新宿プッシールーム

はなざんまい

文字の大きさ
上 下
71 / 113

ボス猫の影(3)

しおりを挟む
リンは、その場でマサトに電話をかけた

そして、ハセのことと、ハセの居場所を突き止めるべく、結婚式は欠席する旨を告げた

その時、マサトから紹介されたのが、秋葉原の何でも屋だった

リンは、御苑を出ると秋葉原に向かった




マサトからはアットの連絡先と名前を聞いていたが、あいにく不在だということで、店主にわけを話した

「そういうことなら僕の方が適任だと思うよ。アットも明日はマサトさんの結婚式に出ることになってるから」

店主はそう言うと、ごそごそと店内中を漁り始めた

「あ、明日は静岡刑務所に朝6時ね」
「はい?」
「場所わかるよね?」
「場所は調べればわかると思いますけど、6時って?」
「そういう手合いは何時頃に出てくるか読めないところあるから。まあ、日にちさえわかってるなら楽勝だよ。明日足取りつかめないと困るでしょ?あ、あった」

店主は何やらボタン電池のようなものを手のひらに握った

リンはとりあえず、明朝6時に現地に行けるように、静岡のホテルを予約した



※※※※※※※※※※※※

「鮭児くんかな?」

マサトはこんな時なのに、なぜかニヤニヤと笑っている

アットは「あいつ…」と言って頭を抱えた


「そうです。万屋鮭児よろずやけいじさん。最初は半信半疑でしたが、お陰で目的は果たせたので…」

※※※※※※※※※※※※※

「あ、キミキミ」

朝6時に言われた通りに静岡刑務所の門の前に立っていると、鮭児に声をかけられた

まるで、散歩中に落とし物に気づいて声をかけるかのような気楽さだった

「ここじゃ目立つからこっちに来て」

鮭児はリンを近くのコンビニの駐車場に連れていった

「この辺から見てれば十分だよ。まあ、2、3時間もいれば何か動きがあると思うから」



鮭児が言った通り、8時頃に1台の黒い車が、少し離れたところに止まった

しゃがんでいた状態から急に立ち上がった鮭児は、おぼつかない足取りで歩きだした

「大丈夫ですか?」
「だ…いじょ…ぶ」

鮭児はフラフラしながら車に近づいた

運転手の男と、後部座席に座っているもう一人の男があからさまに鮭児を見ている


乗っている人間の人相を見れば、普通の人なら避けて歩く
凝視することで牽制しているのだ

しかし、鮭児はフラフラした足取りでスマホに見入っていて、車の方には一瞥だにしなかった

そして、近くの自動販売機の前に立った

リンは固唾を飲んで見守った



鮭児は、自動販売機のコイン投入口に小銭を入れようとして、何枚か取りこぼした

「あ…」

そのうち1枚が車の近くに転がった

鮭児はそれを拾って、何事もなかったかのように自動販売機で缶コーヒーを買った


「ほい」

鮭児は買ってきた缶コーヒーをリンに渡した

リンが鮭児の顔をまじまじと見ていると、刑務所の門が開いて、一人の男性が出てきた

その顔は、刑事が見せてくれた写真の【ハセ】と同じだった

※※※※※※※※※※

「その時に、車に小型のGPSを取り付けたそうです。それで、それを追ってきたら…」



コンコン

喫煙所のドアを叩く音がした

「何やってるんだよ。演奏するぞ?」

バンドメンバーがマサトとアットを呼びに来た

二次会の余興で、自らのバンドの曲を披露するらしい

「わりぃ。リン、後でな」
マサトは駆け足で会場に戻っていった


「悪い。俺も行くわ」
アットがマサトの後を追おうとすると、リンがその袖を捕まえた


「アットさん、鮭児さんによろしくお伝えください。変わってるけど、すごい人ですね」


リンの言葉にアットは自分が褒められたような気分になって
「だろ?」
と答えた



リンは、マサトたちのバンドの演奏を動画では観たことがあったが、生演奏は初めてだった

それ以前に、バンドの生演奏を聴くこと自体初めてだった

柱に寄りかかってセッティングから眺めた

ドラムのチューニング音で、会場のざわつきが一瞬で収まった


アットがマイクを通して、「滋さん、マサト、結婚おめでとうございます。滋さん、15年間、マサトとマサトの音楽活動を支えてくれてありがとうございました。家庭を持つということなら解放してやりたいんですが、こいつは、うちのバンドにもなくてはならない存在なんで、もうしばらく貸してください」

『15年』のところで、芸能関係者から驚きの声が上がった


1曲目は【@./アットドットスラッシュ】で一番再生回数が多いバラードだった

深夜アニメのエンディングに起用されたことがある、リンも一番好きな曲だ

2曲目はアップテンポな恋愛ソング
激しい感情を描いた歌詞と、最後のどんでん返しがストーリー性があると、ファンに一番人気の曲だ


入口近くの壁に寄りかかりながら、リンは一人、腕組みをして聴いていた



この衝撃をどうとらえよう

腹から胸に響く音の振動、脳を支配する声


ギューッと心が締め付けられて、瞳に涙が溢れてきた



「よう」

その時、隣から声をかけられ、リンは急いで涙をぬぐった

リンの隣に立ったのはミナミだった

しおりを挟む

処理中です...