分の栄光のため、引いては我が『鶴亀スイミングスクール』復活への道標《みちしるべ》になるのだ!。
 打倒、ダイエット! 打倒、パラダイス・クラブ!。
 さらに、正道は考えた。自分は飽きやすく、1つの事が長続きしない。『歩く3日坊主』といわれているぐらいだ。だから、短期間で一気に痩せよう。
 ーーヨシッ!。何もしていないのに汗の量は『相撲取り』ーーなどとはもういわせない。
 正道は無用に汗をかく体質だった。冬の電車の中でも、ひとりダラダラ汗をかいていた。バケモノでも見るかのような周囲の冷たい視線ーー相撲も取っていないのに、相撲取りみたいに見られるのはたまらない。
 ーーやるぞ!。
 水分補給を控え、通気性の悪いサウナスーツをこっそり着込んで、ドライサウナ室にこもり、黙々とスクワットをやりながら汗をかきまくった。
 その結果、ものの30分もしないうちに見事に脱水症状を喰らい、失神したのであった。
 大の字でひっくり返った正道に対し、普通の場合、周りの人たちは驚いて駆け寄るものだ。だが、誰ひとりとして近寄らなかった。それどころか、全員悲鳴を上げて、サウナ室から逃げ出す始末だった。
 なぜなら、失神したことにより全身の筋肉が弛緩《しかん》してしまったのであろう。正道は放尿したうえに、脱糞までして気を失ったのである。おまけに糞《ウンコ》の重みでサウナスーツのパンツがずり落ち、下半身丸出し状態になった。
 ーー顔を背け、うんざりした表情のスタッフたちに担《かつ》がれて、クラブ内の医務室に運ばれて来た正道を見て、「このヒト、身体を鍛えに来ているじゃなくて、身体を痛めつけに来ているマゾじゃないの……」担当医もげんなりして吐き捨てた。
 その後、清掃やら脱臭などの後始末で、その日1日サウナ室が使用不可能になったのはいうまでもない。
 スタッフの間から、正道に対し、トレーニング中は念のために『紙オムツ』を装着してもらったらどうかという意見が出され、現在も検討中である。
 ◆3回目は今日だ。
 体幹部を引き締めるために、バランスボールを使って『コアストレッチ』をやりたいのだが、上手くいかない。運動オンチゆえに不安定なバランスボール相手に悪戦苦闘していた。
 ムカついた正道は、デブで体重があるぶんだけ“力”でねじ伏せようとした。それが裏目に出た。バランスボールはせせら笑うかのように、彼を簡単に弾き飛ばした。
 まるでプロレスの『ジャーマンスープレックスホールド』のようにでんぐり返った正道は、後頭部をしたたかに打ちつけて気絶した。
 それからというもの、彼には監視のための専属インストラクターが張り付くようになった。
 大勢の前で何度も気を失われては、クラブとしての指導法が問われる。それになんといっても、周りの会員たちがビビってしまうからだ。
 正道は、クラブにとって甚だ迷惑な存在であることを、短期間で見事に確立してしまったのであった。





         ◆ 
 




 ジョーバで揺られている正道を、今日は『でくのぼう』こと塙淳次が監視していた。
 先ほどトイレに行こうとして塙に呼び止められた。
「どちらへ?」「トイレに」「どうして?」
「オシッコがしたいから」「なんで?」
「……もういいです」。
 塙の『5W 1H攻撃』に、正道はトイレに行くことを諦めたのであった。
「なんか不自由だなあ……」正道は溜め息をついた。「でも……フフフ」と笑う視線の先にはーーそう、彼《か》のキミがいた。
 名前は、礼留飛天司《れるひ・てんじ》。おネエのインストラクター・天生目健太が監視に付いたとき、波長が合ってうまく聞き出したのだ。天生目も礼留飛を狙っているといっていた。
 ーークソッ、負けないわ!。 
 べっとりとした視線で礼留飛を追い続ける。
 『ジョーバ』はマシンジムのほぼ中央に設置されていた。したがって360度ジム内を見渡すことができる。つまり、礼留飛天司がどのマシンでトレーニングしていても、首をヒヨィ~とめぐらせば、その姿を見ることができるのだ。
 今、礼留飛は『ローバックエクステンション』というマシンで背筋を鍛えている最中だった。彼がのけ反るたびに、薄いトレーニングパンツの股間部分の膨らみが盛り上がる。
 正道はそれをうっとりとした眼差しで見つめていた。
 ーーな、なんと逞しいこと……!。
 さすがに鈍感な『でくのぼう』塙も、正道の正気を失った不気味な表情に、薄気味悪さを感じて声をかけた。
「あ、あのぉ……どうかしましたか?」
「えっ……え?」
 夢から強引に引き戻されたかのように、塙を見る。  
「あのぉ……ヨダレが……」 
 いわれて正道は慌て口元を拭った。びちゃびちゃだった。
「い、いえ別に。どうぞおかまえなく……」
 ドキリとして赤らめた顔を俯かせて、正道はしどろもどろに答えた。その声は裏返っていた。と同時に、夢見心地を途中でぶち破られて怒りがこみ上げてきた。
 ーーキイィィィ~、まったくもう!。
 さっきのトイレの件といい今度といい、ウザイったらありゃしない!。人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んじまえっ!。
 ジョーバに跨がっていた正道は、ウリヤァ~! とばかりに下腹部に猛烈な力を込めた。
 バフォォォ~ン! 爆発音。
 あっという間に強烈な悪臭が辺りに充満した。潮が引くように回りから会員たちが鼻を押さえて遠ざかる。真後ろにいて放屁攻撃をまともに喰らった塙は、「ウゲッ、うわぁ、目に、目に染みるぅ~」と叫んで、両手で目を押さえながらジムから退場して行った。
 鎧袖一触《がいしゅういっしょく》。
 ーーフフフ……みたか、とほくそ笑む。
 ところが……正道の身にも非情な大試練がおとずれたのである。
 ウウッ……ウップ……。気分が悪くなり、吐き気をもよおしてきたのだ。それはそうだろう。トレーニングをする礼留飛の姿を目で追いかけて、かれこれ2時間以上もジョーバで揺られ続けてきた。一種の船酔い状態になるのも無理はない。
 これは『お試しコース』の仮会員になった初日にも『ジョーバ』で経験したことだ。そう、正道には、失敗を次に活かし、同じ失敗を繰り返さないという学習能力が見事に欠如していた。
 ゲフッ……。
 慌てて両手で口元を押さえる。
 フ~ッ……。セーフ。ハァ~……。
 なんとか堪えられた。涙が浮かんだ目をしばたたかせて、正道は深呼吸をした。しかし、それが裏目に出た。吐き気はおさまるどころか怒涛のごとく一層激しさを増した。
 グブグブグブ……ウブッ。
 口の中に昼食で食べたエビフライの尻尾が飛び出してきた。テレビの料理番組で、エビの尻尾は大変栄養があると某有名料理人がいっていたので、無理して食べたのだ。
 『ジョーバ』に揺られながら、懸命に込み上げる吐き気と戦う正道。ならば早く『ジョーバ』から降りればいいのだか、以前にも経験した、尻と太腿が麻痺して動けない状態だった。
 近くには礼留飛がいる。
 ーーなんとしてでも踏ん張らなければ……。そうだ。この難局を乗り切るには、必殺の『大和魂』しかない! と決意した。
 しかし……正道の持つ『大和魂』は、これがまたロクでもない『大和魂』だった。
 苦痛に耐える正道の耳元で、『大和魂』がそっと囁きかける。
〈さあ、いつまでも我慢してないで早く吐いておしまいよ。楽になるよぅ。すっきりするよぅ。気持ちいいよぅ。ほら、早くぅ~〉
 正道は意志が弱かった、それもびっくりするほどに。したがってその悪魔の『大和魂』の囁きに、屈服せざるを得なかった。それでも抗うように、もう1度だけ深く息を吸い込んで、態勢を立て直そうと試《こころ》みた。が、それも裏目に出た。
 ゲゲゲッ~!。
 ついに吐き出した。
 深呼吸によって勢いが増した吐瀉物《としゃぶつ》が、遠くまで吹っ飛んだ。
 人間には、運の良し悪しや、タイミングの良し悪しが常に付きまとうものである。
 隣のマシーンで、血管を浮き立たせて『ペクトラルフライ』と格闘していた、変態7分ハゲに吐瀉物が飛び込んだ。しかも、ちょうど酸素を取り込もうと大きく開けた口の中に……。
 最初何事が起きたのかわからず呆然としていた変態7分ハゲだが、その腐敗した臭気と異常なヌメリのある味覚とが、彼に悲惨な現実をはっきり認識させるに至った。
 ウ、ウ、ウゲェ~! ブブブハァー!。
 叫び声と共に、変態7分ハゲは口の中の吐瀉物を吹き出した。飛んだその先は、隣の『インナーサイ』で足を閉じたり開いたりしていた、キツネババアの股間だった。
 ギャアアアア~!。
 ーーいやはや、それからというもの、穏やかだったジムトレーニングルームの雰囲気が、一転して狂乱の場と化したのはいうまでもない。
 あまりの事態に、若手のインストラクターたちはオロオロするばかり……。
 この日、支配人の斑目は会議のために本社に出向いていて不在だった。
 フケカマの天生目健太が、駐車場裏のゴミ置き場で分別作業を行っていた美山に助けを求めた。
 現場に駆けつけた美山は、事の次第に唖然としながらも、事態の収拾に乗り出した。
 まず、変態7分ハゲをなだめ、会員用の浴室に行かせ、ゲロが飛び散ったウエアは館内の清掃ルーム内にある洗濯機と乾燥機で対応した。
 手を焼いたのはキツネババアである。そばにいた、カバ、ゴリラの『アニマル腐れ三婆』に加え、なんと、あのギャルババまで一緒になって参戦してきたのだ。
「だいたいあのバカは何やってくれてんのよ。しょっちゅうひっくり返っているじゃないの。金玉ぶら下げてるくせして、まったく、だらしがないったらありゃしない!」とキツネババア。
「そうよ。根性なしの玉なしよ!」とカバババア。
「玉なしじゃったら、股間ば蹴りあげても痛うないはずバイ!」とギャルババ。
「一発蹴りあげたろか。玉なし男なんか、死ねばいいんじゃ!」とゴリラババア。
 ーー玉、玉、玉……って、大勢の会員たちが見ている前で、なんで“玉”の方に非難がいっちゃうかなぁ。
 美山はうんざりした。
 それと、別に知りたくもないことだが、ギャルババが九州出身だということがわかった(それがどうしたっ!)
 とにかく、大騒ぎだ。まさに恐怖のモンスター・ババア。
 それでも何とかおだてまくり、2階にあるスポーツ用品販売店『プロショップ』の千円分無料券5枚をプレゼントすることで、しぶしぶ引き下がってもらった。
 キツネババアは、サポートしてくれたカバババア、ゴリラババア、そしてギャルババに、参戦報酬として1枚づつ『プロショップ』無料券を渡していた。
 一方、正道はというと、ジョーバの横にあるベンチで、スタッフから渡された冷えたタオルを顔にのせ、横たわっていた。
 両手を胸のところで組み、まるで死体のようだった。そうやって死んだふりをして、嵐が通り過ぎるのを待っているのだ。
 しかし心は絶望の淵をさまよっていた。先ほど薄目を開けて、タオルのすき間から恐る恐る礼留飛を探した。遠巻きに騒動を見守っている礼留飛がいた。ババアどもが「玉、玉、玉ーー!」と怒鳴り散らしているとき、礼留飛の視線が正道に向けられた。それはまるで『化け物』を見るような目付きであった。
 ーーああ~っ、ボクはもう駄目だぁ。ボクの『大和魂』は死んだぁ~。
 正道は呻いた。そのたびに顔の上のタオルがモコモコ動いた。
 だいたい、ろくでもない『大和魂』なのだから、死んでもこれといって支障はないのだが、それでも長年連れ添ってきただけにショックだった。
 だが、正道は驚くほど立ち直りが早かった。それは、今までショックが非常に多い人生を歩んで来たことに因るものである。
 ショックな出来事が起こった場合、それに対して、立ち向かい乗り越えるのではなく、それはソレ、これはコレ、とゴミのように分別して、すたこらサッサと現実逃避してしまう特技を持ち合わせていた。
 そうでなければ、とても生き続けてはこれなかったのであろう。生命維持のため自然発生的に身に付いた術《すべ》なのである。
「ーー星野さん」頭上で声がした。
 タオルを取って恐る恐る見てみると、先日、礼留飛を追いかけてプールに行こうとして、制止された年配のスタッフの顔があった。
「大丈夫ですか? まだ吐き気がします?」美山が声をかけた。
 正道は、「まだ少し……。でも、さっきもらった薬のおかげでだいぶ楽になりました」と、青白い顔で弱々しく答えた。
 美山は、正道の鼻の穴から吐瀉物のかけらがブラブラ垂れ下がっているのに気を取られながら、言葉を続けた。
「実は……星野さんにご相談がありまして……」
「ご相談……ですか……何でしょう?」
「いえ、今ではありません。本日は、あいにくと支配人が留守をしておりますので、後日ご来館していただいたときに、あらためて支配人の方からご相談させていただくということで……」
「何のご相談になるのでしょうか?」
「まあ、何と申しましょうか……その……私の口からは、はっきりといえませんが……このクラブにおける星野さんの今後について、というか……」
「退場ということですか?」
「本日はそうしていただくことになりますが、そういう1時的なことともちょっと違う展開になろうかと……」
 妙なところに勘のいい正道は、目を見開いて口を尖らせた。
「ク、クビってことですかぁ?」
「いえいえ、うちのスタッフではないのですから、そのような表現の仕方は適切ではないでしょう」
 美山は隙をみて支配人の斑目に連絡を入れていた。ちょうどタイミング良く、本社での会議がひと段落ついたところだった。
『ーーどうせ『お試しコース』だし、この際、退会していただきましょう。その方がうちのクラブにとってもプラスになる』が、斑目の答えだった。
「では、どんな表現の仕方になるのでしょうか?」
 正道は眉毛を八の字にして訊いてきた。
 美山はひとり納得した。
 ーーなるほど、コイツはバカタレだ。まったく今の自分が置かれている立場や状況を理解してない……いや、できないのだろう。これじゃあ数々のトラブルを引き起こすわけだ。
「お、お願い!」突然、正道は美山の手を強く握りしめた。イヤな臭いのするベタベタした手だった。
「はあ……?」美山はたじろいだ。
「もうジムではトレーニングをしませんから、せめてプールだけは使わせて。だってプールでは何も問題を起こしていないじゃない」
 プールで問題を起こすわけがなかった。パンツがずり落ちないようにシッカと握りしめ、礼留飛が泳ぐ隣で追いかけるように水中ウォーキングをして、死ぬような苦しみを味わった結果、プールに入ることはあきらめたのだ。
 今はプールサイドのベンチに座って、ただただ呆けたように、泳ぐ礼留飛を見ているだけなのだから……。
 正道の目には、目の前にいる美山ではなく、礼留飛の微笑む顔が映っていた。
「う~ん、私にいわれても……。とにかく、支配人とよく検討してみますので……」 
 美山は言葉を濁した。そして違和感を覚えた。 この男は、なぜこんなにも、このクラブにしがみつこうとするのだろうか……?。
 美山には、正道の恋心など知るよしもなかったのである。    

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