世界中が殺しに来る

蛇崩 通

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<第一章 第3話 ヤクザが長ドスで殺しに来た>

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   <第一章 第3話>
 右足を後方に退くのと同時に、左の手刀をたたき込んだ。相手の右手首に。
 次の瞬間、左手で相手の右手首をつかんで引き寄せつつ、右の掌底しょうていをたたき込んだ。相手のアゴに。
 一撃で、失神した。操られた不良少年が。
 路上に落ちたバタフライ・ナイフをすぐさまひろうと、道路脇の排水溝に向かって放り投げた。グリップの底が真下になるように。
 うまく入った。格子状のふた隙間すきまに。ナイフは、排水溝に飲み込まれて消えた。
 不良少年が、立ち上がろうとした。
 だが、真っ直ぐには立てない。脳震盪のうしんとうのせいだ。
 右の前蹴りを蹴り込んだ。不良少年のみぞおちに。
 一メートル近く吹っ飛び、尻もちをついた。
 不良少年が、のたうち回った。
 人形使いに操られることで、スピードは速くなっていた。
 とはいえ、もともとの肉体の限界を超えることは、ないようだ。
 また、肉体の頑強さが強化されることも、ないようだ。
 ミコが、声をかけてきた。
 「さあ、行きましょう。次が来ないうちに」
 登り坂を駆け上がろうとしたときだった。
 空間が、振動した。一瞬だけ。
 その直後、少女たちの悲鳴が聞こえた。
 坂の下のほうだ。
 少年たちの怒号も聞こえる。
 「誰か警察を呼べ!」
 「駅前交番へ行け!」
 そうした怒鳴り声が聞こえる。
 駅前交番から現在の地点まで、徒歩五分くらいだ。登り坂で。下り坂なら、もっと早い。走って駅前交番まで行けば、交差点の信号待ちを入れても、二分もかからない。
 男女の学生たちが、ふたたび波が退くように、左右に移動した。
 ヤクザが現れた。長ドスを手にしている。刃渡りは、七十センチから八十センチメートルくらいか。
 「仕込んだのね。人形使いが」
 ミコが、そうつぶやいた。
 その意味を、すぐに理解した。
 人形使いは、ヤクザをだまして長ドスを持たせ、この場所に連れてきた。脅したいヤツがいるから長ドスを持参してくれ、などと言ったのだろう。
 だが、現場に標的が現れたら、ヤクザの意識を奪って操り、標的を斬り殺す。その後、殺人事件の犯人として警察に逮捕されるのは、ヤクザだけだ。
 「行きましょう。今のサトルは、素手でしょ。が悪いわ」
 ミコのその言葉に、無言で同意した。
 素手で長ドスを相手に戦うのは、危険だ。しかも相手は、人形使いに操られることで、肉体の限界までスピードが増すのだから。
 坂道を登り始めた直後、ミコがサトルの手を引っ張った。
 「こっちよ」
 ミコは、細い脇道へ入るようにうながした。
 「その道は、行き止まりだ」
 「ええ、知ってるわ」
 なるほど、そういうことか。
 細い一本道に入れば、相手は、左右に回り込むことができない。そのうえ、左右はコンクリート塀のため、長ドスを水平に振るうのも難しい。水平に振るえば、刃先がコンクリート塀に刺さってしまう。よって、相手の攻撃は限定される。
 細い脇道に入って五メートルほどで、歩を止めた。左右は、高さ二メートルを超えるコンクリート塀だ。
 ミコが尋ねてきた。焦りの表情を浮かべて。
 「なにしてるの。早く逃げましょう」
 「ここで、迎え撃つ」
 ヤクザが、現れた。細い脇道に。
 「五歩、後方に後退して」
 意を決した表情で、ミコが答えた。
 「わかったわ。サトルを信じる。すでにもう、あなたにけてるから。あたしの命も、この世界の命運も」
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