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55. Anotherstory.4 ~【雪月花と線香花火。そして花芽吹く時】衣吹視点~

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55. Anotherstory.4 ~【雪月花と線香花火。そして花芽吹く時】衣吹視点~



 重苦しい雰囲気がこのリビングを包み込む。正直怖いけど、凛花ちゃんがこのままじゃ可哀想……。好きな人には幸せになってほしいし、余計なお節介かもしれないけど、私は我慢出来ない。

「とりあえず。そこに座って?それで私に何の話かしら?」

「言わなくても分かりますよね?凛花ちゃんの話です。小鳥遊先輩は凛花ちゃんと付き合ってるんですよね?」

「それがどうかしたのかしら?」

「なら、別れてもらえませんか?このままじゃ凛花ちゃんが可哀想です。」

 私がそう発言すると小鳥遊先輩はそのまま冷静な顔つきで私に言い放つ。

「やっぱり。それで自分が付き合いたいって?」

「今の小鳥遊先輩よりは私の方がマシです。」

「……へぇ。あなたも結構言うわね。でも、残念だけどそれは無理よ。凛花は私の彼女だから。」

「知ってます。でも……小鳥遊先輩は凛花ちゃんの事を本当に好きなんですか?」

 私のその言葉を聞いた瞬間、小鳥遊先輩の雰囲気が変わった。まるで別人のような冷たい目線で私を見つめてくる。そして、ゆっくりと口を開く。

「あなた。何が言いたいの?そういう回りくどいのは嫌いなんだけど?」

「……私、昨日凛花ちゃんとエッチしようとしました。結局やめました。でもあのままなら出来た。凛花ちゃんは不安なんです。あなたが『一緒』にいないから……」

 そこまで言った時だった。いきなり小鳥遊先輩の手が伸びてきて、私の頬を思いっきり叩いた。突然の出来事だったので反応出来ずに、そのまま床に倒れてしまう。ジンジンとした痛みを感じる中、私は起き上がって小鳥遊先輩の顔を見た。小鳥遊先輩は涙を浮かべながらこちらを睨んでいる。

 でも……私は凛花ちゃんに……好きな人に幸せになってほしいから……。そして小鳥遊先輩の気持ちも痛いほど分かるから。

 私は起き上がり小鳥遊先輩の頬を叩く。さっきの小鳥遊先輩みたいに思いっきり。バチーン!といい音がリビングに響き渡る。

「お返しです……。」

「あなた……凛花に手を出すのをやめなさいよ。本当に気に入らない……。」

「嫌です。絶対に嫌です。今のままなら私はやめません!」

「あなたいい加減に……」

「【雪月花】……」

 私の言葉に小鳥遊先輩は一瞬驚いたけど黙り込んでしまう。きっと、私の言いたいことに小鳥遊先輩は気づいたのだと思う。私は続けて話す。

「私……あの【雪月花】が気になって読みたくて探したんです。私の境遇にとても似ていたから。でもなかなか見つからなかった。誰かが意図的に消したとしか思えませんでした。」

「…………。」

「でもなんとか調べたら、この作品しか出していない作家さんだと分かりました。その名前は小鳥遊結愛。小鳥遊先輩の事ですよね?」

「だから何だっていうの……?」

 そう言って小鳥遊先輩は下を向いてしまった。多分バレた事に動揺しているんだと思う。だから私はそのまま話を続けることにした。

「凛花ちゃんのために極力、外では会わないんですよね?周りの目があるから。でも凛花ちゃんはそれを望んでいない。小鳥遊先輩は逃げてるだけです。」

「もういい!これ以上聞きたくない!!」

 小鳥遊先輩はその場で泣き崩れる。そんな小鳥遊先輩を見て心が痛む。それはその姿を自分と重ねているから……イジメられて不登校になったころの自分と。

 でも……これが凛花ちゃんのためになるはずなんだ。だって私は凛花ちゃんが好きだから。

「私も小鳥遊先輩と同じだから……だから勇気が持てなかった。今なら分かります。【雪月花】の主人公は想いを伝えなかったんじゃない……伝えることができなかったんですよね?」

「……そうよ。私には出来なかった。怖かったの。あの子を傷つけてしまうのが……」

「小鳥遊先輩の気持ちはすごくよくわかります。でも凛花ちゃんは違います。凛花ちゃんは本当に小鳥遊先輩が自分のことを好きか不安なんです。」

 小鳥遊先輩は何も言わずに泣いている。ただ静かに涙を流していた。そんな姿を見て、私は思わず抱きしめてしまった。凛花ちゃんが傷ついて欲しくない。泣かないで欲しい。幸せになってほしいから。そしてそれは小鳥遊先輩も……だから私は……。

「……小鳥遊先輩。凛花ちゃんが待ってます。早く迎えに行ってあげてください。私じゃダメなんです」

「……っ!?」

「凛花ちゃんは小鳥遊先輩を信じています。でも信じきれないんです。……大丈夫です。凛花ちゃんは小鳥遊先輩が好きですから。」

「……あなたが【雪月花】を考察したように……私もあなたのように勇気を持てれば……」

 そう言って小鳥遊先輩はゆっくりと立ち上がり、私の方を振り向く。その表情は先程までの弱々しい顔ではなく、いつもの凛とした綺麗な小鳥遊先輩に変わっていた。そして小鳥遊先輩は口を開いた。

 ―――ありがとう。

 そう一言だけ私に告げると、玄関に向かって走り出した。きっと凛花ちゃんの元に駆け付けに行ったのだろう。

 私はその背中を見送る事しかできなかった。

 周りは私のことを勉強も運動も出来て完璧超人。モテて羨ましいと言ってくるけど、そんなことない。自分の気持ちを抑えることができない、本当に好きな人を困らせるワガママで弱くて最低な人間だ。

 これで良かったのか分からない。凛花ちゃんには好きな人と一緒になって幸せになってもらいたい。

 だから後悔はしてない。これからどうなるかはわからないけど、私は凛花ちゃんが幸せならそれが一番だから。
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