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第八話
連れて行かれた先は、タクスが住まう営所だった。相変わらず、散らかっている部屋だが、いつもよりは綺麗にしているように思う。もしかして、タクスの代わりに他に誰かが片付けたんだろうか。たとえば……新しい恋人とか。
そういえば、俺は一度もそんなことをしたことがなかったな。
「シルフィ、大丈夫か。まだ顔色が悪いけど」
「……えっと、うん。大丈夫だよ」
居間のソファーに座らされた。タクスも俺の隣に腰を下ろす。そして俺の肩を掴んだかと思うと、自分の膝に俺の頭を乗せるようにそっと倒した。膝枕ってやつだ。
俺は戸惑うしかない。急にどうしたんだ。
「タクス? あの……」
「少し眠った方がいいよ。ゆっくり休め。……それと、俺の話を聞いてほしい」
タクスの話。なんだろう、騙して付き合っていたことに対する苦言や、お叱りの言葉だろうか。改めて話がしたくて、俺のことを助けてくれたのかもしれない。
押し黙ったままでいる俺に、タクスはぽつぽつと語り始めた。
「俺がシルフィに惚れたのは、合コンの日。仕事について真剣に語っているところを見た時だ。きっと真面目で誠実な人なんだなって思った」
「……」
「だからすぐに告白した。オッケーをもらえてすごく嬉しかったし、人生で初めての恋人だから舞い上がってた。でも今思えば、シルフィの手の平の上で踊らされていたんだな」
「……ごめん」
「いいよ、もう。気付かなかった俺も、バカだったわけだし。その件はもう本当にいい。ただ、改めてシルフィに告白したい」
俺は息を呑んだ。想定外すぎる言葉だった。
咄嗟に上体を起こそうとしたが、タクスの手がそれを阻む。俺に膝枕をしたまま、優しく、そして真摯な声で続けた。
「やっぱり、俺はシルフィのことが好きだ。離れても、シルフィのことが忘れられなかった。だからもう一度、俺と付き合ってもらえないか」
「お、れは……」
「子どもが欲しい理由のことも、もっと詳しく聞かせてほしい。理由もなく、シングルファザーになりたいわけじゃないだろ」
それはその通りだけれど。俺の所業を許してくれるのか。それもまだ、好きでいてくれるなんて。
「……して」
「ん? なに?」
「どうして、タクスはそんなに優しいんだ……!」
いつも笑顔で、俺のことを受け入れてくれる。添い寝をしてくれた時もそうだ。一緒にいて毎回驚かされるほど優しくて、明るくていい奴で。
気付いたら、目尻から涙が流れていた。理由はよく分からない。けれど、また告白してもらえたことは、とても嬉しかった。
「ごめ、ん……本当にごめん、ひどいことをして……っ」
あの日からずっと後悔していた。タクスを『種馬』として選んだことを。自分の過ちを気付かせてくれるほど、いい人をひどく傷付けてしまった。
タクスがもっと性悪な奴だったら、きっと俺は今も『種馬』探しをしていただろう。そうしたら、俺は今も最低なことをしていたことになる。だから、タクスには感謝もしていて。それから――。
「俺もタクスのことが好きだ。一緒にいると楽しくて、心が安らぐ」
「え、じゃあ……」
「でも、――それが恋愛として好きなのかは、自信がない」
そう、分からない。今まで誰かを好きになったことがないから。子どもの頃から恋愛する気がなかったし、初恋の相手というのもいない。
タクスの表情は、俺から見えない。けれど、きっと困惑しているだろうなと思う。
「だから申し訳ないけど……申し出を受けるわけにはいかない」
はっきりと口にした。また傷付けることになってつらいが、ここでなあなあに承諾した方が不誠実だと思った。
ごめん、と引き結ぶと、タクスはしばらく黙っていたけれど……俺の目尻から流れる涙を拭いながら、「分かった」と頷いた。
「じゃあさ、こうしよう。半年また付き合ってみて、それでも好きになってもらえなかったら、俺ももう諦める」
「いやだから、付き合えないって」
「気持ちに自信がないだけなんだろ? だったら、はっきりと自覚してもらえるように頑張る。俺くらいイイ男なんて他にいないんだから、逃したら後悔するよ」
後半は茶目っ気たっぷりに笑うタクスに、俺は逡巡した。確かにもしかしたらタクスのことを恋愛対象として好きなのかもしれないのに、このまま別れるのは悲しい。
けれど、実はそうでなかったらどうする。またタクスのことを傷付けることになってしまう。それだけはもう嫌だ。
「でも、俺……」
「俺と一緒にいるのが嫌じゃないのなら、半年また付き合ってくれよ。……それとも、それすら嫌か?」
俺は、ふるふると首を横に振った。
「……嫌じゃ、ない」
「じゃあ決まり」
タクスの手が俺の体を抱き起こす。ようやく起き上がれたと思ったら、今度はタクスと向かい合うように座っている。そのことがちょっと恥ずかしかった。
「キスとかえっちはしないから。シルフィの答えが出るまで、待つ」
「あ、ありがとう」
「手は繋ぐかも。いい?」
「べ、別にいいけど」
そう答えた途端、タクスは俺の手をぎゅっと握り締めた。温かい手だ。大きくて、ごつごつとしてもいる。騎士の手だ。
目の前のタクスの顏を、そろりと見つめる。俺の視線に気付いたタクスは、ふわりと微笑んだ。あまりにも優しいもので、一瞬どきりとした。
「お、下りてもいいか? 体調はもうよくなったから」
「もう少しこうしていたい。ダメ?」
「仕事があるから……っ」
タクスはようやく俺を解放してくれた。残念そうな顔をしながら。
「そっか。それなら仕方ないな。帰り、送っていくよ」
「いや、いいよ。心配しなくても大丈夫だから」
「俺が送り届けたいんだよ。それに……少しでも、シルフィと一緒にいたい」
「!」
一緒にいたい。俺と。温かい言葉が、じんわりと胸に沁みる。
そんな風に言ってくれる人、今まで……ほとんどいたことがない。昔住んでいた宮殿のお世話係の宮女たちくらいだ。でも、彼女たちだって仕事でそう言ってくれていただけかもしれない。だから、タクスの純粋な言葉はすごく嬉しい。
「……そう、か? じゃあお言葉に甘えて。頼む」
おずおずと言うと、タクスは嬉しそうに笑った。俺の手を引いて、一緒に部屋を後にする。営所を出ると、他の海保騎士だろうか。にやにやしながら俺たちを見て、通り過ぎていった。
いつもと変わらない反応だな。タクスから話を聞いていないのか、あるいはすべてを聞いた上で応援しているのか。気にならないわけじゃないけど、まぁいいか。
俺は隣を歩くタクスの横顔をちらりと見つめる。俺と一緒にいられて嬉しくて仕方がないといった顏だ。こっちまで心がほっこりする。
「……これからよろしく。タクス」
小さく呟くと、気付いたタクスもまた笑った。
「うん。よろしく」
こうして俺たちは、今度は期間限定だけど真剣な交際をすることになった。半年後まで、俺は答えを出さなければならない。
できるのならどうか。この気持ちが初めから恋愛的な意味か、あるいは、恋愛対象として好きになれていたらいい。
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