神在月に往きて告げよ

真野英二

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8.緋羽大社、時は満ちる、置き去りの伝言

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 琴葉はおもむろに立ち上ると浮足うきあし立った一同に静かに告げた。
 「兵を集めよ。緋羽大社を討つには今しかなくなった」
 久道が驚いたように振り返る。
 「琴葉様、既に奇襲は通じません!」
 琴葉は久道を一顧いっこだにしない。
 「封印の儀式とは、大神の力を手に入れる千載せんざい一遇いちぐうの好機。緋羽大社がこちらをあなどっているとなれば、今をおいて他にあるまい。事は一刻を争う。直ちに出立する!」
 居並ぶ家臣から地響きのような同意の声が聞こえた――が、久道にとって、それは凶兆を告げる鳥の鳴き声のように響いた。


     ☆


 御玄みぐろだけを中心として、空には黒雲が渦を巻いている。時ならぬ嵐の前触れのように辺りは暗かった。
 紫庵は御玄岳を大きく迂回する道を走っていた。時々地図を見ながら、北東側の獣道へ向かう。
 気がいていた。
 儀式が始まってしまう前に樹乃に会いたかった。
 たとえそれが途方もない困難だとしても。


     ☆


 堀から上がってそのままあおのけに倒れ込んでいる心玄を、高弟たちが見下ろしている。
 心玄の顔の上半分は流れ出した血が固まっていて、戦いの凄惨な結果を物語っているようだったが、高弟たちは無表情で自分たちの頭首を見つめたまま、治療しようとする者もいない。
 と、血で乱れた蓬髪を右手がかきあげた。
 隙間から心玄のらんらんと輝く瞳が現れる。
 「……届く。もう少しで届くぞ」
 心玄が薄く笑うと、高弟たちもそれに応えるように唇を歪ませた。


     ☆


 奥津おきつみやの手前、楼門の出口では立ち止った。
 周囲には、戦装束である緋色の外套を身につけた八陣衆が護るように控えている。
 彼らは結界が張られているこの先には入れない。結界に入れるのは人間だけだからだ。
 「これより『』を始める。その方らは大社の守護。しかと務めよ」
 八陣衆は眼を上げ、自分たちの領袖りょうしゅうの雄姿を焼き付けた。
 軽く頷き、順に回廊を降りていく。
 最後のウミトが立ち止まって、背中越しに声をかけた。
 「斎宮さいぐう
 「……ウミト、どうかしたか?」
 「……いえ。どうか、御武運を」
 楚良の眼にほんの一瞬だけ哀しみの色がよぎったが、もうお互いにかける言葉はなかった。
 ウミトはゆっくりと回廊を降り始めた。

 「三年前、斎宮を連れて逃げようとした男がいたことをふと思い出した」
 八陣衆筆頭であるカタリが、ひとり回廊の下で待っていた。
 ウミトは珍しく眼元に淡い感謝をにじませる。
 「……俺はカタリに救ってもらった身だ。十分に務めよう」
 カタリは、落ち着いているウミトとは逆に、わずかに苦い表情だった。
 「お前を鬼人にしたのは間違いだったのかもしれん……罰としてころされていれば、ずに済んだものもあったろうに」
 ウミトは一瞬考え込むような素振りを見せたが、すぐに首を振った。
 「いや、やはり感謝している。誅されるか鬼人になるか、選べるだけで僥倖ぎょうこうだった。誰でもない、俺が選んだのだ」
 「だがウミトよ」
 「……楚良の最期を見届けられるのならば、俺には過ぎた分だろう」
 区切るように言い切って、ウミトは奥津宮を見上げた。

 楚良の肩の傷は、ウミトをかばった時のものだった。
 かつて、全てを賭けて彼女を救おうとしたけれど、失敗して左腕と人たる身を失った。そして彼女の行く末は変わらず、全ての人のいしずえになって亡骸なきがらさえ残らない。
 「せんきこと、だな」
 まだ明るい少女だった時の楚良の口癖だった。強がる時につんと上を向いて言っていた。
 ウミトは首元の鮮やかな布に手をやって、わずかに微笑んだ。
 「……いずれにせよ、今日が最後だ」


     ☆


 城門では緋羽大社攻勢の兵が整列していた。
 彼らは雑兵ではなく、主に城勤めの家臣である。兵たちにも久世の統率力は浸透しているようで、兵装の指示をする声以外無駄口もなく、盛土もりつちの上に凛と立った琴葉を見つめている。
 準備が終わったらしく、久道が何事か囁くと琴葉は刀を抜いて高く掲げた。
 「皆、よく聞け!かねてから無体な要求をしてきた緋羽大社と、ついに決裂した。事ここに及んでは是非もない、久世の力でひともみに潰す! 心してかかれ!」
 琴葉の高く張った声は兵たちの頭上によく通り、それに一斉に応えた男たちの声は城内にどよもした。この戦いのために、もう何日も前から心胆しんたんを練ってきたのだった。
 兵は正面とからめ手の二手に別れ、惚れ惚れするほどの鋭さで行軍に移る。
 その最後尾に久道、そして輿こしも使わず琴葉と何人かが、行軍の陰になるように移動し始めた。途中で北東側に向かう予定だ。

 行軍中の周囲とは明らかに違う空気をまとって、環は御玄岳を見上げていた。
 「あとわずか……私が生きる場所まで」
 ぽつりと呟いた言葉は誰も聞きつけなかったようだったが、それは環がついぞ見せない感傷的な、夢見るような抑揚よくようだった――そして、環はまるで童女のような無垢な笑顔を浮かべていた。


     ☆


 義五郎は苛立っていた。
 国部衆の集落前に陣立てをして、主だった頭目を連行したまではよかった。
 何か大きな障害があるわけでもなく、特段気を付けるべき事柄はないはずなのに、奇妙に苛立ちが去らない。
 恐らくその理由は、精悍せいかんな国部衆が易々やすやすと従ったせいだ。
 当然戦いが生じ、打ち伏せた後で裏切り者と面罵めんばされる覚悟だったのに、小競り合いさえ起きていない。頭目達は従容としてばくにつき、ただ沈思している。
 領主との力の均衡を保つことで成立している国部衆が、何も言わず従う……およそあり得ないことだ。
 何かが進行していると義五郎は思っている。この状況をひっくり返す何かが、見えないところで今も時を刻んでいるのだ。
 義五郎は眉根に皺を寄せてなおも考え続けた。


     ☆


 広い岩洞いわほらには、沐浴もくよくを終えた樹乃がひとり正座していた。
 着慣れた神女装束――黒袴に白小袖、その上に儀式用の色の少ない表衣ひょういを身に着け、片手に独鈷杵を持っている。髪飾りは迷ったが着けなかった。
 静寂の中、収まらない動悸が周囲に響いているようだった。時々声が出そうになるが、懐に入れた瑠璃の宝玉の冷たさが樹乃を力づける。
 他の神女は既に全員潔斎堂に移動していた。
 樹乃は深呼吸をひとつするとゆっくりと立ち上がり、岩洞の出口へ向かう。
 「火之夜儀」の始まりは近い。


     ☆


 潔斎堂の板間には外の石畳と同様、各々の神女のが描かれている。
 楚良は斎宮の位置に端然たんぜんと座り、壁際に並んだ燈明を見つめていた。
 神女を象徴する八本の灯り。
 空気も流れていないのにゆらゆらと揺れるそれは、不思議と心穏やかにしてくれる。
 幾何学的な模様を定まらずに描き続ける自然の力は、それ自体が精神を統一する最高の媒介だった。

 楚良は唐突に思い当った。なぜ、自分は火口を見に行くのか。
 やがて自分が合一ごういつする力が、どんなものであれ調和が取れていることが嬉しかったのだ。
 それが封じられるべき暴虐の力だとしても、相剋し合い、飲みこみ合う果てに、一瞬だけ完全な熱量死の均衡が垣間見える――人の身では到れない「そこ」に常世があるのではないか、と。自分が完全に分解し浸透する「そこ」に、極微ごくみから極大の位相が並列していて、自分はそれを見ることができるのではないか、と。
 もとより、おとぎ話に過ぎない。
 ただ、そう思うことで自分は救われるようだった。長い時間をかけて自分を説得できただけでも、少しは意味がある。

 最後の神女が入ってきた。オクヤマツミの、確か樹乃といった。
 他の神女と違い、彼女だけは微笑んでいる。他の神女と同様、哀しみに満ちているが――それでも正面を向いている唯一の少女だった。
 彼女は独鈷杵を胸に当てて進み出た。神女の多くは、幣束へいそく神籬ひもろぎなどの神道にちなんだじゅぶつを媒介にするものだが、彼女は珍しく真言使いであるようだ。
 実際、呪物は何でも構わない。
 「火之夜儀」の真髄は「音」だ。
 禍火は人の身を通して純化された音韻となり、精妙な反響は胎内たいないで変革されて封印の力になる。
 樹乃が自分の位置につく。
 六人の神女の力を集めて楚良に供給するかなめの位置。
 増幅を司る、恐らく楚良と同等の苦痛を耐えなければならない位置を、この可憐な少女が担うのか。
 ふと樹乃の眼が、見つめている楚良を認め、軽く頷いた。
 楚良は頷き返して、丹田たんでんを意識しながら小さく声を張った。
 「皆、よくぞ参られた」
 楚良の言葉の響きは皆の緊張を和らげた。
 斎宮は音韻を自在に使いこなせるように教育される。
 各々の発音と最も共振に近い音を、耳ではなく頭蓋に直接響くように発音することで、緊張は解ける。楚良がその発語法を身に着けて久しい。
 「大神封印という大義にあたり、我らは供犠となる。これは神代の時より数千年、途切れることなく行われてきた神事であり、我らはこの身をもってオオヤシマを支える礎となる」
 楚良のおごそかな口調が響く。神女たちもまた真剣な表情だ。彼女たち六人は、大なり小なりこの役目をほまれと思うように教えられているはず。
 が、楚良は一拍置くと砕けた調子になった。
 「思えば難儀なんぎな身体に生まれついたものだ。おかげで人並みの幸せとはずいぶん縁遠くなってしまった」
 何人かが苦笑する。樹乃は微笑んでいる。
 「それも天命というわけだ。誰もが持つものだが、違いといえば、我らの場合は早いうちにわかっているということか」

 「わかっていても、なおも迷うのが人というものだがな」
 入口から錫杖の音をさせながら、眞魚が現れた。
 楚良が一揖いちゆうするのを見て神女たちがそれにならう。「火之夜儀」を執り行う眞魚という参議がいるのは皆聞かされていた。
 「我らの天命は、今まさに果たされんとするところです」
 楚良の静かな口調に頷き、眞魚は神女たちを見渡した。
 「皆、迷いの消えた顔をしておる。澄んだ、良い眼だ――穢れを一身に背負うが故に、おぬしらの魂は限りなく高潔。汚泥おでいより花開くはちすの如き魂よ」
 眞魚は錫杖を軽く打ち鳴らし、片手で拝礼した。
 「千年の時を経て、もはや化生けしょうの身となった儂が、おぬしらの語り部となろう。心おきなく、お役目を果たされよ」


     ☆


 黒雲が渦を巻き、頭上で慌ただしく形を変えている。
 紫庵は獣道とさえ言えないような道を、草をかき分けながら登っていた。かなり急な勾配こうばいを、縄も使わず全力で踏み上っているために荒い息だ。
 わずかばかり開けた場所に、勢いをつけて登りきると、さすがに膝をついてしまった。
 数瞬の後、息を整えて立ち上がり、身を引くほど驚いた。
 「もう少し、手ごたえがある奴が来るだろうと思ったんだがな」
 五間ほど先に、ウミトが瞑想中のような様子でうっそりと立っていた。その背後に人ひとり通れるくらいの小さな門がある。
 「まあ、鬼が通る道だから、正しいと言えば正しいんだが」
 ウミトは鞘走る音と共に忍び刀を抜いた。最初から力づくで紫庵を排除するつもりだ。
 今回は本気らしい。殺気がにじみ出ていた。
 「……ここから先は禁足きんそくだ。誰も通すわけにはいかない――誰にも邪魔はさせない」
 紫庵は黙って小太刀を抜き放った。どこかを斬らせて逃げることさえできないのは、昨日の立会いでわかっていた。一合いちごうも合わせてないのに、視界に暗紅色の幕が降りる。
 「無駄だと言ったはずだ」
 紫庵は小太刀を構えた。
 「ああ」
 「では、なぜ来た?」
 「会いに来た」
 ウミトは表情を一筋も動かさずに吐き捨てた。
 「馬鹿が」
 それを合図に、紫庵は身体を低くしてウミトにった。
 鬼人の超越した速度で飛びかかると見せかけ、直前で右に跳ぶ。
 ウミトの眼にはほとんど紫庵が消えたように映ったろう。
 紫庵は、ウミトに忍び刀を振らせて左足を狙うつもりだった。
 が、紫庵は恐慌をきたした。
 わずかに遅れたが、ウミトが紫庵に合わせて左に跳んできたのだ。
 そのまま忍び刀を横に薙ぐ。
 かろうじて紫庵は小太刀で受けたが、勢いを殺すことはできずに草むらに弾き飛ばされた。
 紫庵は眼の端で灌木かんぼくをとらえ、その幹を足場にウミトの後ろに回り込むように跳びながら、小太刀を鋭く振った。
 しかし、それさえウミトの予測の内で、小太刀が届く前に、刀の柄で背中を強烈に打ち据えられた。
 衝撃に受け身を取ることもできず、紫庵は無様に転がる。
 ウミトは油断することもなく紫庵を見つめていたが、手の甲にわずかな刀傷があるのに気付き、薄く笑った。

 楚良は音もなく、すっと立ち上がった。
 「それでは、各々の御座についてくれ」
 その言葉を合図に、神女たちも立ち上がる。
 ゆっくりと出口に向かい、めいめいが石畳を自分のつかさどる位置に散っていく。
 各御座には低い篝火かがりびやぐらのようなものが組まれていて、神女はその上に立つようになっていた。
 樹乃も自分の位置に立った。
 見上げると、黒雲が緋羽大社全体にかぶさるように渦を巻き始めていて、昼とは思えないほど薄暗くなっていた。

 ウミトの攻撃は的確だった。
 で目くらましを積み重ねてもあっさりと見破られる。
 鬼人となった紫庵がわずかに速度で上回るのを利して、何合かのうちに刀を打ち落としたが、単なる誘いだった。好機と見て打ちかかったが、独特の動きで重い蹴りを喰らって紫庵はまたもや弾き飛ばされた。ウミトのほうが体術は格段に上だった。
 「くそっ……」
 紫庵は口に溜まった血混じりの唾を吐いた。
 「鬼になっているのに、意識はあるのか」
 ウミトは意外そうな声を上げた。
 紫庵は立ち上がりながらウミトを睨みつける。
 「……あの坊主もそんなことを言ってたな。何なんだ鬼って」
 「……神女はその体に、まがつを貯めこむ」
 「? 禍?」
 「人の死や病、飢饉、天災……破滅や亡びへと向かう『気』のことさ」
 ウミトはつまらなそうに呟いた。

 周囲の篝火が焚かれて、儀式場を明るく照らす。
 眞魚が最後に進み出た。
 茅の輪の下方、樹乃の後ろの神女の、さらに後方に位置取る。
 円の中心を向いている楚良と視線を交わし、錫杖を儀式の先触れとして、しゃりんと透明な音を九度鳴らした。同時に、口の中で真言らしき文言を唱え始める。

 正門の方角から、大きな喊声かんせいが上がった。
 次いで、搦め手の声も思ったより近くから聞こえてきた。久世の軍勢が同時に攻め始めたようだ。
 ウミトは耳をそばだてたが、すぐに興味をなくした様子で紫庵に向き直った。先ほどまでの闘気は幾分か収まっている。
 まるで世間話でもするような気負わない口調で続けた。
 「神女の里は、世の禍の吹き溜まりにあたる。禍は寄り集まってまがつになって燃え上がり、放っておけば、確実に災厄をもたらすようになる。そのために禍火の宮が作られた」
 紫庵は未だ警戒しながら、黙って聞いている。
 「神女は禍火の宮でその身に膨大な量の禍を封じ込め、その胎内で神気に変化させる。神女は命と引き換えに、貯めこんだ神気を解放して……あの妖怪坊主が膨大な神気を使って大神を封印する。大ざっぱだが、緋羽大社の儀式はそういうことわりだ」
 ウミトは言葉を切って紫庵を見つめた。
 「もし禍が解放されなければ、神女は禍に喰われ妖物になる――死なせてやれ、と言っただろう」
 禍火の宮は知っている。けれど、その中で行われていることは知らなかった。世のためになることだとしか知らされておらず、樹乃は笑ってはぐらかすだけだった。形ばかりの宮司ぐうじも知らず、唯一知っているはずの樹乃の父親は、樹乃が神女に選ばれた後、無謀な任務にばかりおもむくようになり、ついに帰ってこなかった。
 樹乃は父親の葬儀にも涙を見せず、ひとりで死ぬのはつらいものだ、と哀しそうに笑った。
 「……そして、神女に選ばれなかった人間が禍に触れ続ければどうなるか。どうなると思う?」
 ウミトが唐突に紫庵に問うた。
 紫庵は眼を細めた。
 ウミトの言わんとすることが分かった気がして、その意味を徐々に理解し始め――何か凶暴な毒虫に間違えて触ってしまった時のように、背筋に悪寒がはしった。
 応えのない紫庵から返事を聞いたように、ウミトは頷いた。
 「そうだ。鬼になる。血に飢えた、な」
 理解するより早く、紫庵の心臓が早鐘を打ったように鳴り響いた。
 オクヤマツミで眞魚に挑んだ時、野盗を斬り殺した時、自分は何を考えていたか――いや、何も考えていなかった。
 何も、考えて、いなかった。
 ただ、眼の前の生き物を壊す歓喜だけが支配していたのだった。
 「禍の吹き溜まりから禍を吸い上げる神女がいなくなったら、その土地では禍火が燃え始める。一夜もかからない」
 紫庵の眼が大きく見開かれた。炎があかあかと燃え盛る中、累々と転がる仲間たちの亡骸。
 「……あいつ、刈り取りって……」
 「ふん。人を食った言いぐさだな。鬼人が殺し合いする分にはかまわない――が、外に出てもらっては困る。始末をつけなければならん」
 ぼんのくぼがちりちりと音を立てているようだった。怒りのあまり眼の前が暗くなり、紫庵の頭髪は文字通り逆立っていた。
 「そういうことか……」
 眩暈めまいで倒れそうになって一歩踏み出した。
 もの狂おしい表情になっていた。
 「世のためになるとか言ってこれか……要は『蠱毒こどく』じゃねえか……禍を貯めこめる人間を作るために、俺たちは生かされてたわけか。栽培されてたわけかっ! 樹乃が収穫できれば、後は捨てるだけなのかっ!」
 ウミトは紫庵をむしろ痛ましそうに見つめている。
 「樹乃も芳乃も前太も誰も彼も……勝手に」

 紫庵は顔を上げた。
 喉奥から衝動的に熱い塊がせり上がってきた。
 紫庵は天に向かって全力で吠えた。
 「人の生き死にを、勝手に決めるな!」


     ☆


 眞魚は錫杖でゆっくりと拍子を取りながら、真言を低く唱えている。
 その音の重なりが神女たちに一種の催眠状態を誘発し、彼女たちは幽界と現界の境目で意識を止めながら、忘我の状態で自らの信じる呪言じゅげんを繰り返している。
 やがて、眞魚の前に立つ神女の胸あたりが、突然青白く光り始めた。見る間に全身が青白く発光し始める。
 それは炎のように揺れながら神女の全身を包んだが、うずうずと不自然に燃えるそれがこの世の炎ではないのはひと目でわかった。
 禍火の炎だ。
 次いで、右対角の神女が青白く発光する。さらに、六芒星を描く順で頂点の神女たちは燃え始めた。
 樹乃、そして楚良が炎に包まれた時、眞魚が祝詞を唱え始めた。
 「……オオヤシマを造り、呪いにまみれし黄泉に落ちた大神よ、百年にわたり集めた禍を供犠に、荒ぶるたまの鎮まらんことを」
 ひときわ大きく錫杖を地面に打ち鳴らすと、形容しがたい低い音と共に、潔斎堂の空一面、そして御玄岳の火口までを覆う巨大な胎蔵界たいぞうかい曼荼羅まんだらが現れた。









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