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960. 姫は『巻き込まれる』らしいです
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960. 姫は『巻き込まれる』らしいです
秋の『姫宮ましろアワー』が終わり、各期生のキャンプ動画も配信され、大型企画を無事に終えることができ、月日は流れ11月某日。
冷え込みが増してきた外の空気とは打って変わって、事務所の中は空調が効き、いつも通りの忙しい日常が流れている。ディスプレイの光が顔を照らすデスクに座り、オレは先ほど終わったCGSの案件の会議で出たフィードバックをまとめながら、担当の美冬ちゃんの来月のスケジュール調整の最終確認を行っていた。
来月はクリスマス、すたライがある。そして、元旦。本当に1年はあっという間だよな。カレンダーの数字を追ううちに、時間の流れの速さを痛感する。とりあえず、この辺りにして帰って明日の朝配信の準備でもするか。
「あの、神崎先輩」
オレがそんなことを考えているとすぐ隣のデスクに座る高坂さんから声をかけられる。その声はいつになく、どこか戸惑いを含んでいるように聞こえた。
オレは手を止め、顔だけを彼女の方に向ける。
「ん?どうかした?」
高坂さんは、口元に人差し指をあてて「しーっ」という仕草をしてから、視線をオレの斜め後ろ、事務所の入り口に近い一角へと向けた。
「あれ……見てください」
オレは高坂さんに言われ、その視線の先を追った。そこに見えたのは、今年の春に入社したばかりの新人マネージャー、川口さんだ。
彼女は時折ため息をつきながら、デスクに広げた資料の山を前にして、完全に上の空だった。
右手には握ったままのボールペンがあるが、紙に向かう気配はない。焦点の合わない目は、ディスプレイでも資料でもなく、デスクの一点、あるいは宙を彷徨っている。
時折、ハッとしたように我に返り、マウスに手を伸ばしかけるのだが、すぐに動きが止まり、また深い溜息をついてしまう。
まるで彼女の意識だけがこの場に存在せず、どこか遠い場所に飛んで行ってしまっているかのようだ。マネージャーの業務に追われて疲れ切っているというよりも、何かしらの重い思考に囚われ、手元の作業に集中できていない様子がありありと見て取れた。
「最近、あの調子なんですよ文華ちゃん」
「確かに、さっきのCGSの案件の打ち合わせの時も織田さんに注意されてたな。でも、仕事はきちんとこなしてるんじゃないのか?桃姉さんも特に何も言ってなかったし」
チーフマネージャーである桃姉さんが何も言っていないなら、業務上のミスはないのだろう。新人とはいえ、彼女は真面目だ。だが、この精神的な負荷は無視できないのも事実ではある。
「心配ですよね。何か悩み事があるのかな?」
「高坂さん、先輩なんだから聞いてあげたらいいんじゃない?」
「神崎先輩は心配じゃないんですか?」
「え?そりゃ心配だけど……」
オレがそういうと、「そうですよね」と言って高坂は席を立ち上がり、川口さんの元へ向かう。
「文華ちゃん」
「あ。陽葵先輩。どうしました?私、何か頼まれてました……?」
「ううん。文華ちゃん早番でしょ?もう終わりだよね?これから、夕飯を神崎先輩と一緒に食べに行くんだけど、一緒にいかない?」
……え。高坂さん?オレは思わず、「おい、待て」と声に出しかける寸前で口を閉ざした。高坂さんは背を向けたまま、こちらに一瞥もくれない。まるで、最初からオレがその誘いに含まれていることが決定事項であるかのように、自然な流れでオレを巻き込んだ。強引すぎるぞ高坂さん……
「でも……お邪魔ですし……」
「そんなことないよ。ね?神崎先輩?」
高坂さんは、ようやくオレの方に半身を向け、キラキラとした笑顔を向けた。その目は「ここで空気を読まないなんて許しませんよ」と訴えかけている。
「あ、ああ、もちろんだよ」
オレは、慌てて声を出す。声が少し上ずってしまったのは、自分でもわかっている。
「それなら……お2人の先輩に少し相談したいこともあったので。で、でも……どこに行くんですか?」
「駅前のビルの地下にある居酒屋さんでいいかな?料理も美味しいし、静かな個室もあるから、ゆっくり話せる。私も香澄さんに連れてってもらったんだよ。それで奢ってもらったw今日は神崎先輩の奢りだからw」
オレの奢りなのか?それはいいけど。こうしてオレたちは新人マネージャーが抱える「重い思考」の正体を確かめるべく、賑やかな居酒屋へと向かうことになった。
秋の『姫宮ましろアワー』が終わり、各期生のキャンプ動画も配信され、大型企画を無事に終えることができ、月日は流れ11月某日。
冷え込みが増してきた外の空気とは打って変わって、事務所の中は空調が効き、いつも通りの忙しい日常が流れている。ディスプレイの光が顔を照らすデスクに座り、オレは先ほど終わったCGSの案件の会議で出たフィードバックをまとめながら、担当の美冬ちゃんの来月のスケジュール調整の最終確認を行っていた。
来月はクリスマス、すたライがある。そして、元旦。本当に1年はあっという間だよな。カレンダーの数字を追ううちに、時間の流れの速さを痛感する。とりあえず、この辺りにして帰って明日の朝配信の準備でもするか。
「あの、神崎先輩」
オレがそんなことを考えているとすぐ隣のデスクに座る高坂さんから声をかけられる。その声はいつになく、どこか戸惑いを含んでいるように聞こえた。
オレは手を止め、顔だけを彼女の方に向ける。
「ん?どうかした?」
高坂さんは、口元に人差し指をあてて「しーっ」という仕草をしてから、視線をオレの斜め後ろ、事務所の入り口に近い一角へと向けた。
「あれ……見てください」
オレは高坂さんに言われ、その視線の先を追った。そこに見えたのは、今年の春に入社したばかりの新人マネージャー、川口さんだ。
彼女は時折ため息をつきながら、デスクに広げた資料の山を前にして、完全に上の空だった。
右手には握ったままのボールペンがあるが、紙に向かう気配はない。焦点の合わない目は、ディスプレイでも資料でもなく、デスクの一点、あるいは宙を彷徨っている。
時折、ハッとしたように我に返り、マウスに手を伸ばしかけるのだが、すぐに動きが止まり、また深い溜息をついてしまう。
まるで彼女の意識だけがこの場に存在せず、どこか遠い場所に飛んで行ってしまっているかのようだ。マネージャーの業務に追われて疲れ切っているというよりも、何かしらの重い思考に囚われ、手元の作業に集中できていない様子がありありと見て取れた。
「最近、あの調子なんですよ文華ちゃん」
「確かに、さっきのCGSの案件の打ち合わせの時も織田さんに注意されてたな。でも、仕事はきちんとこなしてるんじゃないのか?桃姉さんも特に何も言ってなかったし」
チーフマネージャーである桃姉さんが何も言っていないなら、業務上のミスはないのだろう。新人とはいえ、彼女は真面目だ。だが、この精神的な負荷は無視できないのも事実ではある。
「心配ですよね。何か悩み事があるのかな?」
「高坂さん、先輩なんだから聞いてあげたらいいんじゃない?」
「神崎先輩は心配じゃないんですか?」
「え?そりゃ心配だけど……」
オレがそういうと、「そうですよね」と言って高坂は席を立ち上がり、川口さんの元へ向かう。
「文華ちゃん」
「あ。陽葵先輩。どうしました?私、何か頼まれてました……?」
「ううん。文華ちゃん早番でしょ?もう終わりだよね?これから、夕飯を神崎先輩と一緒に食べに行くんだけど、一緒にいかない?」
……え。高坂さん?オレは思わず、「おい、待て」と声に出しかける寸前で口を閉ざした。高坂さんは背を向けたまま、こちらに一瞥もくれない。まるで、最初からオレがその誘いに含まれていることが決定事項であるかのように、自然な流れでオレを巻き込んだ。強引すぎるぞ高坂さん……
「でも……お邪魔ですし……」
「そんなことないよ。ね?神崎先輩?」
高坂さんは、ようやくオレの方に半身を向け、キラキラとした笑顔を向けた。その目は「ここで空気を読まないなんて許しませんよ」と訴えかけている。
「あ、ああ、もちろんだよ」
オレは、慌てて声を出す。声が少し上ずってしまったのは、自分でもわかっている。
「それなら……お2人の先輩に少し相談したいこともあったので。で、でも……どこに行くんですか?」
「駅前のビルの地下にある居酒屋さんでいいかな?料理も美味しいし、静かな個室もあるから、ゆっくり話せる。私も香澄さんに連れてってもらったんだよ。それで奢ってもらったw今日は神崎先輩の奢りだからw」
オレの奢りなのか?それはいいけど。こうしてオレたちは新人マネージャーが抱える「重い思考」の正体を確かめるべく、賑やかな居酒屋へと向かうことになった。
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