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2巻 2章~凍りの包丁と冒険者ギルドと天ぷらと
アリーゼ・フォン・グリモワール
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そんなレンジ達の様子を少し離れた場所から、じっくりと眺めているフィーム族の女性がいた。
キリッとした眉、切れ長でバランスの取れた形の目をしている。年齢は20代後半くらい。面長な顔立ちでふっくらとした唇。黒を基調とした派手ではない服装。その眼差しからは、深い教養と奥深さが見て取れる。知的な美人顔だ。
「アリーゼ様。どうなされました」
アリーゼと呼ばれた女性は、自分の想いから引き戻されるように振り返る。
「ああ、すまないな……セバス。あの人だかりが気になったからな」
外見の洗練された整った顔からは想像ができない男勝りの口調。
傍に付き添っている明るい髪色をした、丁寧な口調の背の低いホビィ族の男性。彼は自分の主人が見つめている先にある人だかりをゆっくりと見やると、目を細めるようにして状況を確認する。
「どうやら魚介類を揚げたもの、『天ぷら』と言うらしいのですが。そちらを子供たちに食べてもらっているようですね」
「魚介類を美味しそうに食べるとは……亡き夫ゼルガーを思い出すな」
その言葉からは否定の意味は感じられず、むしろ歓迎するかのような響きがあった。
レンジの、このエリュハルトという世界では異様に映る『魚介類を揚げて食べる』という行為。それは彼女……アリーゼ・フォン・グリモワールからすれば、亡き夫と重なる印象があったのだ。
ホビィ族の男性、セバスは想いを馳せるように自分の主人の言葉に少し間を置く。
「……お館様は研究熱心なお方でした。特に古の魚介類に関しての研究。わたくしは今でも、ゼルガー様を心より尊敬しておりますよ」
「ふふ。そうだな。ありがとうセバス」
そう言ってアリーゼはまた、レンジの方に視線を戻す。その視線の先にはレンジが見えているのか、または亡き夫の姿が合わせて映っているのか。なにより孤児院の子供たちと一緒になって楽しそうに笑いあっているレンジがとても温かい印象を残していたのだ。
「セバス。あの者を少し調べて欲しいが出来るか。少々、いやとても気になるのだ」
小さい声ではあったが、はっきりとそうセバスの耳には聞こえた。
「かしこまりましたアリーゼ様。王都も広いとはいえ、すぐに何かしらかの情報はつかめましょう。しばらくお待ちください」
✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛
ジルベニスタは王国騎士団本部、団長室の無機的な椅子に座り直す。彼の手にはロケット型をした銀製のメモリアルブレスレットが握られており、開いたり閉じたりしながら、ある人物の到着を待ち構えている。
(母上。今日も我の行く末を見守りください)
ジルベニスタは、銀製のブレスレットに飾られた、写実的に描かれた狼獣人の年配の女性の肖像を愛おしそうに眺めながら、そんなことを考えていた。
その年配の女性はもちろん、俺の養父であるガルムの亡き妻。マラリー・シュトルムヴォルフその人である。
ガルムの出身である獣人の国ダーザルヒルム。そこはいくつもの獣人達の州に分かれ、州ごとに自治を行っている。ジルベニスタは孤児であったため、ファルナート王国とダーザルヒルムとの懸け橋のひとりとして、ガルムとマラリーの元に養子として預けられていたのだ。ガルムとマラリーの間には実子はいなかったという事情もあった。
(母上。もうすぐ、あの男がこの場に姿を見せます。母上を置いて冒険に身を捧げ、挙句の果てに母上が一番居て欲しい時にあの男は居なかった)
ジルベニスタはその場にいないガルムの顔を思い浮かべ、憎々し気な表情を天井に向けている。養母の最後に自分が何もできなかった後悔。その場に間に合わなかったガルム。おそらくは様々な事情が悪い方向に重なり引き起こされたであろう悲劇の一端。しかし彼の心に暗い影を、少し……いやかなり母親に傾倒するような想いを抱かせるには充分であったのだろう。
(どうしようもなかったのだ。それはわたくしにも分かっている。しかし、それでも母上の最後の言葉に間に合わなかったあの男がどうしても許せないのだ)
かの国で冒険者の要、ひいては国の要人として各地の調整役を担っていたガルム。彼が多忙な日々を送る中、故郷で彼の帰りを待つ妻が流行り病に倒れたという報せが届いた。
だが、どれほど急いでも、その命の灯火が消える前にたどり着くことは叶わなかったのだ。
「私の愛しのジル。あなたがガルムと共に生きてくれることがあたしの幸せ。これからもあのヒトを助けて欲しい。そして愛していたと伝えておくれ……」
養母の臨終の言葉は今も胸の中で聞こえている。ずっと離れない、いや離したくはないのだ。そんな複雑な心境が、今のガルムとジルベニスタの関係を形作っている。
団長室を小さくノックする音に、自分の世界から引き戻される。
「団長殿。3番隊隊長、ガルム・シュトルムヴォルフ殿がお見えになりました」
ジルベニスタは自分の手の中にあった銀製のロケットを大切に机の中へ入れる。そして瞳に決意を漲らせながら大きな声で告げる。
「コーマか。ガルム殿の到着、待ちわびていたと伝えてくれ。そしてこちらにすぐに来るようにと。王国騎士団よりの正式な通知を発表したいと」
キリッとした眉、切れ長でバランスの取れた形の目をしている。年齢は20代後半くらい。面長な顔立ちでふっくらとした唇。黒を基調とした派手ではない服装。その眼差しからは、深い教養と奥深さが見て取れる。知的な美人顔だ。
「アリーゼ様。どうなされました」
アリーゼと呼ばれた女性は、自分の想いから引き戻されるように振り返る。
「ああ、すまないな……セバス。あの人だかりが気になったからな」
外見の洗練された整った顔からは想像ができない男勝りの口調。
傍に付き添っている明るい髪色をした、丁寧な口調の背の低いホビィ族の男性。彼は自分の主人が見つめている先にある人だかりをゆっくりと見やると、目を細めるようにして状況を確認する。
「どうやら魚介類を揚げたもの、『天ぷら』と言うらしいのですが。そちらを子供たちに食べてもらっているようですね」
「魚介類を美味しそうに食べるとは……亡き夫ゼルガーを思い出すな」
その言葉からは否定の意味は感じられず、むしろ歓迎するかのような響きがあった。
レンジの、このエリュハルトという世界では異様に映る『魚介類を揚げて食べる』という行為。それは彼女……アリーゼ・フォン・グリモワールからすれば、亡き夫と重なる印象があったのだ。
ホビィ族の男性、セバスは想いを馳せるように自分の主人の言葉に少し間を置く。
「……お館様は研究熱心なお方でした。特に古の魚介類に関しての研究。わたくしは今でも、ゼルガー様を心より尊敬しておりますよ」
「ふふ。そうだな。ありがとうセバス」
そう言ってアリーゼはまた、レンジの方に視線を戻す。その視線の先にはレンジが見えているのか、または亡き夫の姿が合わせて映っているのか。なにより孤児院の子供たちと一緒になって楽しそうに笑いあっているレンジがとても温かい印象を残していたのだ。
「セバス。あの者を少し調べて欲しいが出来るか。少々、いやとても気になるのだ」
小さい声ではあったが、はっきりとそうセバスの耳には聞こえた。
「かしこまりましたアリーゼ様。王都も広いとはいえ、すぐに何かしらかの情報はつかめましょう。しばらくお待ちください」
✛ ✛ ✛ ✛ ✛ ✛
ジルベニスタは王国騎士団本部、団長室の無機的な椅子に座り直す。彼の手にはロケット型をした銀製のメモリアルブレスレットが握られており、開いたり閉じたりしながら、ある人物の到着を待ち構えている。
(母上。今日も我の行く末を見守りください)
ジルベニスタは、銀製のブレスレットに飾られた、写実的に描かれた狼獣人の年配の女性の肖像を愛おしそうに眺めながら、そんなことを考えていた。
その年配の女性はもちろん、俺の養父であるガルムの亡き妻。マラリー・シュトルムヴォルフその人である。
ガルムの出身である獣人の国ダーザルヒルム。そこはいくつもの獣人達の州に分かれ、州ごとに自治を行っている。ジルベニスタは孤児であったため、ファルナート王国とダーザルヒルムとの懸け橋のひとりとして、ガルムとマラリーの元に養子として預けられていたのだ。ガルムとマラリーの間には実子はいなかったという事情もあった。
(母上。もうすぐ、あの男がこの場に姿を見せます。母上を置いて冒険に身を捧げ、挙句の果てに母上が一番居て欲しい時にあの男は居なかった)
ジルベニスタはその場にいないガルムの顔を思い浮かべ、憎々し気な表情を天井に向けている。養母の最後に自分が何もできなかった後悔。その場に間に合わなかったガルム。おそらくは様々な事情が悪い方向に重なり引き起こされたであろう悲劇の一端。しかし彼の心に暗い影を、少し……いやかなり母親に傾倒するような想いを抱かせるには充分であったのだろう。
(どうしようもなかったのだ。それはわたくしにも分かっている。しかし、それでも母上の最後の言葉に間に合わなかったあの男がどうしても許せないのだ)
かの国で冒険者の要、ひいては国の要人として各地の調整役を担っていたガルム。彼が多忙な日々を送る中、故郷で彼の帰りを待つ妻が流行り病に倒れたという報せが届いた。
だが、どれほど急いでも、その命の灯火が消える前にたどり着くことは叶わなかったのだ。
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養母の臨終の言葉は今も胸の中で聞こえている。ずっと離れない、いや離したくはないのだ。そんな複雑な心境が、今のガルムとジルベニスタの関係を形作っている。
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