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11、隠蔽捜査進行中

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「ほぉう、島袋さんが……、そうだったんですか。いやあ、持つべきものは地元の後輩ですなぁ」
「まあ……ね」
「実は、その島袋さんも、今、付き合っている男性がおりまして……張替雄大さんというんですが、知ってました?」
「知らないっス」我如古はそっぽを向いて即答した。
「張替さんとは会ったこともない?」
「ないっス。会う必要もないしぃ……」
「そうですか」
「もういいっスかぁ」
「最後にもう1つだけ。えー、4月28日、29日の2日間、有給を取っていますね。その2日間は何をされていたのか教えていただけますか」
「だからさぁ、ここんところ忙しくて休み無しだったから、有給消化したのさぁ。そんで、前にもいったっけが、28日はニーナがオレんちに遊びに来て、そんで泊まっていって、その翌日はニーナが遅番で昼前に仕事に出かけて行ったから、オレは昼メシ食ってから、ずっとパチンコやってたっス」
「なんというパチンコ屋ですか?」
「え~っ、それって、オレが疑われてるってことスかぁ。それとも、オレとニーナのふたりが怪しいってことぅ?」
「いえいえ、そういうわけではありません」長嶋はニコニコ笑顔で手を振る。「いやぁ、因果な仕事でしてね。関係者全員に対してまず疑ってかかるところから始まり、話を聞き出して、裏付けを取る……その繰り返し。まっ、オマワリさんの悲しい宿命ってヤツなんですよ」
「んーばやてぃんさんと……」
「へっ……?」
「いや、何でもないスぅ」
「で、パチンコ屋の名前は?」
「う~ん、何てパチンコ屋だったけかぁ」
「よく行くパチンコ屋なんですか?」
「いや、暇なときにしか行かないさぁ。だから名前までは気にしてないっス」
「場所は?」
「ウチの近く……牛丼屋の隣……」
「我如古さんの住まいは、西区永井町でしたね」
「えぇ~、どうして知ってんスかぁ」
「以前伺ったオマワリさんが訊いたはずですけど」
「ああ、そうだっけか……」
 そのとき、「おう、始めるぞぉ!」と声がかかった。1時になって、昼休み終了の合図だ。
 作業員たちが胡散臭げに長嶋と覚張を横目で見ながら、ゾロゾロ持ち場に散って行く。
「もういいスかぁ。仕事やんなきゃなんないから……」我如古が立ち上がりながら、いった。
「わかりました。ご協力ありがとうございました」
 長嶋はニコニコ笑顔で礼をいう。覚張も泣いているように見える笑顔で頭を下げる。
 大儀そうに持ち場に戻って行く我如古の後ろ姿を見送ってから、建設現場を出た。
 覚張がスマホを操作している。
「我如古が行ったというパチンコ屋のウラを取るぞ。家の近くで、牛丼屋の隣っていってたな……」
 覚張は長嶋の言葉には答えず、スマホを操作し続けている。
「……おい、何だ、彼女からメールでもきたか」
「あのう……我如古、嘘をついているんじゃないでしょうか」
「えっ……?」
 覚張がスマホの画面を長嶋に見せた。そこには、朝、我如古が勤める建設会社に行ったときに写メで撮った、我如古の履歴書が映し出されていた。
「これを見てください」覚張はスマホをスワイプして、画面を大きくした。
「趣味の欄です」
 長嶋は老眼の始まった目を細めて確認する。
「パチンコって書いてあります……ねえ係長、履歴書に記入するほどのパチンコ好きが、パチンコ屋の名前を覚えていないものでしょうか。パチンコ屋の○○は玉がよく出るとか、ХХΧパチンコは出ないとか、そんな評価をするものだろうし……」
「お前、なかなかいい点突くじゃないか」長嶋は覚張を見てニヤリとした。
「暇なときにたまに行く程度……なんていってましたが、本当はしょっちゅう通っているんじゃないでしょうか、『銭函命』って感じで」
「そうだな。とにかく、そのパチンコ屋を探ってみれば、何かわかるだろう」そういって長嶋は歩き出した。
 その背中に向かって覚張が声をかけた。
「それから係長、ボク、彼女いませんから!」
「バカタレ。いい歳こいた男が、そんなこと胸張って堂々というなっ」
 振り向きざまに長嶋が呆れ顔で覚張を咎めた。





         ◆





「ここだな……」道中内は住所の書いてある手帳を見て確認した。
 木更津駅前の交番で場所を訊いてきた。駅からかなり離れた海岸沿いの住宅地だった。
 タクシーから降りると村主は、「いやぁ、なんか聞いたことがあるなって思っていたけれど、そうか、ここだったのかぁ」と、感嘆の声を上げた。
「何だ、来たことがあるのか?」
「ええ、子供の頃、何度かこの近くに潮干狩りで……」懐かしそうに辺りを見回した。
「あっ……そこ……『張替』って書いてある。この家ですね」
 表札を指差して村主が道中内にいった。
 門を通り、中に入る。古いが大きな屋敷だった。前庭の隅に小屋があり、かなり汚ている網や浮き輪など、漁の道具が乱雑に積まれていた。
 道中内が玄関チャイムを押す。
 しばらく待ったが応答がない。
「留守ですかね……」村主は、「ごめんください!」と声を張り上げた。
 道中内が試しに玄関の開き戸に手をかけると、ガラガラと音を立てて開いた。
 玄関の中に入り、今度は道中内がもう1度声を張り上げる。
 ーー応答がない。
「外出しているみたいだな」
「それにしても物騒ですねぇ。鍵も掛けないで出かけるなんて……」
「居ないものは仕方がない。それじゃ、取りあえず近所で聞き込みをやろう」
 刑事は聞き込みの際、アポを取ってから訪問することはほとんどない。ゆえに、相手が不在の場合にも慣れている。
 玄関から出ようとしたとき、前から声が飛んできた。
「ーー何ですか?」
 50代ぐらいの女性だった。老婆が座っている車椅子を押しながら近づいて来る。
 ーーそういえば、前の道路に『デイ・サービス』のワゴン車が停まっていた。迎えに行っていたのか……。
「張替さんでしょうか?」
「そうですけど、何か……?」
「我々はーー」といいかけたとき、車椅子の老婆が口を開いた。
「泥棒ですか?。それなら、警察を呼びますよ」
「その必要はまったくありません。なぜなら……」
 道中内は、警察身分証明書を提示した。
 老婆がまた口を開いた。
「『振り込め詐欺』の注意に来たのなら、おあいにく様。ウチは大丈夫。だって、振り込もうにもそんなお金全然無いんだから」
 そういって、ハハハハと笑った。その拍子に入れ歯がカクンと落ちて、老婆は口をモゴモゴさせた。
「いえいえ、違うんです」村主が手を振って否定してから、「あのう、張替雄大さんの実家はこちらでよろしいんでしょうか?」と尋ねた。
「はい、そうですが……」
「張替雄大さんのお母さんですか?」
「そうです」母親は不安げに答えた。
「雄大さんのことで少しお伺いしたいことがありまして……」
「息子が何かしたんですか?」
「いえいえ、そういうことではないんですよ」今度は道中内が手を横に振った。そして訊いた。
「あの……お伺いしたいのは、雄大さんは今、東京に住んでいらっしゃいますよね。その雄大さん、先月の28日か29日のどちらかに、こちらに来られたことはありませんでしたか」
「さあ……私は昼間働いているものですから……。そんなこと、本人に直接訊けばいいんじゃないですか」
「もちろん雄大さんには今日これから話をお訊きする予定になっております」
 道中内は、長嶋が聞き込みをすることを想定して、いった。
「今は、仕事中ということなので、その前に少し時間があったものですから、ご家族の方のお話もお伺いできればと思いまして……」
「……来たよ」老婆が突然いった。
「はっ……?」
「雄大なら来たよ」老婆はもう1度いった。
 村主は勢い込んで訊いた。
「そ、そうですか……で、28日ですか、29日ですか?」
「アンタ、そんなことイチイチ覚えていないっぺぁ。毎日のことなんだから」
「へっ、毎日……?」
「そうだ。親孝行な孫だから、毎日会いに来てくれるんだ」と老婆は嬉しそうに頷いた。
 ーーいくらなんでも毎日は来れないだろう。
 道中内は村主と顔を見合せた。
「お母さん……」母親は老婆を咎めるように口を挟んだ。「すいませんねぇ、なにぶん年寄りなもで……。とにかく、先ほどもいいましたように、雄大に訊いてください」
 これから夕飯の支度があるのでーーそういうと、母親は頭を下げ、車椅子を押して家の中に入って行った。
 その後ろ姿を見ながら、「……あの婆さん、ボケてますよね」村主がいった。
「う~ん、全ボケというわけでもなさそうだがな……」
 道中内は顔を歪めて、頭をガシガシと掻いた。
「ああ、ったく、どうしてもっとスパッと解決しないんだろう。嫌になっちゃうなぁぁ」道中内の得意の“泣き”が入った。
 そこで『ポジティブ・村主』が励ます。
「それじゃあ、これから聞き込みを始めましょう。張替雄大を見かけた人がいるかもしれません。見つけられたら褒められますよう、お手柄になりますよう、ねっ、ねっ」
「ああ、ルミちゃんに会いたいなあぁ~」と、新妻を恋しがる道中内の肩をペシペシ叩きーーボクも結婚したら、こんなふうにヤッコクなっちゃうんだろうかぁーーと、ブルーな気分になりながらも、「さあ、ガンバ、ガンバ」と元気づけて、ふたりは聞き込みを始めるのであった。




         ◆ 




「ーー28日と29日の2日間、有給を取ったそうですね。なんでも、世話になっている方の引っ越しを手伝うということで、会社のトラックを借りている。
 引っ越しの手伝いは2日間に渡ったんでしょうか?。それと、その引っ越しを手伝った相手の方を、差し支えなければ教えてもらえませんか?」
 ダルマのような風貌をした警視庁捜査1課の長嶋は、トレーニング機器メーカー『マッスル』の日本支社3階にある営業部内の応接室で、張替雄大に尋ねた。
「えーっ、どうしてそんなこと教えなけりゃいけないんですか?。だって事件とは関係無い僕のプライベートのことでしょ、それって」
 不愉快そうに張替はそっぽを向いた。
 ーーふ~ん、こういうタイプの男かぁ。
 長嶋は刑事の目でそう感じた。
「そうですね。まあ、お気を悪くなさらんでください。今回の事件で、関係者の方“全員”に、当日前後の状況について伺っているんです。けっして張替さんを疑っているというわけではありません。あくまでも参考までに“全員”の方に訊いているわけでして……」
「『ウラを取る』ってやつですね」
「ほう、よくご存知ですね」
「わりと好きで、テレビの刑事ドラマはよく見てるほうなんで」
「そうなんですか。ま、現実はドラマのようには上手くいきませんがね」
「でも、関係者っていわれても、僕は第三者で、ただのスポーツ機器納入メーカーの人間に過ぎないんですが……」
「はい、わかっております。で、あのぅ、もう1つプライベートに関わることなんすが……、張替さんは、パラダイス・クラブでスイミングインストラクターをしている島袋宏子さんとお付き合いしているそうですね」長嶋は張替の表情に注意しながら訊いた。
 張替は驚いた表情をした。
「……ええ……まあ、大学時代の水泳部の後輩でしてね。新しく発売されたジム機器の営業でクラブに行ったとき、偶然会いまして……。でも、それが何か?」
「いや……その……実は……彼がねぇ……」
 長嶋は隣でメモを取っている覚張を指差し、「まだ生まれてから1度も女性と付き合ったことがないという、世にも珍しい男なんですよ。それで、もうすぐ40になるっていうのに未だに……童貞なんです」
「ち、ちょっと、係長……」意外な展開に、覚張は目を剥いて慌てた。
「気持ち悪いですよねぇ、ホモなんですかねぇ~」
「待って、待ってください、係長!」
「お気の毒に……」
 話の流れが思わぬ方向に行き、呆気に取られていた張替も、つい同情してしまった。
「それで、せっかくだから聞き込みの現場で機会があるたびに、男女の恋愛に至るきっかけをお訊きして、学ばせようと思っておりまして……。息子をよろしく頼むと、彼のご両親からもお願いされておりますのでーー」
「いや、それは単なる上司に対する挨拶をしただけで……」顔を真っ赤にして反論する覚張。
「黙らっしゃい! 彼女が欲しくないのか。だらしない独身のまま、童貞のまま『孤独死』していくつもりなのかっ」
「そ、そんなあ、大袈裟なぁ~」
「彼女のひとりもできない男が、立派な刑事なんかになれるわけがない!」
「はあ……?」ムチャクチャな論理の展開にひどく混乱して、覚張の髪の毛は逆立った。
「このような事情なので、立ち入ったことで申し訳ないが、島袋さんとお付き合いに至るきっかけについて、ちょこっと参考までにお聞かせ願えればと……」
「いやぁ、別に話すほどのことじゃあないですけど……」
「まっ、そういわずに、彼のために教えてくださいよ。ねっ、人助けだと思って」
 長嶋は隣の覚張の頭を無理矢理に前に倒させ、お辞儀をさせた。
「……っていうか、久しぶりに会ったんで食事にでも行こうかってことで、彼女は早番でもうすぐ上がれるっていうし、それじゃ僕も会社に『今日は直帰します』って連絡入れて、一緒に食事に行ったのが、まあ、きっかけかな……」
「そうだったんですか。いやぁ、素晴らしい。なんといい話だ。感動しましたぁ」
 ーー嘘だぁ。よくあるワンパターンだ。
 覚張は呆れた。
 すると長嶋は、再び覚張の頭をつかんで無理矢理頷かせた。
「それで……?」続きを促《うなが》す。
「それで、宏子は彼氏にフラれたばかりで落ち込んでいて、僕も彼女がいなかったもので、もしよければ僕と付き合わないかって……まあ、大学のころから気になっていた存在だったので」
「大学の水泳部の時は声をかけなかった?」
「ええ、競技のことで頭が一杯だったものですから」
「バタフライのオリンピック代表候補だったそうですね。いやあ、凄いですねぇ」
「全然そんなことないです」張替は苦虫を噛み潰したような顔で否定した。「結局、練習のしすぎで両肩を故障してしまって、無理して泳いでたら悪化して、満足に泳げなくなっちまって……」
 そこで張替は大きく息を吐き出した。
「ライバルたちも同じ練習量をこなしていたのに、自分の身体はそれについていけなかった……」
「でもオリンピックの日本代表候補にまでなったんだから、それはそれで凄いです。コイツなんか、恥ずかしながら、子供用のプールで溺れそうになったんですから」長嶋が覚張を指差した。
「いやいや、それは、足が滑って、転んで、その拍子にプールの水を飲んじゃって、それが気管支に入って息ができなくなってーー」
「おだまり!」顔を真っ赤にしてグダグダいう覚張の言い訳を遮ってから、長嶋は声音を変えて、「ところで、島袋さんとは付き合いはじめてからどのぐらいになるんですか?」
「半年ぐらい……かな」
「そうですか、今一番楽しい時ですねぇ」
 伺うような表情で長嶋は張替に尋ねた。
「プライベートなことついでに、先ほどお伺いしたトラックの件と引っ越しを手伝った先について、教えていただけませんかねぇ……それとも、何か教えられない理由があるとか」
「いいえ、別にそんなことはありませんが、ただ、先方に迷惑がかかるようなことがあってはマズイんで……」張替は渋い顔をした。
「その点ならご安心ください。我々も警察官ですから、先方に迷惑がかかるようなことはいたしませんから」
「とにかく、教えていいものかどうか確認を取ってみますから」張替は不愉快そうにいった。
「そうですか……。それではこちらの方に連絡をいただけますか?」長嶋は上着のポケットから出した名刺を渡した。
「わかりました」張替は名刺をチラッと見てから、腕時計を見た。午後6時になっていた。
「もういいでしょうか? これから見積書を作成しなきゃならないんで……」
「わかりました。またお訊きしたいことができましたら、ご協力をお願いいたします」
 長嶋と覚張は席を立ち、ドアの方に向かった。覚張の顔はまだ真っ赤だった。
 長嶋は急に立ち止まって振り向いた。止まりきれなかった覚張が長嶋の胸にドンとぶつかった。
 覚張を横に払い除けて、長嶋は張替に訊いた。
「そうそう、もう1つだけ……。我如古譲二さんという男性をご存知ありませんか?」
「知りません」張替は即座に答えた。
「そう……ですか」
 お手間を取らせましたーーそういって長嶋は応接室から出て行った。その後を覚張が慌てて追いかけた。



         ◆



 
 
 その夜、美山は、長嶋、道中内、村主、霧切須
、そしてオマケの覚張を、いつもの居酒屋に集めた。
 本来、夜の10時から捜査会議があるのだが、パスさせた。もちろん、OB である元警視庁捜査1課長の美山が、適当な理由を付けて捜査本部に手を回したことはいうまでもない。
「相変わらず管理官の高御堂は融通のきかないヤツだなあ。だから、あんなだらしのないハゲ方になるんだ。おかげで本部主任の臥雲《がうん》1課長にまで挨拶するハメになっちまったよ」と美山がボヤいた。
 取りあえず、一同で乾杯をする。美山がまた1度に持ってこさせたので、テーブルの上は料理で溢れかえっていた。
「ーーそれじゃあ、長嶋から報告してもらおうか」 美山は長嶋を指した。
「はい。沢目ニーナの彼氏である我如古譲二、島袋宏子の彼氏である張替雄大についてですがーー」
 一通《ひととお》り、聞き込みの結果報告をする。隣では覚張が手帳を見ながらいちいち頷いている。
「ーーで、その沢目ニーナが仕事に出かけた後に、我如古が行ったとかいうパチンコ屋はあったのか?」
「ありました。それでパチンコ屋の店員に、写真が無いもので口頭でニンチャク(人相や着衣)を説明して訊いてみたところ、やはり黒人系のハーフの客は珍しいらしく、すぐに我如古だと特定できました……」長嶋はビールを飲み干した。そのグラスに覚張がビールを注ぐ。
「我如古の証言通り、29日にそのパチンコ屋に来ていたウラは取れたか?」美山が訊く。
「ええ。店の防犯カメラを確認させてもらったところ、確かに我如古らしき人物は写っていました」長嶋は言葉を切って、鶏の唐揚げを1つ口に放り込む。 
「ただ問題なのは……時間です」
「時間……?」
「そうです。我如古らしき人物が防犯カメラに写り出したのは、午後3時過ぎあたりからなんです」
「沢目ニーナが昼前に仕事に行って、その後、昼飯を食べてから、ずっとパチンコをやっていたと我如古はいっているんだよな」美山が確認する。
「牛丼を食うのに3時間もかかるわけがない」霧切須がいう。
「ということは、昼飯を食べた後、パチンコ屋に入るまで、何をやっていたかってことですよね」そういって村主が腕を組んだ。
「課題1、その辺りの足取りを調べてみてくれ」
「わかりました」
 長嶋が深く頷く。覚張が焼き鳥の串をくわえながらメモを取る。
「その他に、我如古の聞き込みで何か気になった事はあるか?」
「う~ん、まっ、些細な事なんですが、沖縄の高校の後輩である島袋宏子とその彼氏の張替雄大のことをいったら、我如古がとても複雑な何ともいえない表情をしていたのが、ちょっと気になって……自分の思い過ごしかもしれませんが」
「確か、島袋宏子の紹介で、沢目ニーナと付き合うようになったということでしたよね」
 道中内が長嶋に訊いた。
「ああ、そういってた」
 美山は何かを考えながらいった。
「そういえば……さっきの報告で、島袋宏子と張替雄大がパラダイス・クラブで偶然出会い、その後、一緒に食事をした。その際、島袋は失恋したばかりで落ち込んでいた……そういっていたんだよな?」
「そうです」
「彼女、誰にフラれたんだろう……」
「探りを入れてみますか?」長嶋が訊く。
「いや、それは私が調べてみよう。まずは『泳ぐお局様』と『ゲイバー』に」
「はあ……? 何ですか、それ。生き物ですか?」長嶋が首を捻った。
「ねえ係長、下地《しもじ》に連絡を取って、聞き込みをしてもらったらどうでしょうか?」
 道中内が長嶋に向かっていった。
「おっ、そうだ。そういえばアイツがいたなぁ」
「下地って誰だ?」と美山。
「自分の警察学校時代の同期です」
 道中内がいって、後を長嶋が引き継いだ。
「1年ほど自分の班にいたんですが。今は地元に異動になって、那覇署の生活安全課におります」
「そうか。そういう伝《つて》があるのなら、表沙汰にならないようにして、調べてもらおうか」
 道中内が頷く。
「了解しました。後で連絡しておきます」
「それから……」美山がお猪口をあおった。ビールから日本酒に移っていた。
「張替雄大で何か気になったところはあるか?」
「ええ、2点ほど……」
 そういったとたん、長嶋は口に入れた刺身のワサビが相当効いたらしく、指で鼻をつまみ、俯いてしばらく唸っていた。その間、他の者はなすすべもなく、回復するのを待つのみだった。
 ようやく収まると、ビールを流し込んでから涙目で続けた。
「1点目は、引っ越しを手伝った先を教えたがらなかったこと。先方に迷惑がかかるとか何とかいっていましたが、どうもそれだけじゃないような気がするんですが……」
「ふ~ん……何かありそうだな……」といった美山のお猪口に、村主が酒を注ぐ。
「2点目は、帰り際に、我如古譲二という男を知っているかと訊いたところ、即答で知らないと答えたこと。普通、少し考える間があった後に答えるものです。それが即答だった。同様に、我如古譲二に張替雄大を知っているか訊いたときも、知らないと即答でした」
「これはあくまでも仮定だが……もし、我如古と張替が裏で繋がっているとしたら、長嶋たちが建設現場から出て行った後、我如古が張替に連絡を取ったとも考えられるな」
「前もって我々が来ることがわかっていた……聞き込みの内容も……」長嶋が考えながら呟いた。そして顔を上げると、「その可能性はあるかもしれませんね」と、美山に向かっていった。
 美山は道中内を見た。
「次に、張替雄大について、道中内からも報告してもらおうか」
「はい……」ビールを1口飲んでから、道中内はニタッと笑った。そして、「収穫がありました」と、指を2本広げた。
「Vサインはいいから、早よういえ」
「千葉の実家に行き、母親と祖母に会って来ました。母親は、朝早くから近くのスーパーでパートタイムの仕事をしている関係で、息子が来たかどうかはわからないとのことでした。ところが……祖母は張替が来たと、いったんです」
「何っ!」一同、色めきだった。
「でも……そのお婆ちゃん、少しボケているみたいなんで……」村主が付け加える。
「何だよ~」一同、肩を落とした。
「それで、近所で張替を見かけた人はいないかどうか、聞き込みをしたところ……」
 道中内は言葉を切って、またニタッとした。
「いました!」
 隣から村主がペロッといった。
 道中内は、トンビに油揚げを拐《さら》われたような顔で村主を睨んだ。
「2件隣の農家の奥さんなんですが、早朝、自宅から車で10分ぐらいの所にある所有の畑で農作業中、車を運転している張替らしき男を見かけたそうです」
 村主の報告に一同感嘆の声を上げた。
 負けじと道中内が割って入る。
「それだけじゃないんです。その車には張替の他にもう1人乗っていたようだと、その奥さんはいっておりました」 
「それが我如古かどうか確認を取ったのか?」
「いえ、まだです。我如古と張替の顔写真を用意してから、再度確認に行ってきます」
「わかった。その顔写真、みんなにも配ってくれ」
「了解です」
「長嶋、捜査本部の状況はどうなっている?」
「事件から2週間の時間が経過したことや、他に大きな殺人事件の発生によって、捜査員の数が縮小されました。一応、内部の者による犯行という線を中心に捜査をしておりますが、なかなかコレという手掛かりが掴みきれないため、外部の者による犯行も捨てきれずにいる状態です」
「防犯カメラには何も写っていなかったのか?」
「それが、間が悪いことに、4台あるうちの肝心な4階プールに設置されている防犯カメラは、経年劣化と塩素を含んだ湿気による腐食で故障中。近々新しいカメラと交換する予定だったそうです。また1階駐車場のカメラは、排気ガスなどの汚れで画像が判別できませんでした」
「何か細工をしたのかも……」
「あと2台、ロッカールームがある3階ロビーと2階の出入口フロアーの防犯カメラには、不審な録画は見当たりませんでした」
「ガイシャの財布から現金が無くなっていたんだよな」美山は霧切須に訊いた。
「はい。奥さんが厳しかったらしく、あまり金額的に多くはなかったようですが……」といってから、霧切須はハッと気がついて美山を見た。
「その厳しかった奥さんは、私の娘だ」と、ジロリと睨む。
 それを取り繕うように、霧切須は咳払いを1つしてからいった。
「盗られた金額が3千円ぐらいということで、1つの見方として、物取りの犯行に見せかけた……とも考えられます」
「一応、その線もあるな……」と、美山が顎をポリポリ掻いていった。
「ーーとにかく……」美山が口を開いた。
「我々は、沢目ニーナと我如古譲二、島袋宏子と張替雄大の4名を捜査対象者に絞って、さらなる捜査を進めて行こう!」そういうと、前屈みになって次々に指示を出した。




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