天使のお迎え〜転生BLに憧れる僕の、美しい義兄弟から愛される生活〜

星寝むぎ

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【5】恋は三つ降り注ぐ

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 銀河ぎんがとふたりでマンションまでの道を歩く。もうすぐ10月とは言え、じっとりとした汗がまだまだ肌にまとわりつく。

「銀河くん、暑いね」
「……ん、だな」
「コンビニでアイスでも買って食べる?」
「んー……」

 さっきから銀河はこの調子で、どこか上の空のようだ。そんな銀河とは対象的に、わざわざ書店に寄ってくれて、浮かれてしまっていた自分に気づく。

「ごめん、銀河くん疲れてるよね。はやく帰ろうか」

 銀河は今日もこの暑さの中、部活に励んできたのだ。昼間はもちろん、授業だってあったわけで。気が利かずのんびり歩いていた自分を反省して、杏樹あんじゅは歩みを速めたのだけれど。

「え!? 待った!」

 と銀河に手首を掴まれ、引き止められてしまった。

「銀河くん?」
「えっと……杏樹が急いでなかったら、ゆっくり帰りたい」
「僕は大丈夫だけど……疲れてない?」
「全然平気、さんきゅ。それにほら、まだ大事な話、してないし」
「あ……うん、そうだったね」

 そうだった。大事な話があるから待ってる、と言われたのだった。なんでも聞くよという想いが伝わるように、杏樹は銀河に向かい合う。

「ここじゃちょっと……あ、あそこの公園入っていい?」
「うん、いいよ」

 この暑さと時間もあってか、公園には誰もいなかった。銀河と並んでベンチに腰を下ろす。日中に降り注いでいた日光の熱が、今も座面に残っている。

「……あのさ」

 五分ほど経った頃だろうか。夕焼けの空を仰いで、かと思えば組んだ指先に顔をうずめて、たまに深く息を吐いて。明らかに緊張をしている様子の銀河が、口を開いた。なにか重要な相談でもあるのかもしれない。杏樹もごくりと息を飲む。

「うん」
「俺……杏樹が好き」
「うん。……え?」

 銀河が言うことはいつだってなんだって、受け止めてあげたい。そんな風に思っているからか、杏樹はついすぐに頷いてしまった。その後に首を傾げる。

 今、銀河はなんて言った? 好き、と言ったのだろうか。こんな僕なんかを、どうして。

「スイ兄から告白されたんだろ?」
「え!? えっと……」

 まさか銀河がそれを知っているなんて。驚きの連続で、杏樹は呆気にとられる。

「本人から聞いた。スイ兄って、変なとこ律儀だよな。自分だけはフェアじゃないとか思ったんだろうな。だからってわけじゃねえけど、俺も伝えておきたくなってさ」
「銀河くん、あの……」
「杏樹が好き。すげー好き」
「……っ!」

 さっきの緊張した様子は、もう銀河に残っていないようだ。ベンチの上に少しあった隙間をじりじりと詰めながら、まっすぐ杏樹を見つめてくる。思わず後ずさったけれど、杏樹の背中はすぐに手すりにぶつかってしまう。

「杏樹、手つなぎたい」
「あ……」
「はは、すげードキドキする。前にもっとすごいことしたのに、好きって言ったからかな」
「銀河くん……」

 杏樹の両手を握って、肩に額を乗せてきた。快活な銀河のささやき声は、やけに体に響いて聞こえる。銀河がすりすりと額を揺らすから、銀河の髪先が杏樹の首をくすぐる。

「なあ、あの時……試合見に来てくれた後、杏樹とキスできそうだったのに。スイ兄が帰ってきたことあったじゃん。覚えてる?」
「……ん、覚えてるよ」

 忘れるはずもない。正直なところ、あの時のことを何度も思い返しては、その度にドキドキしているくらいだ。

「あの時にさ、スイ兄と約束したんだよ。杏樹の嫌がることはしない、大事にするって」
「そうだったんだ……」
「そんなん楽勝だって思った。だって、杏樹のこと好きだし。好きだから大事にしたいじゃん、普通に。まあ、ほっぺにはちゅーしちゃってたけどな」
「あ……ふふ、そうだね」
「でもさ」

 肩によりかかっていた銀河が、頭をもたげた。離れてしまうのをさみしく思う間もなく、今度は額同士が合わさった。

「ほんとは、ここにだってしたい」

 そう言って、銀河の親指が杏樹のくちびるに触れた。右から左へと、くちびるの間をゆっくりと割りながらたどっていく。ついひくりと跳ねた舌先が、銀河の指に当たってしまって。その瞬間、銀河は大きく息を吸って、「っ、杏樹」とたまらないといった風に名前を呼んだ。

「なあ、だめ? キスすんの、杏樹はいや?」
「んあ、ぎんが、く」

 舌先を指でくすぐられ見つめ合ったまま、銀河は杏樹の手にキスを落としていく。指先に関節にと丁寧に触れられて、銀河のくちびるの柔らかさを逐一感じてしまう。ドキドキしすぎて胸が苦しい。

「杏樹ー……キスしたいってばあ。だめ? 舌でもここ、入りたい」
「んっ、ん……っ」

 ねだる声に、杏樹の体は呼応するようにしびれる。銀河に甘えられると、どうにもなんでも許したくなってしまう。以前だってそうだった。してもいいよと、受け入れたくなってしまう。

 でも――

「あ、あのね、銀河くん。僕、その……まだ誰ともしたことがなくて」
「マジ? ファーストキスってこと?」
「うん……だから、大事にしたくて」
「……うん」
「ちゃんと、考えたいから。待っててほしい、です」 

 こんなに素敵な男の子に、なぜ自分なんかが好かれているのか分からない。でも、これほどまっすぐ気持ちをぶつけてくれる銀河に、誠実でありたい。

「分かった、ちゃんと待つよ。ほんとはすげー怖いけど」

 また杏樹の肩に額を乗せ、銀河がぎゅっと抱きついてくる。その背中を抱きとめながら、「怖い?」と杏樹は聞き返す。いつも明るくて、自分の持つ力をまっすぐ信じているような銀河から、そんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

「うん、そりゃ怖いっしょ。ライバルが強力すぎだし。スイ兄と、イ……はまだ言ってないんだっけ……まあとりあえず、選んでもらえるか怖いってこと」
「…………? そ、っか」

 なにを言っているのか聞き取れない部分があったが、吐露してくれた銀河に杏樹はそっと頷く。

「うん。杏樹のことがマジで好きだからな。あーっ! はは、ドキドキした! でも言えて嬉しい」

 夕空を仰いで、銀河が緊張感から解放されたような声を出した。ベンチの背もたれに肘を乗せて、ニッと笑ってみせる。

「なあ杏樹、ちなみに俺もだよ」
「ん? なにが?」
「ファーストキス。まだしたことない」
「え……えっ、ほんとに?」
「こんなん嘘つかねえよ」
「そうなんだ……銀河くんかっこいいしモテるから、とっくに経験あるんだと思ってた」
「まあ確かにモテるけどー」

 サッカーが上手で、人懐っこくて、もちろんとびきりかっこよくて。そんな銀河だから、モテることをさらりと肯定してもひとつの嫌味もない。

「でもそういうの、今まで全然興味なくてさ。初めて人を好きになったよ。こんなくすぐったい気持ちになって、毎日が楽しくなるんだな」
「銀河くん……」

 恋心をそんな風に語る銀河を見ていると、杏樹は泣きそうになる。宝物みたいな想いを自分に抱いてくれているだなんて、それはやっぱり不思議だけれど。

「な、やっぱりアイス食いたい。コンビニ寄っていい?」
「うん、もちろん」
「よし決まり! じゃあ行こ!」

 銀河に腕を引かれ、駆け足で公園を出る。青春の真っ只中の銀河のそばにいると、自分まで照らされているような心地がする。
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