俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね

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 今日は、何度か悠人と目が合った。  
 でも、話すことはなかった。  
 あっちも何も言わなかったし、俺も結局、何も言えなかった。

 放課後。  
 鞄の中をあさっていて、教室を出るのが少し遅れた。  
 下駄箱の前、人の気配が薄くなった時間帯。

 靴ひもを結び直していると、後ろから声がした。

「……湊」

 振り返ると、悠人がいた。

「あ、悠人。帰るとこ?」

「うん。湊は?」

「俺も。今日はバイト休みで」

「あ、そうなんだ」

 それだけの会話。  
 でも、久しぶりに“普通”のテンポで話せた気がした。

 沈黙が流れそうになる。

(……このまま「じゃあね」って言えば、また何も変わらない)

 そう思い、頭の中でぐるぐると話題を探していると、悠人がふいに言った。

「最近、バイト……多いよな」

「え?」

 思わず聞き返して、顔を上げた。  
 悠人は、少しだけ目を逸らすようにして、ぼそっと言う。

「なんか、疲れてるなって思って……見かけた。前に」

 言い終えたあと、ちょっとだけ視線を落とす悠人を見て、胸の奥がじわりと熱くなる。

(――あ)

 ふいに、昨日の夜のことが、点と点が線になるように蘇った。

 ファミレスのガラス越し。  
 視線を感じて、何気なく振り返ったとき、そこには誰もいなかった。  
 でも、あのときの“気配”――まさか、あれって。

(悠人、だったのか……?)

 さすがに自分に都合よく考えすぎだ。  
 自分の浅はかさに一周回って笑いすらこみ上げてくる。

 ……いや、でも、もし。  
 ほんの少しでも、俺のことを気にかけて、見守ってくれていたんだとしたら。

 それだけで、十分すぎるほど嬉しかった。

 言葉にできない感情が胸の奥に溜まっていく。

「……ありがとう。別に、大したことしてないけどね」

 笑ってそう言うと、悠人は少しだけ頷いた。

 

 二人並んで歩くには、微妙な距離。  
 でも、今のまま別れるのも、惜しい気がした。

 何か、話題を探すように、靴音を聞きながら沈黙の隙間を探る。

(いま、「一緒に帰る?」って言えたら)

 喉まで出かかった言葉を、結局飲み込む。

 悠人の横顔が、少しだけこっちを向いた気がした。

 でも、それも確信にはならなくて。  
 だから俺は、代わりに「……じゃあ、また明日」とだけ言った。

 その瞬間、背後から何か言いかける気配があった。

 少しだけ、振り返りたくなった。  
 でも…

(……期待するなよ、俺)

 心の中で自分をたしなめる。

 

 駅へ向かう帰り道。  
 薄くなってきた夕焼けの中で、風が少し冷たい。

(あれが……ほんとに悠人だったら)

 そう思うだけで、何かが変わるわけじゃない。  
 でも、胸の奥にぽつんと、小さな光が灯るような気がした。

(気にかけてくれてたのかな……)

 ありえないってわかってる。  
 でも、そうだったら、いいのに。

 それだけで、今日はもう十分だった。
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