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第五話
ギィィと音を立てて扉を開くと、眩い光に満ちた会場が待っていた。白い天井には豪華絢爛なシャンデリアが輝き、その下に大勢の王侯貴族たちが集まっている。
マーガリス王宮。今夜、舞踏会が開かれるところだ。隣国エシュド王国の国王や王子たちを招いての、大規模なものである。
その舞踏会に、俺も出席する。オメガ用の舞踏会衣装を身に纏い、がやがやと歓談している会場の中を悠然と歩く。
「兄上」
ビュッフェコーナーのドリンクを取りに向かっていると、誰かに話しかけられた。足を止めて振り向くと、そこにいたのは弟王子のオリハバートだった。俺より三つ年下で、もう成人してはいる。真面目で心優しい弟だ。
「オリー。もうきてたのか」
「はい。兄上……素敵な装いですね」
「ありがとう。オリーもカッコイイな」
「はは、ありがとうございます」
兄弟で話すのも久しぶりだ。後宮では別々に暮らしているし、日中は俺もオリハバートも仕事で忙しい。特にオリハバートは次期国王として研鑽を積んでいる真っ最中だから、普段あまり後宮にいない。
「オリー。今日、エシュドからきているのは国王陛下と、王子二人だったか。もうご挨拶はしたか」
「先程、終えましたよ。ただ、第二王子のジルヴァート殿下はいらっしゃらないようでした。十五年ぶりの舞踏会ですのに、お会いできなくて残念です」
「ふーん、第二王子はいないのか」
十五年ぶりの舞踏会といっても、ずっと国交が途絶えていたという意味じゃない。エシュド国王は、一年に一度はマーガリスに来国している。ただ、息子の王子たちはほとんど同行していないため、今夜お会いできると思っていた、という話だ。
まぁ、俺は興味がないからいいけれど。だって、まさか隣国の王子たちを『種馬』扱いするわけにはいかないだろう。子どもを授かったら、即結婚になってしまうに決まっている。そして一度結婚したら、国同士のしがらみから離婚するのは難しい。一番、避けたい話だ。
「俺も二人に挨拶してくる。じゃあまた」
オリハバートと別れ、一旦ドリンクを取りに行く。ご挨拶に行った時、会話が弾んで長々とお話するかもしれないからだ。
まずは、エシュド国王陛下にご挨拶した。四十六歳の父王より少し年老いているが、こちらは気さくで人柄のよさそうな国王だ。冷徹な父王でさえも強く出られないくらい、マーガリスでも人気がある。
「よかったら、エシュドにも遊びにおいで」
くしゃりと顔を歪め、そう言ってくれた。お気持ちだけありがたく受け取ろうと思うが、本当にいい人だ。この人が父親だったらどんなによかったことか。父親の性格を交換できたらいいのに。
我ながらひどいことを心の中で思いつつ、その場を後にして、次は王太子のコゴルニス殿下を探して回った。どこにいるんだろう……と思っていたら、ちょうど会場に入ってきた青年に気付く。エシュド国王陛下そっくりなことから、彼がコゴルニス殿下だろうか。オリハバートと話した後、少し席を外していたのかもしれない。
「あの……コゴルニス殿下でいらっしゃいますか」
背後からそっと声をかけると、青年は眼鏡を指で押し上げながら振り向く。容姿こそエシュド国王陛下に似ていても、表情が全然違う。こちらは理知的で冷静な雰囲気だ。
「そうですが。あなたは?」
「マーガリス第一王子のシルフィラスアと申します。初めまして。お目にかかれて光栄です」
俺のことを見つめるコゴルニス殿下は、「あなたが……」と小さく呟く。そしてにこりと微笑んだ。
「初めまして。こちらこそ、お会いできて嬉しいです。そちらのお召し物、よくお似合いですよ」
「はは、ありがとうございます」
社交の場だ。精一杯の笑みを浮かべて返すと、コゴルニス殿下の頬に朱が差し込んだ。「い、いえ」とどもりながら、俺に一礼する。
「それでは失礼いたします。また」
足早に立ち去っていったが、途中、何もないところで躓いていた。あれ、と思う。あの反応……まさか、俺の美貌に魅了されたんだろうか。よくあることだ。
といってもまぁ、それだけで縁談がくるわけでもない。そりゃあ器量だけで勝負するのは難しい国だから。
気にしないことにして、俺はさっさとビュッフェコーナーに向かう。今夜もおいしそうな肉料理やデザートが並んでいる。食事を楽しみにしていたんだ。ダンスなんておまけに過ぎない。
もぐもぐと料理に舌鼓を打っていたら、今度はマーガリス貴族たちが俺の下へ挨拶しにきた。中には色目を使う貴族令息もいたが、スルーして肩透かしを食らわせてやった。彼らには興味がなかった。
タクスだったら……きっと、もっと不器用ながら一生懸命に俺にアタックしてくる。対して、彼らは妙に自信過剰なスマートさで受け付けなかったのだ。ひとを下に見ているというか、下心が先行しているというか。
「今宵は楽しんでほしい。以上」
父王が簡素な挨拶をし、持っていたグラスを掲げる。すると、俺を含む参加客も手にあるグラスを宙に持ち上げた。
会場に、音楽が流れ始める。明るく軽快な曲だ。会場の真ん中にあるダンスホールで、ペアを組んだ者たちが踊り出す。
俺は、食事にしか目がなかった。誘ってくる貴族令息たちの誘いは容赦なく断り、ひたすら豪華料理をいただいた。一人暮らしを始めてからあまり高価な食事を食べておらず、懐かしさを覚える。もちろん、大衆料理も大好きだけれど。
「シルフィラスア殿下」
「え?」
もう誰もダンスの申し込みをしてこないと思ったのに……顔を上げると、そこに立っていたのはコゴルニス殿下だった。コゴルニス殿下は、恭しく俺の前に跪く。
「私とダンスを踊っていただけませんか」
俺は目を瞬かせた。正直言って面倒くさいと思ったが、隣国の王太子からの誘いを断るわけにはいかない。もし、国交に差し障りが出たら困る。
渋々と食事を中断することにして、俺は差し伸べられた手を取った。ふわりと、精一杯微笑む。
「喜んで」
もしかしたら、ぎこちないものだったかもしれないが、コゴルニス殿下に気にした様子はなかった。どことなく嬉しそうな表情で、俺をダンスホールまでエスコートする。
ダンスホールに着くと、向き合い、体を密着させて踊り始めた。その時はゆったりとしたバラード曲だったので、静かに揺れることを中心としたダンスを。
数十分後、ダンスはつつがなく終わり、俺はやっと解放された。
「シルフィラスア殿下、ありがとうございました。よ、よければ、またいつかお会いしましょう」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
まさか、コゴルニス殿下からもダンスに誘われるとは。さすがダンスはお上手だったから踊りやすかったが……せっかくの食事の時間が減ってしまった。ビュッフェコーナーを全制覇したいのに。まったく。
その後は誰と踊るでもなく、ただ食事を食べ続けた。通りかかったオリハバートは、苦笑いしていた。
「兄上は本当に食事がお好きですね。庶民の間では、そういう方を『食いしん坊』というのだそうですよ」
「知ってる」
だって、タクスにも笑われるから。
オリハバートは肩を竦め、「それではまた後で」と立ち去っていく。
それにしても、と思う。タクスは今頃何をしているんだろうか。まだ休暇中なので、どこか大衆食堂で夕食を食べているのか。
「……」
添い寝してもらった時の温もりを、まだ覚えている。けれど次に会った時こそ、別れを切り出さないと。
そうでないと、罪悪感で押し潰されそうだ。
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