私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第四章 1)アリューシアの章

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 敵の軍勢が散り散りになって引き上げていく。アリューシアはその光景を一生忘れることはないだろう。
 それは何かの奇跡を見ているようだった。山が折れ曲がったり、川が浮き上がったり、星が落下してきたりするのと同じ種類の奇跡。自然の法則を大胆に裏切る、決して起こりえない出来事が眼前で展開したのである。

 しかしその奇跡を起こしたのは神ではない。彼女の兄のアラン。そして彼が率いたわずか五百の兵。
 それと、どこからかやってきたあの魔法使い。

 今、全ての城壁が開け放たられている。敵の首が突き刺さった槍先を誇らしげに掲げて、兵たちが帰ってくる。
 兵士たちは長い戦いに疲れ果てているに違いないが、それ以上に勝利の興奮と生き残ることが出来た安堵感で高揚しているようだ。その足取りと表情は軽い。

 兵士たちが興奮しているのと同じくらい、兵士たちを迎えるほうもまた興奮していた。
 多くの者が城壁に立って、花や花弁を投げながら、歓喜の嬌声を上げていた。
 庶民であろうが豪族であろうが、女性であろうが男性であろうが関係ない。
 ボーアホーブ家に仕える者たちも、そしてボーアホーブ家の領地に住む領民たちも、皆、狂ったようにアランの名前を叫んでいた。
 馬上でアランが歓声に応える。

 その隣を、あの魔法使いも馬に乗って並走していた。アリューシアはその姿に釘付けになっていた。
 領民たちは、その魔法使いに対しても歓声をもって迎えた。
 どういった経路で噂になったのかアリューシアにはわからなかったが、この劇的な勝利の影に魔法使いがいることは、あまねく知れ渡っていたようだ。
 魔法使いはローブを深くかぶり、自分への歓声を涼しげな表情でやり過ごしている。

 ボーアホーブ家の領主であるアリューシアの父も、帰ってくる兵士たちをバルコニーで出迎えながら喜び咽んでいた。
 さらさらと涙を流す父の横顔を、アリューシアはそっと見上げる。

 「これで我がボーアホーブ家は救われた。何とか先祖に顔向けが出来る」

 父はうわ言のように、何度もそうつぶやいている。
 ボーアホーブ家が破滅寸前まで追い込まれたのは、父が緒戦の戦いから敗れ続けたことが原因である。
 それに責任を感じているのか、以前とは比べようもないくらい年老いてしまったとアリューシアは思う。
 そして逆に、ボーアホーブ家の危機を救った兄のアランは、見違えるように逞しくなっている。
 重臣たちや領民たちもきっと、同じような判断に違いない。

 「父上、どうやら嬉しい報告が出来るようです」

 軽快に階段を駆け上り、兄のアランがバルコニーに登ってきた。

 「ギャラック家の軍勢を我が領土から追い払うことに成功しました。明日にはオルドルペル金山にも軍勢を派遣します。まだ予断は許しませんが、戦況が逆転したのは明らか」

 「ああ、よくやった、我が息子よ、いや、ボーアホーブ家の領主よ」

 その父の言葉に、臣下たちが一斉にざわついた。
 アランがボーアホーブ家を継ぐことは当然のことであった。
 アランの他に男の兄弟はいないし、アリューシアの姉たちも領主の器ではない。飛び抜けて優秀な臣下もいないし、野心的な身内もいない。
 しかしその事実を、父が家臣たちの前で明言したのはこのときが初めてであった。

 その言葉を聞いた誰もが、息を飲んだ。そしてアランの返事を待った。
 領主の座を譲るということは、当然、その絶大な権力を手放すということである。アリューシアの父がその座を退くにはまだ若過ぎる。
 アリューシアの父がそのよう気になったのは、敗戦が続いて弱気になったからに過ぎない。
 そして遠慮深いアランが、今このタイミングで父に引導を渡すとも思えなかった。

 「このアラン、命に替えても、このボーアホーブ家を守ってみせます!」

 だからアランがそうはっきりと返事をしたことに臣下たちは驚いた。
 アランはまだ若い父を引退に追い込むわけである。あの優しいアランがそのような厳しい判断を下すとは誰も予想していなかったのだ。
 しかしその断固とした迷いのない返答に、臣下たちが感動したことも事実だった。
 この先、ボーアホーブ家を守っていけるのはアランしかいない。彼らはそう胸を熱くしただろう。

 この日は、ボーアホーブ家が存亡の危機から免れた日であると同時に、新たな領主が誕生した日でもあった。
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