【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜

星寝むぎ

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ヒミツとヒミツ

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「先輩、オレそろそろ行きますね」
「あ、うん」

 渡り廊下のほうへと瀬名が歩き出す。そのまま見送るつもりだったが、背中に向かってつい叫ぶ。半ば無意識だった。

「……瀬名!」
「っ、え! 先輩、今オレの名前……」

 弾かれたように瀬名が振り返る。
 なぜだろう、今そう呼んでみたくなった。桜輔に気づかないよう、瀬名の意識をしっかりと自分に向けさせたかったのかもしれない。

「……なんだよ、嫌だった?」
「……嫌なわけない、すげー嬉しい」

 瀬名は大きな手で口元を覆って、廊下へと視線を逃がしている。かわいいところあるじゃん、なんて思う自分に桃輔は静かに驚く。からかいたくなって、瀬名へと一歩近づく。

「別にお前も呼んでくれていいけど。……俺のこと、名字じゃなくて、名前で」

 名字でも問題はないけれど、笹原なのは桜輔だってそうだ。名前のほうが、呼ばれている実感がある。とは言え、言った後から居心地が悪くなってきた。

 だってこんなの、甘えているみたいではないか? 「別にいいけど」なんて言い方が、ツンデレのテンプレみたいでこっぱずかしい。時間を巻き戻せるならぜひやり直したい。徐々に消え入りそうな声になってしまった。だが瀬名は、丁寧に拾ってしまう。

「……マジすか」
「……まあ、うん」
「じゃあ……桃輔先輩?」
「……モモでいい。ダチとかもそう呼ぶし。まあ、お前の好きなほうで」
「うわー、嬉しいっす。じゃあ……モモ先輩、って呼びます」
「ん、わかった」
「やば、嬉しい。えっと、じゃあ、遅れるんで。本当に行きます」
「おう、また明日な」
「はい。あ、LINEするかもなんで、また後でって言ってほしいっす」
「ふはっ。はいはい、また後でな」

 何度も振り返る瀬名に、桃輔もその度に手を振る。つい顔が緩んでしまうのが分かって、誤魔化すみたいに片手をポケットに突っこんだ。
 部活にも委員会にも所属していないから、後輩との交流そのものが初めてだ。だから真新しい経験に、胸が浮ついているだけ。鼓動がはやくなっている理由は、ただそれだけだ。

 感情のありかを確認していると、

「モモ」

 と突然後ろから声をかけられた。桃輔は振り返るのと同時に、一歩後ろへと距離を取る。
 学校では必要以上に話しかけるなと言ってあるのに。はいはい、と軽く了承したくせに、そんな約束は知らないと言わんばかりに澄ました顔で立っている。

 双子の兄・桜輔は、そういう男だった。

「桜輔……なんか用かよ」
「さっきの一年生? 仲良さそうだったね」
「……はあ」

 ため息をつき、桃輔は渡り廊下のほうをもう一度見やる。瀬名の姿はすでにない。桜輔を見られずに済んだようだ。安堵の息が、ついこぼれる。
 とは言え桜輔にだって、瀬名の存在を知られたくはなかった。そもそも、仲がいい兄弟ではない。幼少期の頃こそいつでも一緒に遊んでいたが、徐々に生じた能力の差に劣等感ばかりを覚え、距離を置くようになった。友人や後輩のことまで、逐一話すはずがないのだ。

「桜輔に関係ないだろ、ほっとけよ」
「そんなに冷たくしなくても。なあモモ、俺はモモと……」
「もう教室入んなきゃやべえぞ」
「…………」

 桜輔の言葉を遮る。だが分かっている、桜輔がなにを言いかけたのか。子どもの頃のような関係に戻りたいのだろう。こちらにそんな気は更々ないのに。
 返事も待たずに教室のほうへと歩き出し、だがもうひと言、と思い立ち振り返る。

「桜輔」
「なに?」

 桜輔はまだ元の場所に立っていた。名前を呼んだだけなのに、嬉しそうに一音あがったトーンにむしゃくしゃする。

「お前、さっきのヤツに話しかけたりすんなよ」
「どうして?」
「どうしてもだよ」

 瀬名に関わるなよと釘を刺す。瀬名の目に映らないようにしても、桜輔のほうからアクションを取られたら終わりだからだ。

「……そう。分かった」

 先ほどとは打って変わって、声色が下がったのがよく分かる。それもまた、無性にイライラしてしまう。伏せられた目をなんだか見ていられなくて、逃げるように桃輔は自分の教室へと入った。
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