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恋を憶えたメロディ
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「なあ、本当に聴くのか?」
「聴くでしょ」
「どうしても?」
「どうしても」
「じゃあ俺帰っていい?」
「いやいや絶対ダメっす! 帰んないで」
あれから瀬名の言葉に甘えて、水沢家にあったカップラーメンを昼飯として食べた。感情がいっぱい胸に詰まっているからか、空腹は感じなかったのだが。ちゃんと腹は減っていたのだと、ひとくち食べた瞬間に実感した。スープの塩っけが沁み渡る。今まで食べたカップラーメンの中でいちばん美味しかった。
そして今は、インスタに投稿したオリジナル曲を聴く聴かない、の押し問答を瀬名と繰り広げているところだ。瀬名に聴かせるつもりは全くなかったから、正直心の準備ができていない。
「アンミツには聴いてほしいって思ってたけどさ。瀬名に聴かれるのはだいぶハズイ」
「え……なんなんすかね、この気持ち。どっちもオレなのに、アンミツに妬ける……」
「いやだってさあ~……これ、誰のこと考えながら作ったと思ってんだよ」
最後のほうは、消え入りそうな声になってしまった。だが瀬名は、それをきちんと拾ってしまう。
「え、もしかしてオレ? ……聴きます、今すぐ」
「あっ、待った! ……せめてヘッドホンにしてほしい、な?」
「……っす、借ります」
再生ボタンを今にも押そうとした瀬名の手を、最後の抵抗とばかりに慌てて止めた。もう腹をくくるしかなさそうだ。リュックからヘッドホンを取り出し、おずおずと手渡す。部屋に響かせながら自分の曲を瀬名と聴く勇気は、さすがにない。
自身のスマートフォンとの接続を完了して、瀬名がヘッドフォンを装着する。そわそわと落ち着かずにいたら、手を握られた。目線を合わせて頷いた瀬名が、今度こそ再生ボタンをタップする。
――ただ幸せを願うことが美しい愛なら、これはみっともない恋だ
――頬を赤らめて笑うのは、俺の隣がよかった
――それでも君の明日は今日よりひとつ楽しくて、美味しくて、綺麗なほうがいい
――ずっとずっと、そうだといい
歌を作ってみようと思い立った時、瀬名とはもう一緒にいられないのだと苦しさばかりでいっぱいだった。歌詞とは到底呼べない言葉たちを、ノートいっぱいに書き殴った。そこにあるのはやっぱり、後悔や喪失感ばかりだった。
ギターを弾いて、弾いて、デタラメに口遊んで。失恋して心底辛い時によく音楽なんて作れるよな、と思っていたのが、ああ、だからこそ作るのか、と感じられるようになった頃。ぐちゃぐちゃのノートから掬いあげたいと思った言葉は不思議と、ただただ好きだというシンプルなものたちだった。
好きだから一緒にいられなくて寂しいけど、瀬名がいちばん幸せなのは自分の隣がよかったけど。でもそれでも、毎日を“いい日だった”と終われる今日が瀬名にあったらいい――好きだからだ。
そんな想いをブルージーなメロディに乗せ、初めてのオリジナル曲は完成した。想いのままに唄ったら、せっかく覚えたコード進行はことごとく無視する形になってしまったけれど。どこもかしこも拙くて、人前に出すクオリティではないと分かっているけれど。今出来る精いっぱいだった。
曲が終わったのか、瀬名がそろそろとヘッドホンを外した。思わずびくりと肩が揺れてしまい、体が強張っていたことに気づく。瀬名の顔を見ることができない。
「モモ先輩」
「…………」
「こっち向いてください」
「無理」
口元を片手で覆って、ただただ床を見つめる。
「感想がいっぱいあるんですけど、それはまた後でDMします」
「……は? はは、そこはアンミツになるんだ?」
まさかの言葉に、思わず顔を上げる。
「今は胸いっぱいで、言葉にするの難しそうなんで。でも、ひとつだけ……これ、オレの曲かなって思いました」
「……ん。さっきも言ったけど、そうだよ」
「ううん、そうじゃなくて」
「…………?」
繋いでいた手がいったん解かれて、今度は指が絡んでいく。そこに瀬名のもう片手が重なった。
「先輩と離れてる間、オレもずっと、こんな風に想ってました。モモ先輩を好きなオレの気持ちを、唄ってくれてるみたいだった。なんかそれって、すげーなって」
「瀬名……」
「オレみたいに感じる人、いっぱいいると思う」
「……そう、かな」
「絶対そうです。たくさんの人に届くといいっすね」
力強い言葉が、胸の奥の奥まで落ちてくるような心地がする。甘くてくすぐったくて、なんだか逃げたくもなって目を逸らす。それをめざとく見つけた瀬名が、視線を追ってくる。滲み出るような微笑みに、惹きつけられる。
「でも、誰が自分みたいだって思っても……これはオレのことを想って作ってくれた曲、なんすよね」
「……うん」
「はあ、やば……この曲、オレにとって一生の宝ものっす」
「そ、っか」
瀬名を想って作った曲を本人に聴かれるのは恥ずかしすぎる、なんて数分前は思っていたけれど。歌に乗せた心が想い人に届いて、大事にしてもらえる。今この瞬間にこそ、曲の本当の完成を見たような気分だ。
またこみ上げてくる涙を啜って、目が合ったら照れを隠すように笑って。時間が止まったみたいな錯覚に瞳を閉じる。またやめられなくなるじゃんと呟いたら、それも食べてしまうかのように瀬名は「うん」とだけ言ってキスをした。
「聴くでしょ」
「どうしても?」
「どうしても」
「じゃあ俺帰っていい?」
「いやいや絶対ダメっす! 帰んないで」
あれから瀬名の言葉に甘えて、水沢家にあったカップラーメンを昼飯として食べた。感情がいっぱい胸に詰まっているからか、空腹は感じなかったのだが。ちゃんと腹は減っていたのだと、ひとくち食べた瞬間に実感した。スープの塩っけが沁み渡る。今まで食べたカップラーメンの中でいちばん美味しかった。
そして今は、インスタに投稿したオリジナル曲を聴く聴かない、の押し問答を瀬名と繰り広げているところだ。瀬名に聴かせるつもりは全くなかったから、正直心の準備ができていない。
「アンミツには聴いてほしいって思ってたけどさ。瀬名に聴かれるのはだいぶハズイ」
「え……なんなんすかね、この気持ち。どっちもオレなのに、アンミツに妬ける……」
「いやだってさあ~……これ、誰のこと考えながら作ったと思ってんだよ」
最後のほうは、消え入りそうな声になってしまった。だが瀬名は、それをきちんと拾ってしまう。
「え、もしかしてオレ? ……聴きます、今すぐ」
「あっ、待った! ……せめてヘッドホンにしてほしい、な?」
「……っす、借ります」
再生ボタンを今にも押そうとした瀬名の手を、最後の抵抗とばかりに慌てて止めた。もう腹をくくるしかなさそうだ。リュックからヘッドホンを取り出し、おずおずと手渡す。部屋に響かせながら自分の曲を瀬名と聴く勇気は、さすがにない。
自身のスマートフォンとの接続を完了して、瀬名がヘッドフォンを装着する。そわそわと落ち着かずにいたら、手を握られた。目線を合わせて頷いた瀬名が、今度こそ再生ボタンをタップする。
――ただ幸せを願うことが美しい愛なら、これはみっともない恋だ
――頬を赤らめて笑うのは、俺の隣がよかった
――それでも君の明日は今日よりひとつ楽しくて、美味しくて、綺麗なほうがいい
――ずっとずっと、そうだといい
歌を作ってみようと思い立った時、瀬名とはもう一緒にいられないのだと苦しさばかりでいっぱいだった。歌詞とは到底呼べない言葉たちを、ノートいっぱいに書き殴った。そこにあるのはやっぱり、後悔や喪失感ばかりだった。
ギターを弾いて、弾いて、デタラメに口遊んで。失恋して心底辛い時によく音楽なんて作れるよな、と思っていたのが、ああ、だからこそ作るのか、と感じられるようになった頃。ぐちゃぐちゃのノートから掬いあげたいと思った言葉は不思議と、ただただ好きだというシンプルなものたちだった。
好きだから一緒にいられなくて寂しいけど、瀬名がいちばん幸せなのは自分の隣がよかったけど。でもそれでも、毎日を“いい日だった”と終われる今日が瀬名にあったらいい――好きだからだ。
そんな想いをブルージーなメロディに乗せ、初めてのオリジナル曲は完成した。想いのままに唄ったら、せっかく覚えたコード進行はことごとく無視する形になってしまったけれど。どこもかしこも拙くて、人前に出すクオリティではないと分かっているけれど。今出来る精いっぱいだった。
曲が終わったのか、瀬名がそろそろとヘッドホンを外した。思わずびくりと肩が揺れてしまい、体が強張っていたことに気づく。瀬名の顔を見ることができない。
「モモ先輩」
「…………」
「こっち向いてください」
「無理」
口元を片手で覆って、ただただ床を見つめる。
「感想がいっぱいあるんですけど、それはまた後でDMします」
「……は? はは、そこはアンミツになるんだ?」
まさかの言葉に、思わず顔を上げる。
「今は胸いっぱいで、言葉にするの難しそうなんで。でも、ひとつだけ……これ、オレの曲かなって思いました」
「……ん。さっきも言ったけど、そうだよ」
「ううん、そうじゃなくて」
「…………?」
繋いでいた手がいったん解かれて、今度は指が絡んでいく。そこに瀬名のもう片手が重なった。
「先輩と離れてる間、オレもずっと、こんな風に想ってました。モモ先輩を好きなオレの気持ちを、唄ってくれてるみたいだった。なんかそれって、すげーなって」
「瀬名……」
「オレみたいに感じる人、いっぱいいると思う」
「……そう、かな」
「絶対そうです。たくさんの人に届くといいっすね」
力強い言葉が、胸の奥の奥まで落ちてくるような心地がする。甘くてくすぐったくて、なんだか逃げたくもなって目を逸らす。それをめざとく見つけた瀬名が、視線を追ってくる。滲み出るような微笑みに、惹きつけられる。
「でも、誰が自分みたいだって思っても……これはオレのことを想って作ってくれた曲、なんすよね」
「……うん」
「はあ、やば……この曲、オレにとって一生の宝ものっす」
「そ、っか」
瀬名を想って作った曲を本人に聴かれるのは恥ずかしすぎる、なんて数分前は思っていたけれど。歌に乗せた心が想い人に届いて、大事にしてもらえる。今この瞬間にこそ、曲の本当の完成を見たような気分だ。
またこみ上げてくる涙を啜って、目が合ったら照れを隠すように笑って。時間が止まったみたいな錯覚に瞳を閉じる。またやめられなくなるじゃんと呟いたら、それも食べてしまうかのように瀬名は「うん」とだけ言ってキスをした。
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