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第十一話
ボヘナは、マーガリス王国の北部にある街だ。王都よりも雪深く、常冬の街になる。氷の輸出で収益を上げている街であり、また、氷の神殿という観光スポットがある。
「わぁ……幻想的な街だな」
俺はぽつりとこぼす。王都から馬車で二日過ぎて、ボヘナに到着すると、小さな雪洞がたくさん並んでいる一角があり、中にはロウソクの明かりが灯っていたのだ。薄暗い中でいくつもの炎が揺らめく光景は、美しい。
「シルフィが喜んでくれてよかった」
タクスがさりげなく俺の手荷物を持ちながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。俺は慌てて荷物を自分で持とうとしたが、「いいから、いいから」と固辞された。
タクスは本当に優しい。エスコートする腕前は、貴族令息にだって負けないかもしれない。さすが、騎士だ。
対して俺は……してもらってばかりで申し訳ない。会話を弾ませることも苦手だし、一緒にいて楽しいと思ってくれているだろうか。もっと、サービス精神が旺盛だったらよかったのに。
と弱気になりそうになるが、タクスはこんな俺のことを好きだと言ってくれている。自分を卑下するのもここまでにしておこう。そうでないと、タクスの気持ちまで否定していることになる。
気持ちを切り替え、俺はタクスやマーゼと宿屋に入った。暖炉が置かれているラウンジで温まりながら、タクスたちが手続きを終えるのを待つ。部屋は、タクスが個室、俺はマーゼと同室だ。
「お待たせしました、シルフィ様。では、お部屋に参りましょう」
戻ってきたマーゼの言葉に俺は頷いて、一旦タクスと別れた。二階にある客室に入って荷解きをする。
客室は簡素なものだった。寝台、備え付けのクローゼット、文机、と必要最低限のものしか置かれていない。ここは観光地として人気だから、宿泊できる宿屋はここしかなかったのだ。まぁ、十分居心地はいい部屋だけれど。
その日は夕食を食堂でいただき、早々に就寝する。観光は明日からだ。氷の神殿に行けるのが楽しみで仕方ない。
「わぁ、薔薇の花びらがすごい綺麗……」
翌日。例の観光スポットを回った俺は、目の前の荘厳な光景に圧倒された。ほとんど氷だけでできた、氷像のような神殿。それらを赤い薔薇の花びらが彩っている。
観光スポットというだけあって、周りには人々がたくさんいた。みな、口々に「美しいい」「綺麗だ」とはしゃいだ声を上げている。
ただ、中に入っていく人はほとんどいなかった。というのも、ここは立ち入り禁止ではないものの、危ないからと中の見学は推奨されていないからだ。まぁ、今まで何も起こっていない場所だそうだけれども。
隣に立つタクスが、俺の方に向き合った。
「シルフィ、中に入らないか?」
「え? 入るのか?」
「せっかくきたんだ。ちょっとだけでもいいから、中に入りたくて」
「分かった、いいよ」
俺も中が気になる。マーゼは外で待機してもらうことにして、俺たちは氷の道を歩いて神殿の中に入った。危ないから、もちろんどこも触ってはいけない。
赤い花びらで彩られた柱が立ち並ぶ回廊を進んでいくと、やがて吹き抜けの空間に出た。中庭を模したところなのかもしれない。
タクスは「こんなところがあったんだな」と呟く。足を止めたので俺も立ち止まると、タクスがなぜか俺の前に跪く。
「シルフィ。――俺と踊っていただけませんか」
突然のダンスの誘い。俺は驚いたものの、差し出された手をおずおずと取った。戸惑いながらも、ふわりと微笑む。
「喜んで」
どうしていきなりダンス、と思わないでもないが、もしかしたらずっと俺と踊ってみたいと思っていたのかもしれない。
でも、と思う。タクスの動きは軽やかで優雅だ。騎士だからといっても踊る機会なんてあまりないはずなのに、妙にこなれている感じがする。パーティーなどに出席した経験が豊富なんだろうか。
手と手を絡み合わせ、体も密着させ、ゆったりと体を揺らす。これまで肉体関係を持っていたのに……なんだろう、緊張する。
どきどきする心臓を必死で宥めながら、ふいとタクスを見ると、気付いたタクスがにこりと笑う。瞬間、心臓の鼓動が高く脈打って、俺は頬を赤らめた。
どうしてだろう。タクスがカッコよく見えて仕方ない。元々顔立ちは悪くはないが、こんなにときめくことはなかったのに。
「シルフィ?」
「え、あ……」
気付いたら、ダンスは終わっていた。タクスと体を離し、向き合う。タクスはくしゃりと顔を歪めて笑った。
「思い出作りができてよかった。ずっと、シルフィとダンスを踊ってみたかったんだ」
「う、うん。俺も……」
じゃあそろそろ出よう、とタクスが俺の手を引っ張って先に進む。俺はおとなしくついていきながら、タクスの背中をじっと見つめていた。
その後も、観光スポット巡りは続いた。カチコチバードと呼ばれる大きな鳥の氷像を見に行ったり、街で特産品であるバナナチョコレートまんを買い食いしたり。
楽しい一日を過ごし、宿屋に戻ろうした時のことだ。
「……タクス?」
正面からやってきた見知った顔の青年が、びっくりした顔で立っている。一瞬誰だろうと思ったが、思い出した。フェリスだ。俺の所業をタクスに暴露した、元王立騎士の。
「フェリス。あれ、ここが地元だったのか?」
タクスも驚いた顔で一歩前に出て、フェリスを気遣わしげに見た。
「あれからどうだ? もう体は大丈夫なのか?」
「う、うん……まぁ、な。少しずつ回復してるよ」
フェリスはそう応えるが、その顔色は悪い。俺は眉をひそめた。大分、無理をしているように思うが……もしかして、どこかからタクスのことを聞きつけて、タクスに一目会いにきたのでは。
案の定、フェリスの体がよろめいた。タクスが慌てて支える。
「大丈夫かよ!」
「ちょ、ちょっと、具合が……」
「家まで運ぶ! 道を教えろ!」
タクスはフェリスの体を横抱きに抱え、俺を振り向いた。
「ごめん、シルフィ。ちょっと、こいつを送り届けてくるから」
「お、俺も行くよ。医者だから」
俺も付き添うことにし、フェリスの説明に従って、俺たちは急いでフェリスの家に向かった。フェリス……大丈夫だろうか。主治医がいるとは思うのだけれど。
フェリスの家まであと少し、というところで。
「フェリス! どこに行っていたの……!」
四十路過ぎの女性がフェリスのことに気付き、切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。フェリスが「か、あさん」と呟いたことから、フェリスの母親らしい。
「まだ安静にしていないとダメだって先生から言われたでしょう。もうっ、心配をかけて」
「……ごめん」
フェリスの母親は、申し訳なさそうな顔で俺たちを見上げる。
「ごめんなさいね。息子がご迷惑をおかけして……。ほら、フェリス。帰りましょう」
フェリスを歩かせようとするのを見かねたタクスが、慌てて口を挟んだ。
「いえ! 家の中までお送りしますよ! 体調が大分悪いようなので」
「そう、ですか? すみません、ではお願いできますか」
「もちろんです」
結局、フェリスの部屋までタクスはフェリスを運んだ。念のため、俺も軽く診察したが、命に別条はないようだった。疲労からくるものだろうと親子に伝えると、フェリスの母親はほっと安堵していた。
「本当にありがとうございました。これ、よかったらどうぞ」
お礼を言いつつ受け取ると、中身はバナナチョコレートまんだった。この特産品はご家庭でも愛されているらしい。確かに体が温まる食べ物だからよく分かる。
フェリスの母親に見送られながら、俺たちは家をあとにした。再び宿屋への帰路につきながら、話すのはフェリスの体調のことだ。
「本当にしんどそうだったな……大丈夫かな、あいつ」
心配そうに言うタクスに、俺も「そうだな」と同意する。あれではしばらく元のように元気になるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
俺はちらりとタクスの手を一瞥する。筋肉で引き締まりながらも頼もしい腕。フェリスのことをお姫様抱っこしたものだ。
「……」
フェリスのために一生懸命声をかけ、運んだ姿が目に焼きついて離れない。本当にただの知人なのだろうか。実はそれ以上の感情もあるのでは。なんだか、胸が締め付けられているように苦しい。
……そうして俺たちは、無言で宿屋に向かうほかなかった。
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