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第十六話
「……タクス。でも、どうやって助けてくれたんだ」
「父上のお力を借りた」
「父上?」
平民であるタクスの父親もまた、平民であるはず。それで父王と対峙できるとは思えない。どういうことだ。
俺が訝しげな顔をしていると、タクスは苦笑いで説明した。思いがけない真実を。
「実は俺、――エシュド王国、第二王子のジルヴァートなんだ」
「え……」
俺は呆気に取られた。タクスがエシュド王国の第二王子!?
第二王子といえば、くだんの舞踏会で欠席した人だ。そうか、マーガリスで働いているから、顏を出さなかったわけだ。
「ど、どういうことだ? なんで第二王子が騎士なんてやってるんだ」
「それは……まぁ、海賊を取り締まりたいからなんだけど。詳しい理由はまた別の機会に話すとして。ともかく、無事でよかったよ。まさか兄上と縁談があったなんて……知らなかった。シルフィも知らなかったんだよな?」
「もちろん。陛下が内緒にして、勝手に水面下で進めていただけだ」
憤然と愚痴ると、タクスは困ったように笑う。さすがに一緒に悪口は言えないのだろう。あんな奴でも義父になるからかもしれない。優しい奴だ。
「兄上の方がいいって言われないか、ひやひやしたけど、シルフィは俺を選んでくれたから。ありがとう、絶対に一緒になろうな」
ぎゅうぎゅうと強く抱き締められ、俺はちょっと顔をしかめた。やんわりとタクスを引き剥がすと、タクスは不思議そうだ。
「シルフィ?」
「ごめん。言い忘れてたんだけど……今、妊娠してるんだ」
「え? ――えぇええええ!?」
タクスはあんぐりと口を開け、呆然と立ち尽くしている。まさに寝耳に水といった表情だ。信じられないという顔をしつつ、俺のお腹にそっと手を当てる。
「ほ、本当に?」
「うん」
「そうなのか……、やったあああ!」
タクスは屈託ない笑顔を浮かべ、また俺のことを抱き締めた。今度は優しく、そっと。
俺も嬉しくて抱き返す。タクスなら喜んでくれるだろうと信じていたが、いざ反応を目にしたらほっとした。もし拒絶されたらと実は不安だったらしい。
でもそんな不安なんて吹き飛ばすくらい、タクスの表情は嬉しそうだ。この人を信じてよかったなと思う。
「じゃあ、帰ろう。俺のアパートまで。詳しい話はその時に」
「分かった。あ、マーゼ……」
マーゼを振り向くと、「私も家に帰ります、お気遣いなく」とにこりと笑った。お邪魔をするつもりはないという意思表示だろう。
俺は頬を赤らめながら、タクスに手を引かれて牢屋を出る。外の光は眩しく、また温かい。冷え切っていた体がじんわりとぽかぽかしていく。
営所までの道のりを歩く。二人並んで。
俺たちの門出を祝福するように、空は晴れ渡っていた。
タクス曰く。
牢屋で再会した後、タクスはすぐにエシュド王国へ向かったらしい。なにせ、マーガリスからエシュド王国までは船で一日もあれば着く。
そして王都に舞い戻ってエシュド国王陛下と話し合ったところ、俺の扱いに腹を立てたエシュド国王陛下は父王へ苦言を呈しに、マーガリスへやってきたという。それはそうだろう。コゴルニス殿下――つまり息子の未来の婿を牢屋に監禁しているなんて、人の心があれば、怒るに決まっている。
焦った父王は俺を解放すると約束したが、俺たちの恋愛事情もある。俺とコゴルニス殿下の縁談は破談にするとエシュド国王陛下は宣言し、憤懣やるかたない様子でマーガリスを立ち去った。
……という部分は嘘で、今はタクスの営所にお邪魔している。ごく一般的な装いで平民に扮して。
「無事でよかったよ。まさか、そこまでするような方だったとは……大変だったな、シルフィラスア殿下」
「いえ。助けていただいてありがとうございました」
俺は深々と頭を下げる。なんとなく、お腹の辺りを擦っていたら、慌てたようにタクスが口を挟んだ。
「だ、大丈夫か? 痛むのか?」
「違うよ。ただ……愛おしくて。タクスとの子どもが」
念願の子ども。それも今や愛する人となったタクスとの子どもだ。可愛くないわけがない。大切に、大切に、産み育てよう。
タクスも俺の隣に膝をつき、お腹を優しげに撫でた。
「楽しみだな。生まれてくる日が」
「うん。でも……そういえば、仕事はどうしよう。辞めさせられるのかな」
それはそれで構わないが、せっかくの収入減が。それに子育てと両立できそうな職場だったので、もし退職せねばならないのなら残念だ。
「仕事なんて、専業主夫でいいだろ。俺が稼ぐから心配するな」
「え、でも」
「いいから、いいから。シルフィは俺の傍にいてくれたらそれでいいんだよ」
「――こら、ジル。自分の意見ばかりを押し付けるんじゃない」
父親に怒られたタクスは、むっとする。「父上は黙っててくれよ」と反論するが、「シルフィラスア殿下のお気持ちも聞きなさい」と諭されてはっとしたようだ。バツの悪そうな顔をして、謝った。
「ごめん、シルフィ。父上の言う通りだな。シルフィはどうしたい?」
「うーん……しばらくは子育てに専念したい、かも。だけど、いつかはまた医者として働きたい」
なにせ、新米パパだ。仕事と子育てを両立できる自信がない。タクス一人に収入面を頼るのは申し訳ないが、夫夫二人で協力して生きていきたい。
そう告げると、タクスは「そうだな」と優しげに笑って賛同してくれた。軽く抱き合う俺たちを、エシュド国王陛下は微笑ましそうに見つめている。ちょっぴり気恥ずかしが、タクスが離してくれない。
「それじゃあ、シルフィラスア殿下。息子のことをよろしく頼むよ」
やがてエシュド国王陛下はそう言うと、ソファーを立った。
「もう行かれるのですか」
「ああ。私にも守るものがあるのでね。お幸せに」
俺たちはエシュド国王陛下を外まで見送った。エシュド国王陛下は、変装していた護衛の騎士とともに王都港へと去っていく。颯爽としたその姿は、国王として風格があり、通り過ぎる騎士たちでさえ圧倒されていた。
「頼もしいお父さんだな、タクスのお父さん」
なんの悪気もなしに称賛すると、タクスは言葉に詰まっていた。
「う……俺ってなんか、頼りなくてごめん」
「え!? そ、そんなことない! タクスは十分頼りになるよ!」
「そう、か? でも、今回のことだって未然に防げなかったし……結局は父上のお力を借りたし。まだまだ未熟者なんだよ、俺」
嘆息するタクスの言葉を聞いて、ふと思い出す。そういえば、マーガリスで海保騎士をやっている詳しい理由があると言っていた。
「……タクスが海保騎士をやっている理由って聞いてもいい?」
「ん? ああ、それか」
タクスは俺の手を引いて来た道を引き返しながら、訥々と語った。わざわざ隣国で騎士をする理由を。
「エシュドってさ、土地が広いだろ? だから、父上も統治が行き届かない地域もあって……そういうところは野盗が多いんだ」
俺は黙って耳を傾ける。そう、エシュド王国はそれだけ領土の広い大国なのだ。
「で、少しでも生き延びようと海賊になる民も多くて。だから、彼らを取り締まることで彼らの人生を正したいと思って、海保騎士に志願した。王族としては異例のことらしいけど、自分の決めた道だから。俺は死ぬまでこの仕事をまっとうする」
「そっか」
真面目に語るタクスの横顔が眩しく見えた。王族として尊敬する。俺は結局、自分のことばかりだったから。
「聞かせてくれてありがとう。応援するよ。傍で、ずっと」
「シルフィ……ありがとう。ごめんな、甲斐性のない旦那で」
「そんなことない。タクスのことは信頼してるから」
それにいざという時は、自分が医者として稼げばいいだけの話だ。そのために、俺は医者になったんだ。
「あ。シルフィ、待って」
タクスが立ち止まったかと思うと、草花の前で何やら編み込み始めた。俺は不思議に思って覗き込むと、タクスが作っているのは――草花の指輪のようだった。
「手を出して、シルフィ」
ぱぱっと編み込んで仕上がったそれを、タクスが俺の左手の薬指に押し込む。目をぱちくりとさせる俺に、タクスは無邪気に笑った。
「仮の結婚指輪。すぐにきちんとしたものを買うから」
「ありがとう、タクス……」
俺は草花の結婚指輪にそっと触れる。思っていたよりもしっかりとした造りだ。そう簡単には壊れなさそうである。器用だな。
タクスはふと真面目な顔になって俺と向き合った。
「改めてプロポーズするよ。――俺と結婚してもらえますか、シルフィラスア」
答えなんて決まっているのに、それでもタクスの表情は緊張気味だ。なんだか可笑しくて、俺は小さく笑った。
でもその気持ちは分かる気がする。俺だってタクスに告白する時、同じように緊張したから。
「はいっ」
俺は嬉し泣きのような表情を浮かべ、頷いた。
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