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20)ルフェーブ <戦闘3>
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(私はこの男に殺されるな)
ルフェーブは確信していた。彼はこの敵の魔法使いを前にした瞬間から、自分が負けることを完璧に理解していた。
ルフェーブの魔法使いとしてのレベルは、シユエトやダンテスク、エクリパンの足元ににも及ばないかもしれないが、戦士としての勘は鋭い。踏んできた場数も違うはずだ。だから肌で感じることが出来るのだ。
敵の魔法使いが放つ圧倒的な死の予感。その凄まじさ。
それは想像を絶するほどであった。
(私は絶対に負ける。この相手に触れることすら不可能かもしれない。彼らはなぜそれを理解出来ないのだろうか?)
とはいえ、仲間たちを責める気はない。ただ単に、それを把握することが出来ないことを不思議に思うだけである。
そもそもその敵と戦うために雇われたのだから、ルフェーブは全力を尽くすだけである。負けることがわかったからと言って、ここで逃げるわけにはいかない。
(しかしデボシュはどう思っているのだろうか? この戦いにおいて、私の力が少しでも役に立つと考えているのだろうか?)
ふと、ルフェーブは彼の顔を横目で見た。
(わからない。いつでもこの人は、私を心配そうに見ているから。簡単に勝てる戦いであっても)
――いけ、ルフェーブ!
ダンテスクの声がする。
――他の者は全力で援護してやってくれ。
(いいだろう。突進してやる)
仲間は多い。ルフェーブの攻撃が敵の意識を逸らし、その間、シャカルのあの攻撃が効果を上げるかもしれない。シユエトという仲間も変わった魔法が使えるらしい。何が起きるかわからないのが本物の戦場。
敵までの距離はF50、R2。すなわち五メートル、ほぼ真正面。勢いをつけるために二段飛びで突進しよう。ルフェーブは戦いのイメージを脳裏に描く。
(F41、R5、D3に足場を作り、その弾性で勢いをつけ、F19、L2、D5に着地。そして敵に向かって真正面から突撃。相手は防具をまとっていない。薄いローブだけだ。素手の攻撃はシールドで防ぐことは出来ない。全てダイレクトに伝わる。しかも相手は素手の攻撃を、まるで予測していないはずだ。それが私のアドバンテージ)
ルフェーブは祖国から持ってきた長い棍棒を持っている。これで攻撃するぞというカモフラージュのためだ。実際に攻撃するのは裸足の足と拳である。
(とはいえ、私の不意打ちだって通用しないだろう。どんな小細工も通用しない。私はこの若い魔法使いに触れることも出来ない)
それでも、ルフェーブは突進を開始した。「待て!」と、デボシュが慌てて声を掛けてきたような気がする。やはり、彼もルフェーブが負けることがわかったのだろう。
しかし当然、突進を止める気はない。ルフェーブはその声を振り切るように、更にスピードを速めた。
敵に向かって全力で突進しながら、この戦いの依頼の話しが来たとき、デボシュがそれに参加するかどうか、ひどく迷っていたのをルフェーブは思い出す。
「ガリレイという魔法のコード書きのことを覚えているはずだ。彼から依頼が来た。是非、戦いに力を貸してくれと」
「ようやく、あのときの恩を返すときが来たのですね」
ある日の晩酌の時間、デボシュはそれについて話し始めた。彼はその依頼が来たことを喜んでいるのかと思ったが、予想に反して非常に心苦しげであった。
「ガリレイは正直に話してくれたよ。敵はかなりの強敵だと。我々が勝つとは限らないと」
「どの戦いだって、我々が勝つとは限りませんよ」
「その通りだ。しかし、どうやら今までの戦いとは、幾分レベルが違いそうなのだ。伝え聞くところでは、標的の魔法使いは邪悪にして冷酷。彼の強さを語るエピソードには事欠かない。あの『ナンバー27』をガルディアンにしたという噂もあるらしい」
「『ナンバー27』?」
異国で育ったルフェーブは『ナンバー27』のことを知らない。しかしデボシュの表情とその話しぶりで、その相手が、とてつもなく恐ろしい者であることは理解出来た。
「それならば尚更、戦わなければいけないでしょう」
彼は明快に返答した。
「もちろん断る気はない。ようやくガリレイに恩義を反すことが出来るのだ。俺たちに選択肢はないさ。彼が求めてきたのは君の参加だけだが、私もその戦列に加えてもらうことになった」
「そうですか」
「この戦いに参加するのは、九人ほどになりそうだという話しだ。シユエトという魔法使い以外、有名な者はいない。たった一人を相手に、九人も参加させるというのも異常だが、それほどの強敵ならば、もっと高名な魔法使いを雇えばいいものを」
何やら、普通の戦いではないような匂いがするのだ。デボシュは再び表情を歪める。
「それでだ。いきなり、そのような強敵と戦うのは無謀だ。だからと言って、この闘技場では訓練にならない。本物の戦場に出よう、ルフェーブ。傭兵として、魔法使いを相手に本当の殺し合いをするのだ」
「私としては異論ありません」
あるはずがなかった。少しでも強い敵と戦い、自分を成長させる。それがルフェーブの求める人生だったから。
「お前がここでの戦いに満足してないことは知っている。戦場は良い訓練の場になるだろう。私も一緒に行く。何も心配することはない」
相変わらずデボシュは、信じられないくらいに過保護で、どこまでもルフェーブの面倒を看ようとしてくる。しかし、こうしてデボシュとルフェーブの異質のコンビが誕生した。
デボシュの援護射撃を受けながら、ルフェーブは空気の段を利用して、凄まじい勢いで魔法使いに突進していく。
自分より、はるかにレベルの高い魔法使いが相手であっても、二人の戦いは有効であった。
素手での攻撃を前に、魔法のシールドはまるで役に立たないからだ。多くの魔法使いたちはルフェーブのあまりに素早い動きについてこられず、彼の蹴りやパンチを頭部や鳩尾に受けて意識を失う。
意識を失った魔法使いは、いかようにも扱える。宝石を全て奪って、武装解除することも出来るし、首を絞めて殺すことも出来る。
ルフェーブとデボシュのコンビは、名だたる魔法使いを相手に連戦連勝を重ねていった。自分たよりもはるかに強い魔法使いが相手であっても、ルフェーブの不意打ちは効果を発したのである。
大富豪の戦士と、素手で戦う魔法使いキラー、その噂は瞬く間に傭兵の世界に広まった。
短い期間であったが、傭兵時代のこのときが、ルフェーブにとって最も刺激的で充実したときだったかもしれない。この間、ルフェーブは本当に自分が強くなれたことを認識することが出来た。
それと同時に、この優しい主人の許にいつまでも居続けるわけにはいかないという想いも、日増しに強くなった。
(デボシュ様と一緒にいては、本当の成長はない。いつまでのこの快適な鳥籠の中にいるわけにはいかないのだ)
そしてついに、あの戦いに参加する日が来た。
「この戦いが終われば、ここを出たいと思っています」
その日の前日、ルフェーブはずっと胸の奥に押し込んできた想いを打ち明けた。ガリレイが依頼してきた仕事を最後に、デボシュとのコンビを解消することを申し出たのだ。
「何だって?」
当然、デボシュはルフェーブの心中を知っていたはずであった。更に強い敵、更に強い自分を見つけるために、同じ場所になど留まっていられない、それが彼の宿命であること。魔法を習得したのだから、もはやここにいる意味もないこと。別れは必然のはず。
少なくともルフェーブは、デボシュがそれを理解してくれていると思い込んでいた。
しかし意に反して、デボシュの動揺は凄まじかった。
「お、おい、ここまでお前を強くしてやったのは誰なんだ? お前は俺の恩義に報いる気もないのか?」
そんなこと許されるはずがないだろ。俺と離れてどうする気だ? 外の世界には何もないぞ!
デボシュがルフェーブに向かって声を荒げる。叫ぶようにして怒鳴るかと思えば、泣くように哀願してくる。
「ルフェーブ、何が不満なのだ! これからもずっと一緒に戦おう。そ、そうだ! お前を遺産相続人にしてやる。俺の財産を全てお前に譲る。だから!」
(それから今日まで、デボシュと改めて話し合うこともないままに来た。しかしもう話し合いも必要ないだろう。どうやら、私は生きて還れそうにないから)
デボシュのことを脳裏から追い払い、ルフェーブは敵の魔法使いにだけ意識を集中する。
ルフェーブは確信していた。彼はこの敵の魔法使いを前にした瞬間から、自分が負けることを完璧に理解していた。
ルフェーブの魔法使いとしてのレベルは、シユエトやダンテスク、エクリパンの足元ににも及ばないかもしれないが、戦士としての勘は鋭い。踏んできた場数も違うはずだ。だから肌で感じることが出来るのだ。
敵の魔法使いが放つ圧倒的な死の予感。その凄まじさ。
それは想像を絶するほどであった。
(私は絶対に負ける。この相手に触れることすら不可能かもしれない。彼らはなぜそれを理解出来ないのだろうか?)
とはいえ、仲間たちを責める気はない。ただ単に、それを把握することが出来ないことを不思議に思うだけである。
そもそもその敵と戦うために雇われたのだから、ルフェーブは全力を尽くすだけである。負けることがわかったからと言って、ここで逃げるわけにはいかない。
(しかしデボシュはどう思っているのだろうか? この戦いにおいて、私の力が少しでも役に立つと考えているのだろうか?)
ふと、ルフェーブは彼の顔を横目で見た。
(わからない。いつでもこの人は、私を心配そうに見ているから。簡単に勝てる戦いであっても)
――いけ、ルフェーブ!
ダンテスクの声がする。
――他の者は全力で援護してやってくれ。
(いいだろう。突進してやる)
仲間は多い。ルフェーブの攻撃が敵の意識を逸らし、その間、シャカルのあの攻撃が効果を上げるかもしれない。シユエトという仲間も変わった魔法が使えるらしい。何が起きるかわからないのが本物の戦場。
敵までの距離はF50、R2。すなわち五メートル、ほぼ真正面。勢いをつけるために二段飛びで突進しよう。ルフェーブは戦いのイメージを脳裏に描く。
(F41、R5、D3に足場を作り、その弾性で勢いをつけ、F19、L2、D5に着地。そして敵に向かって真正面から突撃。相手は防具をまとっていない。薄いローブだけだ。素手の攻撃はシールドで防ぐことは出来ない。全てダイレクトに伝わる。しかも相手は素手の攻撃を、まるで予測していないはずだ。それが私のアドバンテージ)
ルフェーブは祖国から持ってきた長い棍棒を持っている。これで攻撃するぞというカモフラージュのためだ。実際に攻撃するのは裸足の足と拳である。
(とはいえ、私の不意打ちだって通用しないだろう。どんな小細工も通用しない。私はこの若い魔法使いに触れることも出来ない)
それでも、ルフェーブは突進を開始した。「待て!」と、デボシュが慌てて声を掛けてきたような気がする。やはり、彼もルフェーブが負けることがわかったのだろう。
しかし当然、突進を止める気はない。ルフェーブはその声を振り切るように、更にスピードを速めた。
敵に向かって全力で突進しながら、この戦いの依頼の話しが来たとき、デボシュがそれに参加するかどうか、ひどく迷っていたのをルフェーブは思い出す。
「ガリレイという魔法のコード書きのことを覚えているはずだ。彼から依頼が来た。是非、戦いに力を貸してくれと」
「ようやく、あのときの恩を返すときが来たのですね」
ある日の晩酌の時間、デボシュはそれについて話し始めた。彼はその依頼が来たことを喜んでいるのかと思ったが、予想に反して非常に心苦しげであった。
「ガリレイは正直に話してくれたよ。敵はかなりの強敵だと。我々が勝つとは限らないと」
「どの戦いだって、我々が勝つとは限りませんよ」
「その通りだ。しかし、どうやら今までの戦いとは、幾分レベルが違いそうなのだ。伝え聞くところでは、標的の魔法使いは邪悪にして冷酷。彼の強さを語るエピソードには事欠かない。あの『ナンバー27』をガルディアンにしたという噂もあるらしい」
「『ナンバー27』?」
異国で育ったルフェーブは『ナンバー27』のことを知らない。しかしデボシュの表情とその話しぶりで、その相手が、とてつもなく恐ろしい者であることは理解出来た。
「それならば尚更、戦わなければいけないでしょう」
彼は明快に返答した。
「もちろん断る気はない。ようやくガリレイに恩義を反すことが出来るのだ。俺たちに選択肢はないさ。彼が求めてきたのは君の参加だけだが、私もその戦列に加えてもらうことになった」
「そうですか」
「この戦いに参加するのは、九人ほどになりそうだという話しだ。シユエトという魔法使い以外、有名な者はいない。たった一人を相手に、九人も参加させるというのも異常だが、それほどの強敵ならば、もっと高名な魔法使いを雇えばいいものを」
何やら、普通の戦いではないような匂いがするのだ。デボシュは再び表情を歪める。
「それでだ。いきなり、そのような強敵と戦うのは無謀だ。だからと言って、この闘技場では訓練にならない。本物の戦場に出よう、ルフェーブ。傭兵として、魔法使いを相手に本当の殺し合いをするのだ」
「私としては異論ありません」
あるはずがなかった。少しでも強い敵と戦い、自分を成長させる。それがルフェーブの求める人生だったから。
「お前がここでの戦いに満足してないことは知っている。戦場は良い訓練の場になるだろう。私も一緒に行く。何も心配することはない」
相変わらずデボシュは、信じられないくらいに過保護で、どこまでもルフェーブの面倒を看ようとしてくる。しかし、こうしてデボシュとルフェーブの異質のコンビが誕生した。
デボシュの援護射撃を受けながら、ルフェーブは空気の段を利用して、凄まじい勢いで魔法使いに突進していく。
自分より、はるかにレベルの高い魔法使いが相手であっても、二人の戦いは有効であった。
素手での攻撃を前に、魔法のシールドはまるで役に立たないからだ。多くの魔法使いたちはルフェーブのあまりに素早い動きについてこられず、彼の蹴りやパンチを頭部や鳩尾に受けて意識を失う。
意識を失った魔法使いは、いかようにも扱える。宝石を全て奪って、武装解除することも出来るし、首を絞めて殺すことも出来る。
ルフェーブとデボシュのコンビは、名だたる魔法使いを相手に連戦連勝を重ねていった。自分たよりもはるかに強い魔法使いが相手であっても、ルフェーブの不意打ちは効果を発したのである。
大富豪の戦士と、素手で戦う魔法使いキラー、その噂は瞬く間に傭兵の世界に広まった。
短い期間であったが、傭兵時代のこのときが、ルフェーブにとって最も刺激的で充実したときだったかもしれない。この間、ルフェーブは本当に自分が強くなれたことを認識することが出来た。
それと同時に、この優しい主人の許にいつまでも居続けるわけにはいかないという想いも、日増しに強くなった。
(デボシュ様と一緒にいては、本当の成長はない。いつまでのこの快適な鳥籠の中にいるわけにはいかないのだ)
そしてついに、あの戦いに参加する日が来た。
「この戦いが終われば、ここを出たいと思っています」
その日の前日、ルフェーブはずっと胸の奥に押し込んできた想いを打ち明けた。ガリレイが依頼してきた仕事を最後に、デボシュとのコンビを解消することを申し出たのだ。
「何だって?」
当然、デボシュはルフェーブの心中を知っていたはずであった。更に強い敵、更に強い自分を見つけるために、同じ場所になど留まっていられない、それが彼の宿命であること。魔法を習得したのだから、もはやここにいる意味もないこと。別れは必然のはず。
少なくともルフェーブは、デボシュがそれを理解してくれていると思い込んでいた。
しかし意に反して、デボシュの動揺は凄まじかった。
「お、おい、ここまでお前を強くしてやったのは誰なんだ? お前は俺の恩義に報いる気もないのか?」
そんなこと許されるはずがないだろ。俺と離れてどうする気だ? 外の世界には何もないぞ!
デボシュがルフェーブに向かって声を荒げる。叫ぶようにして怒鳴るかと思えば、泣くように哀願してくる。
「ルフェーブ、何が不満なのだ! これからもずっと一緒に戦おう。そ、そうだ! お前を遺産相続人にしてやる。俺の財産を全てお前に譲る。だから!」
(それから今日まで、デボシュと改めて話し合うこともないままに来た。しかしもう話し合いも必要ないだろう。どうやら、私は生きて還れそうにないから)
デボシュのことを脳裏から追い払い、ルフェーブは敵の魔法使いにだけ意識を集中する。
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