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長男と次男の“兄弟”への接し方
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涙がどうにか止まったら、ごはんを食べに行こうと壱星が提案してくれた。
「なんでもいいよ、杏樹くんの好きなものを食べよう。ご馳走する。焼き肉? 寿司とか?」
ありがたい話だが、焼き肉も寿司もまともに食べたことがない。そう言ったら驚かれ、じゃあ尚更行こうと壱星は意気ごんでくれたけれど。今日はマンションでゆっくりしたいと伝えると、それもそうだなと頷いてくれた。
壱星が車を止めたのは、杏樹も名前を聞いたことがある有名デパートだった。惣菜を買うために、地下へ向かう。
店内にいる他の客たちも、壱星のような富裕層に見えてくる。自分なんかがこんなところにいていいのだろうか。気後れしそうだったが、壱星が「なに食べたい?」だとか「これ美味しそう。あ、これも気になってたから買っちゃうか」だとかしきりに話してくれるので、それ以上に楽しい気持ちになった。どの店舗のものも高額で、変な声が出そうなほど驚いたけれど。
「こういうの新鮮で、楽しかったです」
「デパ地下のこと?」
車に戻りお礼と一緒にそう言うと、壱星が不思議そうな顔をした。
「それもそうなんですけど。買い物に行くのとか、いつもひとりだったので」
「え? でも律子さんとは行ったりしたでしょ?」
「母ともないですね。買い物もそうですし、どこかに出かけたこともなかったです」
「……そうなの?」
母と外を一緒に歩いたことは、記憶をさかのぼっても一度もない。母はいつも忙しく働いていたし、買い物は仕事帰りに済ませてきていた。幼い頃は、一緒に遊びに出かけたいと思ったことも確かにあるけれど。その分、母は家の中でめいっぱい話を聞いたり遊んだりしてくれた。その時間が大好きだった。
赤信号で止まると、壱星がこちらを心配そうな顔で見てきた。余計なことを話してしまったのかも知れない。
「あの、母は家の中でいっぱい相手してくれていたので。寂しかったって話じゃないですよ?」
「うん、そうだよね。ふたりの仲がいいのは、ちゃんと分かってるよ」
「伝わってたならよかったです」
「…………」
信号が青に変わって、再び車は走り出す。それからは、お互いの学生時代の話をしたりして過ごした。
マンションに到着した頃には、午後の1時を過ぎていた。ふたりの両手いっぱいに買ってきたものをダイニングテーブルに広げていると、エレベーターが上がってきた。彗だ。
「彗、おかえり。早かったんだな」
「午前の授業だけだったから」
「彗くん、おかえりなさい。あの、壱星さんに連絡してくれたって聞きました。ありがとうございました」
彗が壱星に連絡を入れていなかったら、この今は有り得なかった。彗の元へ駆け寄り、頭を下げながら礼を言う。
「あー……まあ、うん」
「…………?」
彗はなにか言いたげに口を開いたが、そっぽを向いてしまった。どうしたのだろうと気になったが、
「彗はもう昼は食べたのか? たくさん買ってきたから一緒にどうだ?」
と壱星が声をかけると「じゃあもらう」とそのまま腰を下ろしてくれた。安堵しつつ、杏樹も彗の向かいの席につく。
初めてのデパ地下惣菜は、どれもびっくりするほど美味しかった。お腹いっぱい食べたこと自体、いつぶりだか分からない。気を緩めたらまた涙が出てしまいそうで、サンドイッチと一緒に必死で飲みこんだ。
「ごちそうさまでした」
「もういいのか? まだたくさんあるよ」
「ありがとうございます、でも本当にお腹いっぱいです。美味しいって思えたの、久しぶりな気がします」
「そっか。よかった」
壱星も食べ終えたようで、彗はゆっくりながらもまた豚の角煮に箸を伸ばしている。空の容器を持って立ち上がる壱星を追って、杏樹もキッチンへと向かう。
「僕、あたたかい飲みものでも淹れますね。壱星さんはなに飲まれますか?」
「俺はそろそろ部屋に行くよ。ちょっと調べたいことがあって」
「そうなんですね。部屋に持っていきましょうか?」
「そのまま休むつもりだから、気にしないで。でもありがとう」
そうだ、今日は壱星は夜勤上がりなのだった。仕事を終えた足でそのまま杏樹の職場に来てくれた、ということだ。疲れているに違いない。
「あの、お忙しいのに今日は本当にありがとうございました。いくらお礼を言っても足りないくらいです」
「どういたしまして。これからだって、困った時はいくらでも助けるからね。家族だって、杏樹くんも今日言ってくれただろ」
「それは……」
「俺は嬉しかったよ。なあ杏樹くん、こっち」
「なんでもいいよ、杏樹くんの好きなものを食べよう。ご馳走する。焼き肉? 寿司とか?」
ありがたい話だが、焼き肉も寿司もまともに食べたことがない。そう言ったら驚かれ、じゃあ尚更行こうと壱星は意気ごんでくれたけれど。今日はマンションでゆっくりしたいと伝えると、それもそうだなと頷いてくれた。
壱星が車を止めたのは、杏樹も名前を聞いたことがある有名デパートだった。惣菜を買うために、地下へ向かう。
店内にいる他の客たちも、壱星のような富裕層に見えてくる。自分なんかがこんなところにいていいのだろうか。気後れしそうだったが、壱星が「なに食べたい?」だとか「これ美味しそう。あ、これも気になってたから買っちゃうか」だとかしきりに話してくれるので、それ以上に楽しい気持ちになった。どの店舗のものも高額で、変な声が出そうなほど驚いたけれど。
「こういうの新鮮で、楽しかったです」
「デパ地下のこと?」
車に戻りお礼と一緒にそう言うと、壱星が不思議そうな顔をした。
「それもそうなんですけど。買い物に行くのとか、いつもひとりだったので」
「え? でも律子さんとは行ったりしたでしょ?」
「母ともないですね。買い物もそうですし、どこかに出かけたこともなかったです」
「……そうなの?」
母と外を一緒に歩いたことは、記憶をさかのぼっても一度もない。母はいつも忙しく働いていたし、買い物は仕事帰りに済ませてきていた。幼い頃は、一緒に遊びに出かけたいと思ったことも確かにあるけれど。その分、母は家の中でめいっぱい話を聞いたり遊んだりしてくれた。その時間が大好きだった。
赤信号で止まると、壱星がこちらを心配そうな顔で見てきた。余計なことを話してしまったのかも知れない。
「あの、母は家の中でいっぱい相手してくれていたので。寂しかったって話じゃないですよ?」
「うん、そうだよね。ふたりの仲がいいのは、ちゃんと分かってるよ」
「伝わってたならよかったです」
「…………」
信号が青に変わって、再び車は走り出す。それからは、お互いの学生時代の話をしたりして過ごした。
マンションに到着した頃には、午後の1時を過ぎていた。ふたりの両手いっぱいに買ってきたものをダイニングテーブルに広げていると、エレベーターが上がってきた。彗だ。
「彗、おかえり。早かったんだな」
「午前の授業だけだったから」
「彗くん、おかえりなさい。あの、壱星さんに連絡してくれたって聞きました。ありがとうございました」
彗が壱星に連絡を入れていなかったら、この今は有り得なかった。彗の元へ駆け寄り、頭を下げながら礼を言う。
「あー……まあ、うん」
「…………?」
彗はなにか言いたげに口を開いたが、そっぽを向いてしまった。どうしたのだろうと気になったが、
「彗はもう昼は食べたのか? たくさん買ってきたから一緒にどうだ?」
と壱星が声をかけると「じゃあもらう」とそのまま腰を下ろしてくれた。安堵しつつ、杏樹も彗の向かいの席につく。
初めてのデパ地下惣菜は、どれもびっくりするほど美味しかった。お腹いっぱい食べたこと自体、いつぶりだか分からない。気を緩めたらまた涙が出てしまいそうで、サンドイッチと一緒に必死で飲みこんだ。
「ごちそうさまでした」
「もういいのか? まだたくさんあるよ」
「ありがとうございます、でも本当にお腹いっぱいです。美味しいって思えたの、久しぶりな気がします」
「そっか。よかった」
壱星も食べ終えたようで、彗はゆっくりながらもまた豚の角煮に箸を伸ばしている。空の容器を持って立ち上がる壱星を追って、杏樹もキッチンへと向かう。
「僕、あたたかい飲みものでも淹れますね。壱星さんはなに飲まれますか?」
「俺はそろそろ部屋に行くよ。ちょっと調べたいことがあって」
「そうなんですね。部屋に持っていきましょうか?」
「そのまま休むつもりだから、気にしないで。でもありがとう」
そうだ、今日は壱星は夜勤上がりなのだった。仕事を終えた足でそのまま杏樹の職場に来てくれた、ということだ。疲れているに違いない。
「あの、お忙しいのに今日は本当にありがとうございました。いくらお礼を言っても足りないくらいです」
「どういたしまして。これからだって、困った時はいくらでも助けるからね。家族だって、杏樹くんも今日言ってくれただろ」
「それは……」
「俺は嬉しかったよ。なあ杏樹くん、こっち」
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♡やお気に入り登録、しおり挟んで追ってくださるのも、全部全部ありがとうございます…!すごく励みになります!! ( ߹ᯅ߹ )✨
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𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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