おれより先に死んでください

星寝むぎ

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切ない日々をきみと

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 立つように促し、レジのほうへと向かう。だが今日のこれは恭生からのプレゼントだ。会計は後で済ませておくと言えば、払いたいと朝陽は渋る。

「それは朝陽が予約で来られた時にお願いしようかな」
「う……ちゃんとします」
「はは、うん。待ってる。まあ家で切るのも好きだけどな」
「俺も好き。でも美容師してる恭兄見てて、やっぱりここで切ってほしいなって思った」
「そう?」

 話をしながら外へと出る。卒業を迎える春とは言え、三月の東京はまだまだ寒い。冷えた空気に頬を撫でられながら、朝陽のネクタイを整える。

「美容師してる恭兄、かっこいいね。ドキドキした。他のお客さんたちも恭兄に見惚れてたし。まあ正直、嫉妬もしたけど」
「……マジか」
「うん」
「あー、そっか。なあ朝陽、そう見えたんだとしたら……」

 朝陽の腕を引いて、屈んでくれた耳元に口を近づける。道を行き交う人々に聞かれたって構いはしないのだが、ふたりだけで大切にしたくなることだってある。

「オレをかっこよくしてくれたのは、朝陽だよ」
「……え?」
「朝陽と付き合う前のオレはさ、理想の美容師にはまだまだ遠くて、自信がなかった。でも、朝陽とまたたくさん一緒にいられるようになって、毎日楽しくて……そしたら変われたんだ。朝陽のおかげだよ。そんなオレを朝陽にかっこいいって言ってもらえるの、なんか感動する」
「恭兄……」

 思わずまぶたが熱くなって、慌てて鼻を啜り誤魔化す。だが朝陽にはバレバレのようで、もらい泣きするかのように朝陽の瞳も潤んでしまった。

「朝陽? ごめん、移った?」
「移った……し、今言われたの嬉しすぎて、そうじゃなくても泣いた」
「はは、そっか。なんかオレたち、大人になった割によく泣くよな」
「だね」

 離れていた長い間、堪えていた苦しい思いがお互いにたくさんあった。振り返って、立ち返って、その分もめいっぱい泣いて笑って過ごしているような気がする。

 どうしようもなく恋しくて、その分だけ切なくて、それをくり返していくことがきっと愛で。
 最期の日なんて遠く遠く見えない日であれと願いながら、今を噛みしめて生きていけたらいい。
 
「じゃあ、俺、そろそろ行くね」
「気をつけてな。飲み会も楽しんでくるんだぞ」
「うん、ありがとう。恭兄も、お仕事頑張って」
「おう」

 こちらを向いたまま後ずさるように三歩進んで、それから駅のほうへと歩き出す。
 ああ、頬にキスでもすればよかったな。名残惜しくて背中を見送っていると、ふと朝陽がこちらを振り返った。

「恭兄ー!」

 大きく手を振ってくる朝陽に、恭生も振り返す。するとカメラをこちらに向け、レンズを覗きこむ様子が見えた。

「今日はさすがに撮られる側だろうに。ほんと好きなんだな、カメラが」

 肉眼では細かな表情は見えない距離まで離れているが、レンズを通した朝陽の目には見えていたりするのだろうか。なんとなくきちんと見られているような気がして、恭生は手を振り続けながらゆっくりとくちびるを動かす。

「だ、い、す、き」

 すると数秒ののち、スマートフォンがメッセージの到着を報せた。開いてみれば朝陽からで、恭生はつい吹き出して、それから両手で握って胸元に当てる。ふと見上げた空は、澄んでいて。


 まだまだ早い朝の陽光が、薄いまぶたを通る。深呼吸をすれば、体に巡るのは冷たいけれど春の匂い。

 ああ、きっと、今日という日を特別にして、いくつ歳を重ねても何度でも思い出す。そんな予感に、口の中で愛しい名前を転がした。

<俺も大好き>

 朝陽のくれたメッセージが、心いっぱいに染み渡る。毎日のように言っているのに、今だってレンズ越しに伝わったのに。早く想いを返したくなる。

 大好きだよ朝陽、愛している。

 叫び出したいほどの気持ちをぐっと堪え、恭生は店内へと引き返す。けれど、やはり耐えられずに立ち止まり、<オレも>とメッセージを返した。
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