【生魚=毒】だと言われる異世界に転生した寿司職人レンジ~師匠に託された伝説の包丁を使って、エリュハルトの食の常識を『旨い』で覆します!

小宮めだか

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1巻 2章~ガルムと湖の主と炙り寿司と

挫折と涙、師匠への想い/ フィオナの優しさと流れ人の秘密

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「レンジさん。泣いて……いるんですか」

 心配するようなフィオナの声で、師匠との思い出の世界から引っ張り出された。自分の両目から少しずつ流れてくるものに気付いて袖で拭う。

「俺がすごいんじゃないんだ」

 この異世界に来て、不思議なことがたくさん起きて。それに振り回されるようにここまで来た。

「この手の中にある魔法の包丁がすごいだけじゃないか! そうだろう。俺がやっている事って……」

 そう、あたらしい玩具おもちゃを見せびらかしているような。ほら、すげえだろ! 俺の作るものは美味しいだろ。そう思い込もうとした。実はものすごく心細くて不安なのに!

「レンジさん、違う。違います。」

 真剣な表情で目を見つめるフィオナ。もうやめてくれ、その視線が辛いんだよ! 昨日、今日会ったばかりの男のことを信じ切った目をしやがって。
 この異世界に来てから溜まっていた不安や孤独感、自分が自分でないような現実味が無い状態。考えないようにしていたことが一気にあぶり出されて、頭の中がいっぱいになっていく。
 どうしてこんな異世界に転生してきたんだ。俺じゃなくても良かっただろ。
 なんで毒と言われながら頑張って寿司を、刺身を出すことにこだっているんだ。美味しいものは他にたくさんあるだろ。ガルムの言っていた言葉が何度も頭の中を巡っていた。

「俺には師匠がいた。とてもかなわない。はるか上を見ているそんな人だった。俺がすごいんじゃない。師匠がすごかったんだ。俺なんてただのどこにでもいる……普通の寿司職人だ」

 自分はなんて力が無いんだろう。さっきだってもしかして師匠だったら、なにか別のことを考えられていたのかもしれない。皆に受け入れられていたのかもしれない。
 そんな吐き出したような言葉を黙って聞いているフィオナ。

「本当はフィオナだって食べたくなかったんだろ。毒だと思われているのになんでって、バカにしていたんだろ」

 そのままフィオナに自分の心情をぶつけてしまった。彼女の表情が曇る。もちろん言ってしまった言葉は取り戻せない。
 うつ向くようにしてフィオナが押し黙る。
 窓の外に降っている雪の音さえ聞こえる様な長い沈黙……それを破るかのようにフィオナが静かに話し出した。

「わたしはレンジさん……レンジの作ったお刺身は美味しいと思います。レンジのあたたかい想い。食べ物に対する情熱。そして……食べてもらうわたしたちへの敬意と感謝の心。わたしはしっかりと感じていました」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと、綺麗な澄んだ声で気持ちを伝えようとする。

「そんなの意味ないんだよ! 」

 彼女の言葉に被せる様に、耐えきれず叫んでしまう。今思えば稚拙ちせつで大人げなくて、すぐにでも謝りたい。

「俺はここじゃない世界から来たんだ。信じられないよな! 信じなくてもいい。何言っているんだって思えばいいさ。そこでは頼りにされたり、贔屓ひいきにしてくれる人たちがいたり、慕われたりしてたんだ……どうして、こんな世界に来ちまったんだ! こんなの望んでいなかった。師匠の元でずっと寿司を握っていたかった。それだけなんだ……それだけの小さな男なんだ」

 フィオナに当たっても仕方ないのは分かっていた。でも一度決壊した自分の心の流れを止めることはできなかった。
 彼女はそんな独白に初めは驚いたように目を見開いていたが、それも束の間……何かに納得したようにゆっくりと俺に頷き返した。



 流れ人……フィオナの形の良い唇から出たその言葉を、混乱した頭の中で、俺は何度も反芻はんすうした。

「そんな神々の伝承が教会に伝わっているんです。ただの御伽噺おとぎばなしだと思っていました。何百年かにひとり、あなたのいう異世界から流れてくる方が存在すると。そうだったんですね。なにか色々なことが繋がったような気がします」

 『流れ人』 俺の他にも遥か昔に、異世界転生をしてきたものがいる。

「あなたがどんな存在だったとしても……」

 フィオナが確信を持ったような表情で続ける。

「わたしはあなたの熱意がこの世界のなにかを動かすような、そんな気がして一緒にいます。レンジから刺身を食べさせてもらってから、ずっとわたしの心の中にある確かな考えです。神のお導きなのかなって思っているんです」

 俺の熱意。囁くように小さくつぶやく。
 熱意か……結局自分は何をどうしたいと言うんだ

「レンジ。あなたがどんな神の意志を持ってこの世界に流れ着いたのか、わたしにはわかりません。ですが」

 フィオナは強い意志のこもった視線で、目の前で茫然とした目をしている俺のことを見つめる。

「わたしはあなたのつくる刺身というものが好きなんです。たぶんあなたを形作っているそのものなんだと思います。あなたの魂は澄んだ青色をしています。わたしには分かります。あなたは……この世界の常識をひっくり返すのではないか。そんな気がしています」

 どうして。フィオナを見返した。どうしてそんなに、こんな男のことを信頼できるんだ。

「レンジ、わたしも。わたしもなんです。」

 フィオナは俺の手を握り、ゆるやかにほほ笑んだ。

「わたしの癒し手とのしての力も、魔物と戦う力も足りません。教会の中ではわたしとは違う自分を演じているような気がしてずっと悩んでいます」

 フィオナの手からあたたかい光がこぼれ、染み渡るような清らかな力が心を癒してくれるようだ。癒しの力。フィオナのあたたかな力の波動だ。

「どうしたらあなたに寄り添う事ができるのか。わたしはわかりません。でも、あなたはあなたらしく、そのままで良いのではないでしょうか」

 フィオナは後ろから抱きしめるように、両手を肩に置く。
 俺はその手を握り返す。頬を涙が伝う。

「すまねえ。フィオナ……」

 そう言ったまま強く……彼女の手を握り続ける。熱いものが瞳からあふれ止まらない。少しずつ心のしこりが洗われるようなそんな心持ちだ。
 
「でも、少し……独りで考えたいんだ。今は。ごめん」

 俺は立ち上がると、フィオナを残して部屋から出て行った。

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