邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

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57)ブランジュ <接吻>

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 (どうして私を助けたの?)

 一瞬、ブランジュはそのように考えたが、どうやら見当違いのようだ。
 それほど強い力ではなかったが、敵の魔法使いはブランジュの細い腕をがっしりと掴んでいる。彼女は身動き一つ出来ない。
 またもや、この魔法使いに囚われたも同然。

 「さて、何から教えてもらうべきかな。そうだな、まず」

 爆発の閃光はようやく薄れてきて、敵の魔法使いの姿が浮かび上がってくる。
 それと共に尋問が始まった。

 「君たちが指示を受けている外部の者。そいつに会わせて欲しい。何ていう名前だっけ?」

 確かに敵の魔法使いに命を救われたことは事実であろう。ブランジュがそれに感動したこともまた事実。
 しかしそれは、ブランジュから重要な情報を引き出すため。用がなくなれば、あっさりと殺されるに違いない。
 こんな者を相手に、素直に尋問に答えている場合ではないだろう。

 「名前? えーと、ブ、ブランジュ」

 とはいえ、もはや何か隠すこともなかった。どうやら勝負は着いたようだから。
 ブランジュは大切なものをポイッと放り投げるような態度で答えた。

 「なるほど、そいつがどこからから、君たちに指示を出しているのか」

 「え? あっ、違う。それは私の名前で、えーと、そっちのほうはダンテスク」

 彼の質問を勘違いしたことも恥ずかしがったし、いつまでも魔法使いに抱きかかえられているような姿勢でいることも恥ずかしくなって、ブランジュは彼の身体を押し返し、腕の中から逃れようとする。「別にあんたから逃げるつもりはないわ。だから離して」そう言いながら。
 しかしそうはさせないとばかりに、敵の魔法使いは更に彼女の身体を強く抱き寄せてくる。

 「ちょ、ちょっと何よ! 私をどうするつもり?」

 ブランジュは必死になって、彼の身体を押し返そうともがく。

 「別に。ただ僕から離れると、落ちるよ」

 「え?」

 敵の魔法使いが視線を投げた。
 ブランジュも身体をひねってそっちに目を向けた。
 部屋の床に巨大な穴が開いていた。
 さっきの爆発で出来た穴のようだ。
 ブランジュとその魔法使いは、ちょうどその穴の際に立っていたのだ。下から吹き上がってくる風が、ブランジュの髪の毛を激しく乱した。
 キャーと思わず悲鳴を上げて、ブランジュは再びその魔法使いの腕の中に逃げ込む。

 「驚くべき威力だ。僕の部屋がめちゃくちゃだよ。この魔法の正体も知りたい。あの男の魔法ではないはずだ。誰の仕業なんだろうか?」

 部屋の端の本棚などは無事だが、テーブルや椅子などは消滅していた。穴に吸い込まれて落ちたのではなくて、爆発の威力で解けて蒸発してしまったに違いない。
 本当に凄い魔法だ。その穴を見ながら、ブランジュは改めて思った。

 「この魔法、アンボメっていう女の子の力よ。彼女もきっと、ダンテスクのところに行けば会えるわ」

 ブランジュは敵の魔法使いの質問に素直に答えた。
 ブランジュがアンボメに放った魔法、一時的に魔界に閉じ込める魔法。その閉じ込めた先の牢獄にいる。
 それを開ける鍵の暗号を作ったのはガリレイだ。
 もしガリレイがダンテスクならば、その暗号を知っているのだから、既にアンボメをそこから出しているはず。

 「部屋の端に居た奇妙な女の子か。君がどこかに逃がしたな。僕にかけた魔法と同じものだろ? あれで瞬間移動させた」

 「う、うん」

 「君はあの子を助けたのか? 他の者を助けて、自分は死にかけるなんて、なかなか殊勝な性格ではないか」

 「・・・う、うん」

 そういうわけではないが、ブランジュは曖昧に頷く。

 「それと死体が一つ足りない。もう一人の男が消えたようだ」

 「え?」

 確かにシユエトの死体がない。しかし彼はこの魔法をもろに受けて、家具類と一緒に消滅したのではないだろうか。
 ブランジュの言葉に対して魔法使いは首を振った。

 「いや、違う。彼が消えたのは爆発する直前だ。一瞬、目を離した隙に、どこかに消えていたのだ」

 シユエトはブランジュを置いて、密かに逃げたのかもしれない。
 何という逃げ足の早さ。
 しかしあの慌ただしい展開の中で爆発に巻き込まれることなく逃げおおせるなんて、最初から逃げることを企んでいないと不可能だろう。

 シユエトはずっと、この戦いに逃げ腰だったのかもしれない。
 彼はサソリの毒にも犯されていないから、逃げようと思えば、いつでも逃げられたことは事実。

 でもアンボメを移動させるよう要求してきたのは、シユエトだ。だからシユエトも、彼女を追ってダンテスクのもとに赴いているのかもしれない。

 (アンボメもシユエトも無事。だとすれば、彼らは囚われの私を助けに来てくれるかもしれない。私は救出を待つべきなの? それとも・・・)

 「ダンテスクという男に会いに行く前に、サソリの解毒剤を探さなければいけない。さもないと僕も君も、もうすぐ死ぬ」

 敵の魔法使いが言ってきた。

 「え? わ、私も救ってくれるの?」

 ブランジュはそう言って、すぐに後悔した。また自分が早とちりしたと思ったのだ。
 改めて考えてみると、敵の魔法使いのその言葉に、そんな意味は込められていないかもしれない。
 しかし、彼の口調には、そのような意志が感じ取れた。少なくともブランジュはそう思ってしまった。

 「そこで解毒剤が見つかれば、君の命も救おう。ついでだからね」

 「そ、そう」

 「僕は頭痛持ちでね、行きつけの薬屋がある。かなり優秀な薬師さ。もしかしたら、そこで薬が手に入るかもしれない。まず、これからそこに行こう」

 敵に情けをかけられるなんて、とんでもなく恥ずかしいことだ。ブランジュはこの相手を殺そうとしていたのである。彼の申し出を素直に感謝している場合ではない。

 (情けは無用よ、ぴしゃりとそう言うべきだ。いや、そんな馬鹿正直な行動に出る必要はない。嘘の情報を教えて、解毒剤だけ貰い受けて、まずこの毒をどうにかしてから、改めて彼に戦いを挑むか、逃げるかすればいいだけ)

 しかし一方で、ブランジュはこんなことも思った。シユエトは自分を見捨てて逃げた可能性もある。
 いや、むしろそっちの可能性が高い。ダンテスクだって何のアドバイスも寄こしてこない。どうして自分だけが、最後まで任務を全うしなければいけないのか? 

 (しかも、この戦いは正義のための戦いとかじゃなくて、この魔法使いから塔の主の権利を奪うための戦いだった。私はそんなことのために利用されていたのだ)

 「君の命を救おう。だけどその代わり、少し僕に協力してくれ」

 戸惑っているブランジュを気にする素振りもなく、敵の魔法使いは言ってきた。

 「協力?」

 「そうさ。えーと、まず」

 敵の魔法使いが突然、ブランジュの髪の毛を優しく撫でてきた。

 え? 
 彼女はあまりに予想外の出来事に、激しく狼狽した。
 彼はブランジュの髪の毛を撫でつけるだけではなく、その束を手に取って、優しい手つきでフワリとかき上げて来る。

 「ちょっと、な、何するつもりなのよ!」

 何とか狼狽から立ち直り、ブランジュは断固とした口調で言った。
 若い男だ。同じ年、もしかしたら自分よりも年下かもしれない。こんな男に玩ばれるつもりはない。
 もちろん、年上ならばいいというものでもないが、年下にこんなことをされるのは、尚更腹が立つ。

 「少し静かにしてくれないか」

 しかし魔法使いはそう言って、厚かましいことにブランジュの唇に人差し指を押し付けてくる。
 このまま黙っていたら、この若い男は調子ついて、どこまでブランジュの身体を触ってくるかわかったものではない。

 「た、確かにあんたに命を救われたわ。で、でも私は」

 ブランジュは迫ってくる男の身体を必死に押し返しながら言った。

 「もしかしたら僕たちは、サソリの毒で死ぬかもしれないんだ。これが最後かもしれない」

 ブランジュを見つめるでもなく、どこか他所に視線を彷徨わせながら、魔法使いは彼女の肩、そして胸の辺りを、撫でるように触ってきた。

 「ちょ、ちょっと!」

 (な、何を考えているのよ、この男は!)

 ブランジュはあらん限りの力で、迫ってくる男に抵抗する。
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