ルート学園

マサヤ

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始まり

06

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「どうぞ」

 カチャリ、とガラステーブルの上に置かれたティーカップに視線を落とす。

 ほわほわと白い湯気をたちのぼらせるルビー色の液体は、なんの変哲も無い紅茶・・・・・・だよね?

「落ち着かれましたか?」

 淡々と抑揚のない声が頭上から落ちてくる。それに「まぁ……一応」と曖昧な返事を返しながら、せっかくいれてくれたんだし、とカップに口付けた。

 あのあと、あの変t……いやいや、阿蘇さんは授業があるからと部屋を出ていき、残ったのは私と茶々さんの2人のみ。

 空を仰げる大きな窓。書籍の沢山収められた扉付きの本棚。20畳以上はあろう広い広い部屋に2人きりなのだ。そりゃもう居心地が悪いの何のって。

 とりあえず阿蘇さんが出ていった後、ここがどこなのかは茶々さんから聞くことが出来た。

 東京から車で2時間。田園風景(ただの田んぼだらけの風景ともいう)の広がる場所に建てられたこの建物は、下は幼稚舎上は大学院まで併設された私立の学園なんだとか。

 主には、ルートプロダクションという芸能事務所がアイドルや歌手、俳優に声優と言った次代に続く人材を育成する為に設立した学園とのこと。

 なんで私がそんな所へいきなり連れてこられたのか・・・・・・それだけは何故かまだ説明してもらえてない。阿蘇さん本人から聞けって、頑として譲らないのこの人。

 と、いうか。

「勝手に連れてきておいてほっぽり出して授業に行くから留守番してろとか……ちょっと勝手すぎなんじゃないの?」

「それは仕方がありません。日和さんはまだ高校生ですからね。それにこの学園の理事長でもあります。いくら夜間学科と言え一単位でも落とせば彼の沽券にかかわります」

「高校生で会社とか学校を経営してるとか…………」

 世の中にはいるのねえ、そんな奇人変j……いやいや。

「でも、なんであんな格好を?」

 うちに訪ねてきた時の阿蘇さんの格好。ピンクのブラウスに白の丈の長いマキシスカート。つばの長いソフトハットの出で立ちはどこぞのお嬢様かと思ったくらい。茶々さんは茶々さんで私が見ても分かるくらいお高いスーツ着込んでるし・・・・・・確かこれマックリュースっていう1着ン万円するブランドだったはず。

「最初は可愛らしい女の子だなぁって思ってたのに見事に裏切られたわ。まさか中身はただの女装趣味の変態男だったなん・・・・・・「誰が女装趣味の変態男だ」

 言い切る前に頭上に落とされた手刀に「いたっ」と悲鳴を上げる。ギロリと後ろを振り向けば、この学園の制服であろうクリーム色のブレザーを着込んだ阿蘇さんが立っていた。

「貴方ねえ。いきなり後ろから人の頭叩くなんてそれが歳上に対する態度なの!?」

「ほぉ~。なら言わせてもらうが、理由も聞かずに人を変態と言い切るそんな人は到底歳上とは思えませんけど?」

 はぁ~!?

 カーンッと遠くから聞こえたガチンコにガタリと立ち上がりかけたけれど、茶々さんにポンッと肩を掴まれる事でその動きを留められてしまう。

「貴方ねえ・・・・・・っ」

「はいそこまで。日和さん、言い合いする為に彼女をここまで連れてきたんですか? 違うでしょう。この後目を通していただきたい書類が山ほどあるんです。無駄な時間を過ごす暇なんてありませんよ」

 言いながら私の座っていたソファーの後ろ側。ちょうど入口の扉と向き合う形に置かれた執務机の上にキチッと重ねられて置かれた大量の紙を指差す。

「なんか昨日より増えてないか、あれ」

「そりゃ貴方がどこで何をしていようとも会社は動いてるので当たり前かと」

「ですよねー……」

 ハハハ、と乾いた笑みをもらしガックリと項垂れる阿蘇さん。その姿に私も拍子抜けして、倒れる様にソファーへと腰を落ち着かせた。

「改めまして。ここに連れてきた理由ですけども」

「ええ」

「まぁ簡単に言えば人身売買?」

「人身売買!?」

 素っ頓狂な声をあげれば「最後まで聞け」と諭される。

「悪く言ってね」

「じゃあよく言ったらなんなの?」

「山梨清太郎さんの連帯保証人、と言えばわかりやすいかな」

「なんですって……?」

 彼の口から出た名前に、私の眉間に深々と皺が刻まれる。

「あんたの父親、山梨清太郎の連帯保証人なんだよ僕は。まぁ正しくは僕の経営する会社が、だけどな」

「ちょっと待って。確かに父の名前は山梨清太郎よ。けど借金の連帯保証人って・・・・・・?」

 父は一本気というか昔気質というか昭和の頑固親父っていうか。酒もタバコもギャンブルも一切やらない人だった。

 ひたすら祖父母から受け継いだ技術を高めることだけに勤しんでた。だからそんな父が思い出の詰まったお店を売りさばいたなんて最初は信じられなくて……。

 でもそれ以上に……。

「これが借用書」

 ぺらり、と眼前に広げられた紙をひったくると、マジマジと覗き込む。そこには

株式会社ルート 殿

借用書

 私 山梨清太郎 は、下記条項を遵守し、以下の金額を平成○○年 ○月 〇日から平成△△年 △月 △日まで借り入れます。?
 
     借入金額 ¥10000000-








「いち、じゅう、ひゃく……」

 書かれていた金額のゼロを指差し数えてみる。

「せん、まん、じゅうまん……」

 最後のゼロを数え終わる前に、ふらりと頭を抱え綺麗に磨かれたテーブルの上へ突っ伏した。

「~~~っじらんない、何考えてんのよあのクソ親父……っ」

 ギリギリと書類を握りつぶした拳をドンッとテーブルに叩きつける。

 あたし達を置いて出てった挙句家まで売り捌いてしかも借金まで!? どこまでふざけんのよ!!

「ちなみにですが、ここ半年程山梨氏とは連絡がとれません。今捜索はしているのですがまだ見つかったという連絡がないのでまぁ海外にでも逃亡なさってるのではないかと」

 抑揚の薄い口調でおかわりのお茶をカップへと注ぐ茶々さんの胸倉をぐぁばっとつかみあげると、これでもかと前後にゆらしてやる。

「なんとしてでも見つけて! そんで殴らせて! 1発? いいえ100発殴ったって気が済まないわあの親父ぃっ」

 今まで真面目一徹でやってきたんだもの。きっと気晴らしがしたかったのねなんてお母さんは笑うけど、そ~ゆう問題じゃなかった。

 千歩譲って行方不明まで許せるわ。でも借金、ですって?

「これ、って。ちなみに担保って……」

 1億なんて借金に無担保なんて流石にないわよね。

 恐る恐るそう訊ねた私に、ピタリと茶々さんと阿蘇さんの動きがとまる。

 やや間があった後、2人が同時に私へと指をさしたのだ。

「わた、し?」

「はい。山梨氏は1億円を借り入れる担保に娘さんである貴女を指名されました」

「はいいいい!?」

「あ、担保っつっても別に本当に人身売買とかじゃないから。どうせ売れないだろうし年齢的に」

「余計なお世話よ! 私だってまだイケイケよ失礼ね!」

「あー、もう言う事自体ババアだから死語だからそれ」

「あんたねぇ……っ」

 もう一度鳴り響いたゴングに、今度は阿蘇さんに掴みかかろうとした私に「はいはい」と茶々さんが静止をかける。

「とりあえず、借りた本人が行方不明ならその家族へ返済のお願いをするしかありません。わかりますね?」

「そ、れは……」

「まぁ僕的には別に娘が返そうが本人が返そうがどっちでもいーんだけどさ」

「で、でも、私……」


 1億なんて、そんな大金……。


「こないだまで勤めてた会社が倒産しちゃって、しかも給料も未払いで……だから、今すぐには」


 でもこんな話お母さんに持っていくわけにもいかない。お母さんは今でもお父さんがちゃんと帰って来るって信じてるし。なのにこんな話聞かせるわけにはいかない。


「父が帰ってくるまでは私が責任を持って返済します。でも全額を今すぐには……せめて分割で。仕事もすぐに探しますから」


 だからお母さんにはこの話はしないでください、お願いします! そう言って頭を深々と下げる。

 阿蘇さんと茶々さんは暫く黙ったままそんな私を見据えた後。


「そうだなぁ。事の次第によってはその借金、チャラにしてやってもいいけど?」

「え!?」


 チャラ? チャラってなかった事にするってこと?


「まぁ僕の頼みを聞いてくれたら、だけど」

「頼み……?」


 1億円がチャラになる頼みって一体……。


「乗るか乗らないかは自由だよ。乗りたくなけりゃちまちまでも返済していきゃいい。乗るんであれば借金がチャラになる。簡単な話だ」


 乗れば借金がチャラ。乗らなければ…………。ゴクリ、と生唾を飲み込みながらギュッと両手の拳を握る。

 そんなの、考えるまでもないわよ。


「話を聞かせて」


 そう切り出せば、阿蘇さんは「そう来なくちゃな」と口元の笑みを深くした__。

 


 
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