薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

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三章 バラの香に囚われて

仕込まれた理不尽

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 何も答えない俺の両肩を、正面からヒューゴが力強く掴んでくる。

「なぜミカルを助けたいと思われるのですか? 捕らわれていた間に、情を交わしたとでも? 体どころか心まで許されたと……っ」

 あまりに必死なヒューゴの形相に、思わず俺は息を詰まらせる。
 ビクトルの体内に放たれたであろう、クウェルク様の精を嗅ぎ取ってしまう鼻。つまりは俺の匂いも嗅ぎ取ってしまったのだろう。

 繋がってしまったことは隠せない。しかし俺の口からヒューゴにそれを告げるのは、どうしても躊躇ってしまう。

 俺にぶつけてくる視線が、ただ憤っているだけのものではなかったから。

 ヒューゴの思いが、肩を掴み続ける大きな手から伝わってくる。
 なぜ今まで自分に、その心を許してはくれなかったのだ――と。

「まずは一旦ここを離れるぞ。話はそれからだ。カナイよ。味は悪いだろうが、そこに転がっている不届き者どもから血をもらっておけ。少しは薬にやられた体が楽になるだろう」

 クウェルク様の指示に俺は鈍く頷き、足元に転がっている血まみれで瀕死の退魔師の腕を掴む。

 袖を下ろして脱力した腕を露わにさせ、牙を立てる。
 肌を破った直後、口の中へ血の味が広がっていく。

 ――なんて生臭い。まだ辛うじて息があるというのに、まるで腐り切った果肉を口にしている気分だ。

 なんだこれは?……駄目だ。耐えられない……っ!

 俺は咄嗟に口を離し、吸い出した血をすべて吐き出す。
 その場にいる誰もが驚き、俺に目を向けた。

「カナイ様っ、大丈夫ですか?! まさか血に毒が――」

 血相を変えるヒューゴへ俺は首を振る。

「違う。これはただの血だ……なぜだ……?」

 手の甲で口回りを拭いながら、自分の頭を懸命に働かせる。

 考えて、考えて、ふとミカルの血の味を思い出す。
 芳しいバラの香気を含んだ、体の芯まで溶けてしまうような甘み。

 舌がその味を思い浮かべた途端、全身が疼いて震え出してしまう。
 ああ、なんてことだ。俺は――。

「……クウェルク様。どうか私を捨て置き、同胞たちの元へ向かわれて下さい」

「なんだと?」

「私の体は、もうミカルの血以外は受け付けられないようです……彼が亡くなれば、私も生きてはいけないでしょう」

 ミカルは俺を絶対に離す気がなかったのだ。
 自分の血にバラの香気を宿していたほどだ。ミカルの血だけしか求められない体にするよう、血に細工をすることもできたと考えるしかない。

 ミカルよ。お前が俺に理不尽を与えるというのか。

 ふと、俺は口元を緩める。
 ……アイツからの理不尽なら受け入れてやれる。最初に理不尽を運んできてしまったのは俺のほうだ。ミカルは俺に仕返す権利がある。

 俺は立ち上がり、取り返した愛剣を腰に挿す。
 そして目を見張ったまま固まったヒューゴの肩を叩いた。

「クウェルク様を無事に同胞たちの元へ……頼んだぞ、ヒューゴ」

「カナイ様……っ!」

 首を横に振りながら俺の名を呼び、引き止めようと伸ばしたヒューゴの手から、俺は前に進んで避ける。

 今の俺にとっての毒を口にして吐き出したせいか、薬の効果が少し薄れたらしい。
 身動きが取りやすくなったのを感じ、俺は床を蹴って駆け出した。

 クウェルク様は、もう俺を引き止めはしなかった。
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