邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

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34)ダンテスク <戦闘8>

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 敵の魔法使いの心をコントロールし尽くすことは不可能だろう。
 しかしそれは仕方がないことである。アルゴのお陰で奴の感情の動きを読むことが出来ているが、それを完璧に読むことが出来たとしても、他人の行動を簡単に操れるわけではない。
 敵の魔法使いの知性の高さは、ダンテスクと同等か、それを上回っている可能性がある。
 そのような相手を言い負かしたり説得したりすることが難しいのと同じで、心を操ることも難しいのだ。

 とはいえ、もう一方のキーパーソンである女の子の心は完全に操ることに成功している。 
 この少女は敵の魔法使いに親愛の情を抱いている。自分を可愛がってくれている隣人だと本気で思い込んでいる。
 それだけでも充分な効果があるはずなのだ。
 女の子がその感情を態度で示せば示すほど、魔法使いの心も揺らぐ。なぜならダンテスクの完全な支配下にあるこの少女にとっては、その感情は本物なのだから。

 敵の魔法使いは、他者への共感性が決して低いわけではない。
 彼はそれに影響されるはず。敵の魔法使いの中にも、その少女への親愛の情が高まっていく。

 (少女よ! もっともっと心細い表情をするんだ! そしてその悲しげな表情で、魔法使いに助けを求めろ!)

 女の子はまだ部屋の中央でおろおろとしているだけだった。
 残念なことに、エクリパンの警告に驚いた少女が、それに恐怖を感じて固まってしまった。
 それまで僅かながらも魔法使いの許に歩みを進めていた彼女の動きが、また止まってしまったのだ。
 その部分については、完全にエクリパンの警告が逆の効果をもたらしてしまった。

――しかし大丈夫だ、心配することはない。

 なぜなら重要なのはそれではないから。
 もしその爆弾少女が敵の魔法使いに近づいたとしても、彼女が持っている人形を、彼がに受け取らなければい何の効果もない。
 敵の魔法使いがこの少女に少しでも違和感を覚えていれば、近づいてくる少女を殺すことだったありえる。

 (自分にとって害となるかもしれない存在だと認識すれば、いくら幼い少女であろうが躊躇しない男だ)

 だから、爆弾少女と敵の魔法使いの距離を詰めることに傾注するよりも、敵の魔法使いの心に、その少女への親愛の情を植えつけることを優先すべきなのである。
 その意味において、エクリパンの先程の行動は効果があったはず。敵の魔法使いがその気になれば、一瞬でその少女をその腕の中に抱き上げることは可能だ。距離感などもはや関係ない。

(とはいえ、余りにじれったくて、神経が磨り減っていく。三歩進んだかと思うと、そのあとには二歩後退さっている。全てがノロノロと重苦しくて、時間がその重さに圧せられているかのようだ)

 「シユエト! この女の子を人質として取れ!」

 膠着状況を重苦しく感じているのは、現場にいるエクリパンも同様のようである。
 それを何とかしようと思ったのか、彼がシユエトに向かってそう叫んだ。

 シユエトはエクリパンよりも数歩先に立っている。仲間たちの中で、彼が最も少女に近い位置にいる。

 「人質だって?」

 シユエトはエクリパンの指示に一瞬、困惑したようであるが、すぐにエクリパンの意図を理解した。
 本当にその子を人質にする必要はない。敵の魔法使いを揺さぶるための演技をしろということだ。
 シユエトはすぐに行動に出た。隙を見て、その少女をさらおうとするが、敵の魔法使いの攻撃を憂慮して動けずにいる、そんな演技をする。

 「意味のない人質だよ。知らない女の子だ。僕と心置きなく戦いたければ、その子を部屋から追い出すべきだと思うけど?」

 この少女が部屋に現れてから、ずっと沈黙していた魔法使いが今、言葉を発した。

 (知らない女の子か。しかし奴はそれを本心から発言していない。奴のゲシュタルトは迷いの中にある。俺の魔法は確実に効果を上げている)

 ダンテスクはこれまでにない興奮を感じた。俺は今、このとてつもなく強力な魔法使いの心を、左右することが出来ている! 

 「それとも、この少女は君たちの仕組んだ罠か何か?」

 しかし敵の魔法使いはそう続けた。

 (やはり警戒心も強い。まだどっちに転がるかわからないことも事実だ)

 だからと言って、奴はこれがどのような罠なのか理解してはいないはずである。

――大丈夫だ、作戦は失敗していない。敵もまだ迷いの中にいる。とにかく、このまま進めよう。

 敵の魔法使いに対しては少女への親愛を高めながら、爆弾少女に対しては更なる心細さを植え付け、敵の魔法使いに助けを乞うよう仕向ける。
 それは矛盾しない。同時に成立する方法。

――敵の魔法使い相手に対して、まだしばらかくこの話題を続けるべきだ。魔法使いは迷いの中にある。今、少女が近づいていけば、彼女を受け入れるかもしれない。

 「しかしこの女の子はお前のことを知っているようじゃないか?」

 ダンテスクの言葉に応えるように、エクリパンが魔法使いに言った。「それでも人質の価値はないというのか?」

 「では、人質にしてみればいい。その価値が判明するだろう」

 (いいぞ、この調子だ。魔法使い自身、その少女の価値を判断することが出来ないから、思わず出てきた言葉だ)

 それはダンテスクの魔法が一定の効果を上げている証拠。
 あと一息。もう少しで、もしかすれば、この最悪の魔法使いを殺すことが出来るかもしれない。

 しかしその一方で、仲間の一人の感情が、異様な変化を見せていることにダンテスクは気づいた。
 ブランジュだ。
 彼女のゲシュタルトが激しく乱れている。
 怒りと疑惑、混乱。それらが混沌と混ざり合い、ダンテスクに向かって、激しい憎しみの塊として向かってきている。

 「ちょ、ちょっと待ってよ、ダンテスク」

 小さな声であるが、ブランジュが呼び掛けてきた。
 その呼び掛けを受けて、ダンテスクは思わず舌打ちをした。しかし無視するわけにもいかない。

――ブランジュ、今、君から質問を受け付けるつもりはない。この作戦は仲間に任せて、君は成り行きを見守ってくれればいい。
 ブランジュは戦いの経験は少ないが、特殊な魔法の使い手である。魔法使いとしても優秀で、欠くことが出来ない人材。

 (しかし戦いを専門にしている魔法使いでもない。人を殺した経験も少ないようだ。いや、もしかしたら皆無かもしれない。事前にこの作戦について、彼女にも話しておくべきだったか)

――作戦Dは君の担当ではない。君からの異論は、全てが終わってから聞こう。

 「あの子を犠牲にするつもりなの?」

 しかしダンテスクの言葉を無視して、ブランジュは言ってきた。

――敵に悟られるとまずい。口を噤んでいてくれ。

 「アンボメの魔法を彼女に仕込んだのね? そうでしょ?」

 ブランジュはまだ自制が働いている。その声は囁くようだ。敵の魔法使いには聞こえていないに違いない。

 (しかしブランジュがイヤーカフを使って、何者かと意思疎通をしていることは、魔法使いも気に留めるだろう。そこからこの作戦がばれることはないが、彼の警戒心が高まることは事実だ)

――この作戦が成功して、敵の魔法使いを殺すことが出来れば、この世界から邪悪が一つ排除されたと言っても過言ではない。この程度の犠牲は止むを得ないと考えている。

 ダンテスクは教え諭すようにそう伝えた。

 「な、何ですって? こ、この程度の犠牲?」

――わかってくれ、ブランジュ。

 「だ、だけど・・・」

 ブランジュも理解しようとしているようだ。それは混乱している彼女のゲシュタルトから読み取れる。
 この見知らぬ少女の命と、敵の魔法使いの命を秤にかけているのであろう。
 もしかしたら、その秤の上に自分の命を載せたかもしれない。敵の魔法使いを殺すことが出来なければ、彼女も命を失うことになるのだから。

 「だ、だけど、やっぱりそれは最悪な方法だわ。どのような手段を使っても、勝てばいいってわけじゃないもん」

 (ブランジュの存在がこの作戦の不安要素になるとは・・・)

 ならば、ブランジュの心に冷酷さを植えつけようか。
 敵の魔法使い、爆弾少女、そしてブランジュ、三人を同時に相手にするのは容易ではない。自らの命を削るような行為かもしれない。

 (それに仲間の心を操るのは心が引ける。仲間に対して魔法を使うのは、出来るだけ自分に禁じてきた行為)

 しかしエクリパンが苛立ち始めている。
 当然、他の仲間にも二人の遣り取りはイヤーカフを通して聞こえている。
 エクリパンがブランジュの甘さを許すはずがない。実際、彼は彼女の発言に怒りを感じているようだ。
 もちろんエクリパンだけではない。この作戦の中心人物の一人シャカルなどは、愚図り出したブランジュに対して、激しい憎悪を抱き始めている。
 邪魔するならば、まずこの女から殺そう。それくらいの怒りだ。

 (仕方ない。ブランジュを操ろう)

 ダンテスクがそう決心を固めたときだった。そのとき、部屋に存在する全てのゲシュタルトが激しい変化を見せた。
 彼はすぐにそっちに意識を集中する。
 一端は完全に動きを止めていた少女が、どうやら敵の魔法使いのほうに歩き出したようなのだ。

 ここに来て、遂に彼らの働きかけが功を奏したのかもしれない。
 さっきまではカタツムリの歩みのようにノロノロとしていた少女が、半ば駈けるように進んでいく。

 走り始めた爆弾少女は、敵の魔法使いとの間に横たわっていた距離をぐんぐんと踏破していく。
 このタイミングで事態が進展し始めたことに、ダンテスクはいくらかの不安を感じなくもなかったが、だからといってその流れを止めることも出来ない。もはやこの流れに乗るだけだ。

 (行け! そのままその男の懐に飛び込め!)

 ダンテスクはブランジュから意識を逸らして、そちらのほうに全神経を集中する。

――シャカル、用意はいいか? 

 ああ、準備万端だ。

 直接、彼が答えてきたわけではないが、シャカルのゲシュタルトはそう言っているようだ。
 彼の集中力が研ぎ澄まされていくのがわかる。

 「駄目、そっちに行っちゃ!」

 しかしブランジュが大声で叫んだ。
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