邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

文字の大きさ
56 / 70

55)シユエト <戦闘再開2>

しおりを挟む
 負ける。今度こそ奴に殺される。

 (いや、しかし俺だけは逃げ切れるかもしれない)

 シユエトは死を覚悟しながらも思った。

 (なぜなら魔法で姿を消すことが出来るから)

 それがガリレイから授けられた彼の魔法だ。

 (授けられたと言うよりも、預けられたと言うべきか。いずれにしろエクリパン、ブランジュ、すまないが君たちを見捨てるぜ)

 シユエトは宝石をさりげなく取り出し、それを手の中で玩びながら、消えるタイミングを図る。
 敵の魔法使いがエクリパンにだけ意識を集中したときがそのタイミングだろう。

 そのときは必ず訪れる。敵の魔法使いも冷静そうに見えて、その実、エクリパンへの怒りに燃えているのではないだろうか。彼も少なからず、プライドを傷つけられたに違いないのだから。

 (俺は前の戦いからだって、上手く逃げおおせることが出来た。塔の主を暗殺しようとした戦い。あの時と比べると、今は逃げるにずっと容易いシチュエーションのはず。あのときの恐怖が今、生きる)

 「奥の手、あるぜ、それを見せてやるよ!」

 そのとき、エクリパンが何もかも吹っ切れたという口調でそのようなことを言う声が聞こえてきた。
 いや、むしろ、全てを諦めたといったほうが正確なのかもしれない。
 
 エクリパンは敵の魔法使いを見据えながら、足元に落ちていたグラスを拾い上げた。確か、その瓶にはアンボメの魔法がかかっているはず。

 (さっきの魔法はもう通用しない。少しでも、その素振りを見せた瞬間、彼の首は吹き飛ぶだろう。しかし彼にはまだ、アンボメの魔法がある。それに賭けてみる価値はあるかもしれない)

 アンボメは腕をだらりと下げている。すなわち、まだ爆発の魔法が稼動しているという証拠。
 敵の魔法使いが帰ってきて、この部屋の空気は異常なくらいの緊張で張り詰めたにもかかわらず、アンボメだけは少しも変わらないで、相変わらずの虚ろな表情でどこかに視線を彷徨わせている。

 (とはいえ、そのグラスをどうやって敵の魔法使いにぶつけるというのか? それが簡単なことではないから、関係のない女の子を使ったりして、様々な策を弄してきたんだ。それらが失敗した今、いったいどのような方法が?)

 いや、ちょっと待てよ。
 そのとき、シユエトの脳裏に、ある考えが過ぎった。

 (そ、そうだ! 解毒剤を奴に渡してしまえばいいんだ、それにアンボメの魔法をかけて! 敵の魔法使いだって、その解毒剤は喉から手が出るほど欲しい物。きっと受け取る。奴がそれを手にした瞬間、発火装置を押して爆発させる。それなら一撃で殺せるではないか!)

 何というシンプルな作戦だろうか。どうしてすぐに思いつかなかったのが、シユエト自身恥ずかしくなるくらいだ。それは今、最も効果的な作戦ではないのか。
 もしかしたら、エクリパンは解毒剤を携帯していないかもしれない。しかしそれでも、何らかの適当な瓶を使って解毒剤と偽ればいい。
 敵の魔法使いはまだアンボメの魔法の仕組みを完璧に知らない。だから何の警戒もなく、解毒剤を受け取るはず。

 (そ、それが重要なんだ。そのチャンスは今しかない。敵の魔法使いが解毒剤を欲しがっていて、しかもアンボメの魔法の仕組みを知らない今のみ)

 確かに解毒剤の入った瓶にアンボメの魔法をかけるとき、それなりに自然な演技が必要かもしれない。
 しかし、そこさえ怪しまれることなく乗り越えることが出来れば、このバケモノを殺すことが出来るのだ。今度こそ今度こそ。

 エクリパン、降参しろ。奴に解毒剤を渡してしまえ。
 シユエトはエクリパンに向かってそう言おうとした。
 エクリパンは今まさに、敵の魔法使いに最後の戦いを仕掛けようと、その隙を伺っている。
 ここに来て、ようやく度胸が据わったのか、さっきまでのように視線が泳いでいない。最後の攻撃への覚悟が出来ているようだ。

 今ならばまだ間に合う。ダンテスクを経由して、敵の魔法使いに知られることなく、その作戦を授けることが出来る。
 「エクリパン、降参しろ。奴に解毒剤を渡してしまえ」その言葉を聞けば、敵の魔法使いだって攻撃をしてこないだろう。
 その隙に、密かにそのアドバイスを送るのだ。まだまだチャンスはある。

 しかしシユエトは躊躇した。彼の決断を押し留めようとする、もう一人の自分がいた。

 (何も、エクリパンにその功績を譲ることはない。俺がその作戦を実行すればいいのではないのか?)

 シユエトの心中に、そのような想いが芽生えていたのだ。

 このまま正面からぶつかり合えば、エクリパンは敵の魔法使いに殺されるだろう。しかしその戦闘の時間、敵の魔法使いがエクリパンにのみ意識を集中するのは間違いない。

 (その戦いのドサクサにまぎれて、一先ずここを離脱する。アンボメを連れてだ。俺は逃げられる。俺だけは逃げられる。あの魔法があるから)

 姿を消すことが出来る魔法。この部屋にもう長い時間滞在しているから、家具の配置など完璧に記憶している。何歩でアンボメまでたどりつくか、何十歩で出口に辿り着くか。
 まずここを脱出して、そしてどこか安全なところでアンボメと契約を結ぶ。エクリパンが死んでいれば、彼女は必ず新たな主を求めるはず。

 (これで最低でも俺はアンボメを手に入れることが出来る・・・。しかしそれだけじゃない)

 機会を伺い、先程思いついた作戦で敵の魔法使いを殺すのである。
 もちろんシユエトはこの部屋から逃げ出すのだから、この状況も大きく一変してしまう。再び敵の魔法使いに近づくのは困難かもしれない。
 しかしそれだって決して不可能ではない。
 方法はきっとあるはず。
 そのときダンテスクにアドバイスを貰う必要があるだろう。たとえダンテスクが期待外れの臆病者であったとしても、あの敵の魔法使いに関する様々な情報を集めているようだ。きっとそれが役に立つ。

 とにかく、敵の魔法使いが解毒剤を求めているまでの間、それがシユエトにとってのチャンスの時間だ。
 奴はどうあっても、その解毒剤に触れざるを得ないのだから。

 (奴を殺すことが出来れば、俺が塔の主になることが出来るのだ・・・。き、緊張で身体が震える。それにしても俺は、何という大それた計画を夢見てしまっているのだろう。それを成功させるために、いったいこれからいくつもの難関を越えなければいけないのだろ)

 そんなこと無理かもしれない。とにかくここから逃げることだけに集中すべきか? 
 一転して、シユエトの中に弱気が押し寄せてきた。

 (いや、駄目だ。恐怖に負けてはいけない。俺は今、チャンスの只中にいる。ここを逃せば、もう二度と見出すことの出来ない奇跡。逃げてはいけない。絶対に逃げてはいけない!)

 新しい世界に踏み出すのだ。
 新世界。これまで足を踏み入れたことのなかった世界。
 ほんの少しの勇気の向こうに、それが俺を待っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...