天使のお迎え〜転生BLに憧れる僕の、美しい義兄弟から愛される生活〜

星寝むぎ

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交差する今と青春

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すいくん、いる?」
「ん、入って」

 その日の夜、杏樹あんじゅは彗の部屋を訪れた。ノックへの返事をしっかり聞いてから、中へと入る。彗はパソコンを開いて、デスクに向かっていた。大学の課題だろうか。

「ふ」
「…………? なんで笑ってるの?」
「いや、いる? って聞かれたのがなんか面白くて。今俺がLINEで呼んだんじゃん」
「そ、そうだけど……なんか声かけたほうがいいかなって」

 仕事を辞めて帰った日。同級生だとお互い認識していたことを確認して、ふたりとも読書が好きなのだと知って。本を貸すと彗は約束してくれていた。彗が忙しくなかなか叶わずじまいだったが、あれから二週間ほどが経った今日、見に来ないかと誘ってくれたのだった。

「そこの本棚、好きに見ていいよ」
「……まだ笑ってる」
「はは、ごめんごめん」

 あの天羽あもう彗がこんなに間近で、しかも自分とふたりだけの空間で笑っている。それを未だ不思議なことだと感じつつ、杏樹は本棚の前に立つ。大きな本棚なのに、もはや収まりきらなくなってきているようだ。ほとんどのスペースが奥と手前にと、二列使われている。ハードカバーも、文庫本もたくさんだ。

「色んなジャンルを読むんだね」
「まあ、うん」

 順に見ていると、学生の頃に読んだミステリー小説に目が止まった。思わず手に取る。

「ミステリーは今も好き? よく読んでたよな」
「うん、休み時間に没頭してた。って、なに読んでたかも知ってるの?」
「あー……まあ。俺も気に入ってるヤツを読んでたから」
「もしかしてこれ? このシリーズ、特に好きだったな。でも最近は全然読めてなかった。こうして紙の本を開く時間がなかったし、その、金銭的にも……学生の頃は図書室があったから。今だって図書館って手はあるんだろうけど、なかなか……」

 いつの間にかしんみりした話になってしまった。彗とせっかく共通の趣味が見つかったのだ。できれば小説の話をたくさんしたい。

「えっと、ウェブ小説も高校の頃から読み始めたんだけど、ずっとハマってる」
「……へえ。例えばどんなの?」
「異世界転生ものって分かる?」
「もちろん。俺もよく読んでる」
「えっ、ほんと? 僕もすごく好きで!」

 まさか、そこまで趣味が合うとは思わなかった。杏樹にとって、声に出して誰かとこの話をするのすら初めてのことだ。思わず大きな声をあげると、くすっと笑った彗が立ち上がりこちらへとやってくる。

鈴原すずはらは転生ものの中でも、どういうの読んでんの?」
「えっと、読み始めた頃は冒険ものかな。勇者になってパーティー組んで、戦うみたいな」
「ああ、面白いよね」
「うん、すごく。アニメ化されたものとかも読んだり」
「じゃああれは読んだ? あの――」

 そこからはひとしきり、共通して読んだことのある作品の話になった。あそこが面白かった、まさかあんなことが起きるとは想像もできなかった。語り合う内に、杏樹は饒舌になっていく。

「恋愛ものも読んだよ。でも今は、というか高校の時からいちばん好きなのはBL……」
「BL?」
「あっ……」

 彗の口から“BL”という単語が出て、杏樹は慌てて口を閉じた。しまった、興奮のあまり口を滑らせてしまった。

 BLを読み始めたのは、自分は男性が恋愛対象なのだと気づいたからだ。つまり、彗に憧れを抱いたことがきっかけなわけで。その本人の目の前で、こんな話までするつもりはなかったのに。

「えっと、ごめん。なんでもない……」

 青ざめた杏樹の胸は、ずしりと重たくなる。こんな感覚は、仕事を辞めてからこっち初めてだ。不快にさせたに違いない。コイツはボーイズラブを好む男だったのか、と。

 本を借りるのは諦めて、立ち去ろう。杏樹は扉へと向かおうとしたのだが。彗が、

「鈴原。こっち」

 と言ってその場にしゃがみこんだ。手招かれるままに、杏樹も隣へ屈む。

「彗くん……?」
「俺もさ、好きなんだよね」
「え?」

 本棚のいちばん右下、二列になっている前列を彗がごっそりと取り除いた。その奥に見えるものに、杏樹は静かに目を見開く。

「これって……」
「BL小説だな」
「え、彗くんも読むの?」
「うん。面白いよな」
「っ、うん、僕もその、大好きなんだ」
「投稿サイトで読んでるんだ?」
「うん、そう。実は……最近はもうずっと、BLばっかり読んでる」

 まさか彗もBL小説の読者だったなんて。優しい眼差しが、だから謝ることなんかないと言ってくれているようだ。想定外に嗜好を知られてしまった緊張と、BLの話までしていいのだという高揚感とが入り混じる。

「紙の本では読んだことない?」
「うん、そうだね」
「そっか。ここにあるのは全部好きだけど、そうだな。これとか特におすすめ」

 彗が指した一冊を手にとってみる。美麗なイラストの表紙を眺めていると、

「なあ、鈴原」

 と彗がどこか緊張した様子で杏樹を呼んだ。

「ん?」

 どうしたのだろうか。本から彗へと視線を移す。

「こないださ、大好きな作家がいる、って言ってたよな」
「あ……うん、そうだね」

 仕事を辞めて帰った日の、キッチンでの会話のことだ。

「それってさ、BL書いてる人?」
「あ……うん。そうだよ」
「へえ。なんて人?」
「え、っと……」

 言っていいものかとためらいを覚える。だが、お互いにBLが好きだと分かったのだから、問題はないのか。

流星りゅうせい夜野よるの、っていう人だよ」
「っ、は? 流星、夜野?」
「もしかして彗くんも知ってる?」
「あー……うん、知ってる」
「ほんと!? 僕、流星先生の小説を読むのが生きがいっていうくらい大好きで。仕事に行く電車の中で、いつも読んでたんだ。今は寝る前に読んでる。すごいよね、ほぼ毎日更新してくれて。あれがなかったら、僕きっと仕事頑張れてなかった」
「そう、なんだ」
「うん。…………? 彗くん?」
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