21 / 25
CHAPTER1
Episode 18 / 眼
しおりを挟む
「ベルジくん、本は読む?」
「読書は苦手」
「えー」
口の中にまだ紅茶の香りが残ったまま、私たちはネーベの街を歩いていた。今日はあの日着ていた服にした。ジェスターが丁寧に折りたたんで、部屋に置いてくれていた。ベルジは違う服装に見えるが、いつもと似通っている。
高い声やはしゃぐ声がすると思えば、同じくらいの子供が多いような気がする。ベルジの目は相変わらず泳いでいた。それに今日はいつもに増して首まで動いている。不思議でしかなかった。
「いつもとなんかちがうね」
「え、俺?」
「ううん。周り。って言ってるけど私まだ外ぜんぜん歩いてなかった」
「ああ、そういう。おん、今日学園休みだもん」
ジェスターに渡されたコンパスを、思い出すたびにポケットから出して、家のほうを指しているのを見てみる。手を動かしても少し振ってみても、針だけは頑固に止まって見えた。
「ベルジくん……キョロキョロしすぎ」
「あ、ごめんごめん、ちょっとな……」
「大丈夫?」
「まあ、うん。気にしないで。そうだ、あの時のカフェの帰りに、ジェスターさんにもらったお小遣いあるから、使おうぜ」
「いいね、なにするの?」
「ああ、あはは、何しようかな」
「本屋さん、ある?」
「えぇ?ああ、えっと、こっちだ」
ベルジは跳ねた髪を指でつまみながら、前を歩きだした。彼の背中を見ながら私も続く。速足。置いて行かれそうになる。手を伸ばしても届きそうになくなるたびに、私は彼に飛びつくようにして、なんとかついていった。彼ばかり見ているもので、周りがあまり見れない。視線をはずした途端にどこかへ行ってしまいそうだから。
「……はやい」
我慢できなくなって私はつぶやいた。彼の足の動きは変わりなかった。
「ベルジくんはやい」
「あ、ああ、ごめん。つい」
「もうちょっと……ゆっくりじゃダメ?」
「マジでごめん、ははは」
私は覚えている。次に会ったら、どこか遊びに行こうって、彼はカフェに行った日に言ってくれていたこと。でも、彼はそれを忘れているようだった。何かが打ち消しているのか、邪魔をしているのか、あの時よりも慌ただしさを感じる。
「あ!ベルジくん、あれなに?」
目のような絵と、大きく「カメラ」と書かれた看板が、私の目を引き寄せた。道路に飛び出すようにして置かれた棚には、何かがたくさん吊り下げられている。白色や黒色で統一されていて、看板にある目のようなものが付いている物。間違いなくカメラだった。
「カメラのお店だよ。寄ってみる?」
「うん、おもしろそう」
「いらっしゃい」髪を結んだおばさんが、向こうから歩いてきた。私たちが挨拶で返すと、彼女はエプロンのポケットに手を入れて話した。
「スマホができてから、買う人も寄る人も減っちゃってさ、困っちゃうよ全く」
「まあ、そうだよな……」ベルジが腰に手を当てて言った。
「若い人が見に来てくれるだけでもうれしいわ。つい声かけちゃった。ゆっくりしてってね」
おばさんは微笑みながら戻っていった。店内は豆電球の明かりで細々とした温かさがあった。外からの光で明るく見えるのかもしれないけれど、入口に背を向けると印象ががらりと変わるほどに差があった。こげ茶色の棚がずらりと並び、いろんな形のカメラが私を覗いていた。四方八方から見られているようで、少し怖かった。
「アヴァ、こんなこと言うのあれだけどさ。なんでカメラ?」
「……カメラ、知ってるの」
「え、知ってる?」
「うん、こういうカメラ、持ってたの私」
「ああ……!そりゃすげえ、すげえ……?」
「なんでだろうね。使ってた時とかは思い浮かばないんだけど」
店の角の方に、「クラシック」と書かれて明確に分けられた場所を見つけた。そこには、レンズが縦に二つあって、首にぶら下げる、木で施されたカメラが並んでいた。豆電球のちらつく光が、カメラの肌に影を作っている。
「クラシック……?しぶいな、こんなの持ってたのか?」
私はひとつ、おためし用として展示されていたものを手に取った。革のストラップが、指先の動きに呼応してわずかに鳴く。一度だけスクリーンに息をかけ、袖で軽く払った。腰の高さでカメラを構えると、上部のフードを折り立て、覗き窓を開く。右手で支えて、左手で保つ。ピントを合わせられるのが分かると、ベルジの方を向く。
「マジのやつじゃん……」
ベルジのおもしろい顔。カメラ越しなら、彼は目を合わせてくれた。ノブを指でなぞって、いろんな色の彼が重なると、私はシャッターをきった。私は息をいっぱいに吸った。ファインダーを見ていたはずなのに、今は地面ばっかり見ている。自分でも信じられなかった。カメラが振動して、何かがゆっくりと出てきた。真っ黒に塗りつぶされた四角が、みるみるうちにいろんな色を帯びていく。じっと見ていると、私がファインダーから見ていた、ベルジが映った。
「え、まさか今、撮ったのか?」
「撮っちゃった」
ゴツゴツと床の音がしたと思えば、さっきのおばさんが変わらず微笑を浮かべてこっちへ来た。
「珍しいね。それ、もう若い子はどう使うかも分からないんだけど」
「そうなの?……そうなの?ベルジくん」
「えぇ?……ああ、だって、スマホあるし。わざわざそんな古いもん……使わねえからさ」
スマホってそんなに便利なんだと思った。たしかにとても軽そうだし、いろんなことができそうで、あれさえあればいらなくなるのかもしれない。でもスマホにはできないことを、このカメラはできる。その場で、写真を残してくれる。
「見て、ベルジくん」
「え、ちょっと……もうちょいなんか、あるだろ撮るの」
「あははは。そのカメラ、欲しいならあげるよ」おばさんが私の撮った写真を上から覗き見ながら言った。
「ええ、そんな。だってこんなお値段……」
「何十年ももう売れ残ってるの。誰かに使ってもらった方がさ、このカメラも嬉しいでしょう?扱い分かる人もそうそういないし」
何十年もここで、ひとりぼっちだったのかと思うと、私は不思議とカメラに同情してしまった。自ら動き出したり意思を示している訳でもない。それでも私は感じた。だから手に取ったし、不思議と使い方も分かったのかも。私に残っていたのは名前だけじゃないのかもしれない。
「どこで習ったの?」
「え?」
「このカメラ、すっごく古くてね。百年単位の骨董品よ」
「マジかよ。でも、たしかに教科書で見たような……?」ベルジが初めて、はっきりとこっちを向いた気がした。
「しゅ、趣味です。好きで……」
悪気があった訳ではなかった。おばさんに心配されたくなかったし、考えさせたくもなかった。私が違う私を作っている、そんな感覚。記憶なんて失っていない、ネーベで暮らしている普通の女の子。心のどこかで憧れてもいた存在。肩のあたりで虫が這っているような感覚がした。おばさんの顔が崩れないか怖かった。
「え、アヴァ――」ベルジがそう言った瞬間、私は詰まった声を出しながら彼の目の奥を引っ張り出すようにして見た。彼はぐっと息を飲んで、肩を下げた。
「そう、おばさんもなんだか嬉しいわ。フィルムたくさん余ってるけど、持ってく?」
「やった……!あ、でも、ごめんなさい、鞄持ってなくて……」
「あはは、そっかそっか。じゃ、また今度ここ来てね」
「ありがとう」
首にかけたカメラを見ると、胸の靄が晴れる感じがしてたまらなかった。おばさんに笑顔を返しながら外に出ると、落ち着きを完全に無くしていたベルジに気が付いて、私は冷や汗をかいた。
「なあ、もしかして……!」
「もうベルジくん。おばさんにまで私、心配かけたくないの」
「ああ……ごめん、さっきは」
「もうちょっと、落ち着いて、ね」
「気を付ける、うん。でもすげえな。体が覚えてるってやつか」
いつ思い出したのかを考えてみるが、はっきりしない。カメラを見る前から知っていたような感覚。この重みも知っている。体が覚えていると言われれば、そうとしか言いようがなかった。
「だと思う。……写真撮ってあげる」
「ええ?う、うん。分かった。こうか?」
店の前で、ベルジは両手を腰に当てて、どっしりと構えたポーズをとった。髪の暴れ用と気の抜けた服装が、彼らしさを何倍にも醸し出していた。歯を見せて作った笑顔もまた、ぎこちなくて面白い。ファインダーに向かって思わずふっと声が漏れる。かちりと小さな音を鳴らしても、ベルジはまだそのまま動かなかった。カメラからはゆっくりと淡い色のベルジが顔を覗かせた。
「もう撮ったよ?ベルジくん」
「え?そうなの?静かすぎて、分かんなかったよ」
「ほら、いいの撮れた。あげる」
フィルムの黒い窓に、絵の具が染み込んでいくみたいに像が浮かんでいく。さっきのあの瞬間を、ここに封じ込めてしまったようだった。
「すげえ。いいな、これ。こういうのって、振るんだろ?こうやって――」
「ダメダメ!」
「え、ダメなの?」
「うん。ダメ、だったような。なんでだったっけ……」
「そこ覚えてないのかよ……。よし、俺も撮ってあげる、アヴァ」
「え、いいの?これ使う?」
「いやいや、それほんとに、分かんねえからさ。スマホで」
「スマホね」
ベルジが立っていたところで、ジェスターと写真を撮った時の、あのポーズをする。彼が持っているスマホには、カメラと同じ眼がくっついている。それと目を合わせ、前髪が凪いだその時、カシャと音が鳴った。崩れた髪の毛を指でなぞると、もう一度鳴った。
「いい感じに撮れたよ、ほら」
「素敵」
「見てて、こうやって――」
彼がスマホの面を指でつつくと、私が写った写真の色が儚くなったり、鮮やかになったり、淡くなったり、白黒になった。雪みたいに動く飾りや、文字を書いたりと、写真が華やかになっていく様に、私は瞬きができなくなるほど心を打たれた。
「すごい……!動画だよ動画!」
「あはは、撮れるよ、動画」
「ほんとに?」
手鏡になったスマホに映る白い丸に、ベルジが指で触れると「ピッ」と鳴った。
「えーっと、アヴァもいまーす」
画面に向かって彼がそう言いながら手を振った。私も映っている。貰ったカメラを見せつけるようにして、私は笑顔を作ってみた。もう一度マルを押すと、ここ数分の出来事が収められているのが見れた。こうやってみんなは動画を撮っているんだ。
「あれー、たのしそうだね」
その声に先に気がついたのはベルジだった。男の子の声と、一人じゃあり得ない足音の数。同い年くらいの背丈のバラバラな三人が、ポケットに手を入れてこっちを見ていた。彼らの顔とベルジの顔を見て分かるのは、決して仲のいい関係ではないということ。
「読書は苦手」
「えー」
口の中にまだ紅茶の香りが残ったまま、私たちはネーベの街を歩いていた。今日はあの日着ていた服にした。ジェスターが丁寧に折りたたんで、部屋に置いてくれていた。ベルジは違う服装に見えるが、いつもと似通っている。
高い声やはしゃぐ声がすると思えば、同じくらいの子供が多いような気がする。ベルジの目は相変わらず泳いでいた。それに今日はいつもに増して首まで動いている。不思議でしかなかった。
「いつもとなんかちがうね」
「え、俺?」
「ううん。周り。って言ってるけど私まだ外ぜんぜん歩いてなかった」
「ああ、そういう。おん、今日学園休みだもん」
ジェスターに渡されたコンパスを、思い出すたびにポケットから出して、家のほうを指しているのを見てみる。手を動かしても少し振ってみても、針だけは頑固に止まって見えた。
「ベルジくん……キョロキョロしすぎ」
「あ、ごめんごめん、ちょっとな……」
「大丈夫?」
「まあ、うん。気にしないで。そうだ、あの時のカフェの帰りに、ジェスターさんにもらったお小遣いあるから、使おうぜ」
「いいね、なにするの?」
「ああ、あはは、何しようかな」
「本屋さん、ある?」
「えぇ?ああ、えっと、こっちだ」
ベルジは跳ねた髪を指でつまみながら、前を歩きだした。彼の背中を見ながら私も続く。速足。置いて行かれそうになる。手を伸ばしても届きそうになくなるたびに、私は彼に飛びつくようにして、なんとかついていった。彼ばかり見ているもので、周りがあまり見れない。視線をはずした途端にどこかへ行ってしまいそうだから。
「……はやい」
我慢できなくなって私はつぶやいた。彼の足の動きは変わりなかった。
「ベルジくんはやい」
「あ、ああ、ごめん。つい」
「もうちょっと……ゆっくりじゃダメ?」
「マジでごめん、ははは」
私は覚えている。次に会ったら、どこか遊びに行こうって、彼はカフェに行った日に言ってくれていたこと。でも、彼はそれを忘れているようだった。何かが打ち消しているのか、邪魔をしているのか、あの時よりも慌ただしさを感じる。
「あ!ベルジくん、あれなに?」
目のような絵と、大きく「カメラ」と書かれた看板が、私の目を引き寄せた。道路に飛び出すようにして置かれた棚には、何かがたくさん吊り下げられている。白色や黒色で統一されていて、看板にある目のようなものが付いている物。間違いなくカメラだった。
「カメラのお店だよ。寄ってみる?」
「うん、おもしろそう」
「いらっしゃい」髪を結んだおばさんが、向こうから歩いてきた。私たちが挨拶で返すと、彼女はエプロンのポケットに手を入れて話した。
「スマホができてから、買う人も寄る人も減っちゃってさ、困っちゃうよ全く」
「まあ、そうだよな……」ベルジが腰に手を当てて言った。
「若い人が見に来てくれるだけでもうれしいわ。つい声かけちゃった。ゆっくりしてってね」
おばさんは微笑みながら戻っていった。店内は豆電球の明かりで細々とした温かさがあった。外からの光で明るく見えるのかもしれないけれど、入口に背を向けると印象ががらりと変わるほどに差があった。こげ茶色の棚がずらりと並び、いろんな形のカメラが私を覗いていた。四方八方から見られているようで、少し怖かった。
「アヴァ、こんなこと言うのあれだけどさ。なんでカメラ?」
「……カメラ、知ってるの」
「え、知ってる?」
「うん、こういうカメラ、持ってたの私」
「ああ……!そりゃすげえ、すげえ……?」
「なんでだろうね。使ってた時とかは思い浮かばないんだけど」
店の角の方に、「クラシック」と書かれて明確に分けられた場所を見つけた。そこには、レンズが縦に二つあって、首にぶら下げる、木で施されたカメラが並んでいた。豆電球のちらつく光が、カメラの肌に影を作っている。
「クラシック……?しぶいな、こんなの持ってたのか?」
私はひとつ、おためし用として展示されていたものを手に取った。革のストラップが、指先の動きに呼応してわずかに鳴く。一度だけスクリーンに息をかけ、袖で軽く払った。腰の高さでカメラを構えると、上部のフードを折り立て、覗き窓を開く。右手で支えて、左手で保つ。ピントを合わせられるのが分かると、ベルジの方を向く。
「マジのやつじゃん……」
ベルジのおもしろい顔。カメラ越しなら、彼は目を合わせてくれた。ノブを指でなぞって、いろんな色の彼が重なると、私はシャッターをきった。私は息をいっぱいに吸った。ファインダーを見ていたはずなのに、今は地面ばっかり見ている。自分でも信じられなかった。カメラが振動して、何かがゆっくりと出てきた。真っ黒に塗りつぶされた四角が、みるみるうちにいろんな色を帯びていく。じっと見ていると、私がファインダーから見ていた、ベルジが映った。
「え、まさか今、撮ったのか?」
「撮っちゃった」
ゴツゴツと床の音がしたと思えば、さっきのおばさんが変わらず微笑を浮かべてこっちへ来た。
「珍しいね。それ、もう若い子はどう使うかも分からないんだけど」
「そうなの?……そうなの?ベルジくん」
「えぇ?……ああ、だって、スマホあるし。わざわざそんな古いもん……使わねえからさ」
スマホってそんなに便利なんだと思った。たしかにとても軽そうだし、いろんなことができそうで、あれさえあればいらなくなるのかもしれない。でもスマホにはできないことを、このカメラはできる。その場で、写真を残してくれる。
「見て、ベルジくん」
「え、ちょっと……もうちょいなんか、あるだろ撮るの」
「あははは。そのカメラ、欲しいならあげるよ」おばさんが私の撮った写真を上から覗き見ながら言った。
「ええ、そんな。だってこんなお値段……」
「何十年ももう売れ残ってるの。誰かに使ってもらった方がさ、このカメラも嬉しいでしょう?扱い分かる人もそうそういないし」
何十年もここで、ひとりぼっちだったのかと思うと、私は不思議とカメラに同情してしまった。自ら動き出したり意思を示している訳でもない。それでも私は感じた。だから手に取ったし、不思議と使い方も分かったのかも。私に残っていたのは名前だけじゃないのかもしれない。
「どこで習ったの?」
「え?」
「このカメラ、すっごく古くてね。百年単位の骨董品よ」
「マジかよ。でも、たしかに教科書で見たような……?」ベルジが初めて、はっきりとこっちを向いた気がした。
「しゅ、趣味です。好きで……」
悪気があった訳ではなかった。おばさんに心配されたくなかったし、考えさせたくもなかった。私が違う私を作っている、そんな感覚。記憶なんて失っていない、ネーベで暮らしている普通の女の子。心のどこかで憧れてもいた存在。肩のあたりで虫が這っているような感覚がした。おばさんの顔が崩れないか怖かった。
「え、アヴァ――」ベルジがそう言った瞬間、私は詰まった声を出しながら彼の目の奥を引っ張り出すようにして見た。彼はぐっと息を飲んで、肩を下げた。
「そう、おばさんもなんだか嬉しいわ。フィルムたくさん余ってるけど、持ってく?」
「やった……!あ、でも、ごめんなさい、鞄持ってなくて……」
「あはは、そっかそっか。じゃ、また今度ここ来てね」
「ありがとう」
首にかけたカメラを見ると、胸の靄が晴れる感じがしてたまらなかった。おばさんに笑顔を返しながら外に出ると、落ち着きを完全に無くしていたベルジに気が付いて、私は冷や汗をかいた。
「なあ、もしかして……!」
「もうベルジくん。おばさんにまで私、心配かけたくないの」
「ああ……ごめん、さっきは」
「もうちょっと、落ち着いて、ね」
「気を付ける、うん。でもすげえな。体が覚えてるってやつか」
いつ思い出したのかを考えてみるが、はっきりしない。カメラを見る前から知っていたような感覚。この重みも知っている。体が覚えていると言われれば、そうとしか言いようがなかった。
「だと思う。……写真撮ってあげる」
「ええ?う、うん。分かった。こうか?」
店の前で、ベルジは両手を腰に当てて、どっしりと構えたポーズをとった。髪の暴れ用と気の抜けた服装が、彼らしさを何倍にも醸し出していた。歯を見せて作った笑顔もまた、ぎこちなくて面白い。ファインダーに向かって思わずふっと声が漏れる。かちりと小さな音を鳴らしても、ベルジはまだそのまま動かなかった。カメラからはゆっくりと淡い色のベルジが顔を覗かせた。
「もう撮ったよ?ベルジくん」
「え?そうなの?静かすぎて、分かんなかったよ」
「ほら、いいの撮れた。あげる」
フィルムの黒い窓に、絵の具が染み込んでいくみたいに像が浮かんでいく。さっきのあの瞬間を、ここに封じ込めてしまったようだった。
「すげえ。いいな、これ。こういうのって、振るんだろ?こうやって――」
「ダメダメ!」
「え、ダメなの?」
「うん。ダメ、だったような。なんでだったっけ……」
「そこ覚えてないのかよ……。よし、俺も撮ってあげる、アヴァ」
「え、いいの?これ使う?」
「いやいや、それほんとに、分かんねえからさ。スマホで」
「スマホね」
ベルジが立っていたところで、ジェスターと写真を撮った時の、あのポーズをする。彼が持っているスマホには、カメラと同じ眼がくっついている。それと目を合わせ、前髪が凪いだその時、カシャと音が鳴った。崩れた髪の毛を指でなぞると、もう一度鳴った。
「いい感じに撮れたよ、ほら」
「素敵」
「見てて、こうやって――」
彼がスマホの面を指でつつくと、私が写った写真の色が儚くなったり、鮮やかになったり、淡くなったり、白黒になった。雪みたいに動く飾りや、文字を書いたりと、写真が華やかになっていく様に、私は瞬きができなくなるほど心を打たれた。
「すごい……!動画だよ動画!」
「あはは、撮れるよ、動画」
「ほんとに?」
手鏡になったスマホに映る白い丸に、ベルジが指で触れると「ピッ」と鳴った。
「えーっと、アヴァもいまーす」
画面に向かって彼がそう言いながら手を振った。私も映っている。貰ったカメラを見せつけるようにして、私は笑顔を作ってみた。もう一度マルを押すと、ここ数分の出来事が収められているのが見れた。こうやってみんなは動画を撮っているんだ。
「あれー、たのしそうだね」
その声に先に気がついたのはベルジだった。男の子の声と、一人じゃあり得ない足音の数。同い年くらいの背丈のバラバラな三人が、ポケットに手を入れてこっちを見ていた。彼らの顔とベルジの顔を見て分かるのは、決して仲のいい関係ではないということ。
0
あなたにおすすめの小説
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる