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冷たい廊下に融ける
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十二月に入った。寒さはずいぶんと厳しくなってきて、寝起きのフローリングの床につま先は丸くなる。
土曜日の九時過ぎ。昨夜もずっとギターを触っては歌詞を作って、としていたら、いつの間にか外が明るくなっていた。休日だから、たまにはたっぷり寝ようかと思いはしたのだが。夢の中でも楽曲制作をしていて、気が焦ったのか目は覚めてしまった。結局三時間ほどしか眠れていない。
喉が乾燥している感覚がする。水を飲もうと部屋を出ると、桜輔と出くわしてしまった。桜輔も隣の自室から出てきたところのようで、あまりの近さについのけ反った。
「モモ。おはよう」
「……はよ」
しまった、と思う。こんなに真正面から顔を合わせるのは久しぶりだ。親のいるところでしか会わないで済むよう、気を張ってきたのに。寝起きだからか、つい無防備に扉を開けてしまった。
起きてしまったことはもう仕方がない。さっさと喉を潤して、戻ってこよう。そう思ったのだが、
「モモ」
と引き止められてしまう。
「……なんだよ」
「目の下、隈がひどいよ」
「……ああ、うん。平気」
「平気じゃないよね。ここ最近ずっとじゃん。寝れてないの?」
「そんなんじゃねえよ、ほっとけって」
お節介を焼いてくるのが鬱陶しい。適当にあしらって、下に降りようとしたのに。歩き出そうとしたら、今度は桜輔に手首を掴まれた。思わず目を見開いて振り向く。桜輔がこんな風に強硬な態度に出てくることは、ひどく珍しい。
「え、なに」
「はあ、もう限界」
「は? なにが……」
「ほっとけってなんだよ! ……ほっとけるわけないだろ、大事な兄弟だぞ」
「っ、桜輔……」
日頃温厚な桜輔が怒っているところなんて、ほとんど見たことがない。語気もずいぶんと荒っぽくなっている。
こんな桜輔を最後に見たのは確か、小学校に上がったばかりの頃だったか。桜輔の注意にも構わず道路を走って、転んで怪我をした時。モモくんが痛いの嫌だ、と大泣きしながら怒られたことがあった。
まるであの時みたいだなと、必死な顔をしている桜輔を見て思い出す。
「……はっ、大事とか。ウケる」
でも今はもう、小さな子どもじゃない。過保護に心配をされても、と苦笑が零れる。だが桜輔の怒りは、ちっとも収まらないようだ。
「はあ……モモは本当になにも分かってない」
「なにがだよ」
「モモはさ、自分と俺を比べて劣等感を抱いてるみたいだけど」
「…………!」
図星を突かれ、思わず睨みつけた。それを桜輔に言われるのは、なによりも腹が立つ。だが桜輔は、ちっとも怯まない。
「自分が人にどう想われてて、本当はその手になにを持ってるのか。目を背けてばっかりだよな」
「……は? 意味分かんねえ」
「…………」
歯痒いとでも言わんばかりに、桜輔は自身の髪をくしゃりと握りこむ。視線を少し彷徨わせて、口を開いては噤んで。なにかを言うのを躊躇っているように見える。
「なんだよ、言えよ」
「……俺が勝手に色々言っていいことじゃないんだよ。でも……このままでいいの?」
「だからなにが」
「水沢くんのこと」
「……っ! お前……」
土曜日の九時過ぎ。昨夜もずっとギターを触っては歌詞を作って、としていたら、いつの間にか外が明るくなっていた。休日だから、たまにはたっぷり寝ようかと思いはしたのだが。夢の中でも楽曲制作をしていて、気が焦ったのか目は覚めてしまった。結局三時間ほどしか眠れていない。
喉が乾燥している感覚がする。水を飲もうと部屋を出ると、桜輔と出くわしてしまった。桜輔も隣の自室から出てきたところのようで、あまりの近さについのけ反った。
「モモ。おはよう」
「……はよ」
しまった、と思う。こんなに真正面から顔を合わせるのは久しぶりだ。親のいるところでしか会わないで済むよう、気を張ってきたのに。寝起きだからか、つい無防備に扉を開けてしまった。
起きてしまったことはもう仕方がない。さっさと喉を潤して、戻ってこよう。そう思ったのだが、
「モモ」
と引き止められてしまう。
「……なんだよ」
「目の下、隈がひどいよ」
「……ああ、うん。平気」
「平気じゃないよね。ここ最近ずっとじゃん。寝れてないの?」
「そんなんじゃねえよ、ほっとけって」
お節介を焼いてくるのが鬱陶しい。適当にあしらって、下に降りようとしたのに。歩き出そうとしたら、今度は桜輔に手首を掴まれた。思わず目を見開いて振り向く。桜輔がこんな風に強硬な態度に出てくることは、ひどく珍しい。
「え、なに」
「はあ、もう限界」
「は? なにが……」
「ほっとけってなんだよ! ……ほっとけるわけないだろ、大事な兄弟だぞ」
「っ、桜輔……」
日頃温厚な桜輔が怒っているところなんて、ほとんど見たことがない。語気もずいぶんと荒っぽくなっている。
こんな桜輔を最後に見たのは確か、小学校に上がったばかりの頃だったか。桜輔の注意にも構わず道路を走って、転んで怪我をした時。モモくんが痛いの嫌だ、と大泣きしながら怒られたことがあった。
まるであの時みたいだなと、必死な顔をしている桜輔を見て思い出す。
「……はっ、大事とか。ウケる」
でも今はもう、小さな子どもじゃない。過保護に心配をされても、と苦笑が零れる。だが桜輔の怒りは、ちっとも収まらないようだ。
「はあ……モモは本当になにも分かってない」
「なにがだよ」
「モモはさ、自分と俺を比べて劣等感を抱いてるみたいだけど」
「…………!」
図星を突かれ、思わず睨みつけた。それを桜輔に言われるのは、なによりも腹が立つ。だが桜輔は、ちっとも怯まない。
「自分が人にどう想われてて、本当はその手になにを持ってるのか。目を背けてばっかりだよな」
「……は? 意味分かんねえ」
「…………」
歯痒いとでも言わんばかりに、桜輔は自身の髪をくしゃりと握りこむ。視線を少し彷徨わせて、口を開いては噤んで。なにかを言うのを躊躇っているように見える。
「なんだよ、言えよ」
「……俺が勝手に色々言っていいことじゃないんだよ。でも……このままでいいの?」
「だからなにが」
「水沢くんのこと」
「……っ! お前……」
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