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斎の相談事

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 あの日を境に、ヒヤヒヤすることが多くなった。
 植木鉢が落ちてきたり、足場が落ちてきたり、ホームで背中を押されたり、すべてが未遂だが事件が起こる度にあの女の影がちらつく。
 こちらに来い、と誘うように。
 そんななか、斎からメールがきた。
 
 "今日、クッキー持ってくから、幽霊くんにヨロシク"と。

 そして、やって来た斎は絶叫していた。

 「壁から手ぇぇぇーっ」
 「天井から血ぃぃぃーっ!」
 「髪の毛が這い回ってるぅ!!」
 
 続け様に聞こえる悲鳴にリョウを見ると、彼はとても楽しそうに笑っていた。
 どうやら前回見た映画をしっかり参考にしたようだ。

 「宗二、幽霊くんにヨロシクって言ったろ!?」

 肩で息をしながらリビングに入ってきた斎に、宗二は肩をすくめる。

 「リョウが楽しそうだったからいいかな…と」

 「ダメ親みたいなことを言うんじゃない!」

 まったく、と短く息をついて彼は宗二の後ろを見た。
 
 「で、君が噂の幽霊くんか?」

 視線を受けたリョウは首を傾げる。

 「噂?」

 「宗二の愛妻…」

 「それ以上言ったら、命の保障はないよ?」

 ほとんど言ったようなものだが、その手に乗っている生首に口を閉じた。
 流石に、それを投げつけられるのは嫌だったのだろう。ギョロリとした目が合うのも地味にキツいだろうし。

 「なんで僕が愛妻なわけ?」

 ぷりぷり怒っているリョウに、あー…、そこなんだと斎は遠い目をした。

 「別に俺が嫁でもいいよ」

 「…っ、なに言い出すんだよ!」

 いや、本当になに言い合ってんの?このバカップル?

 真面目な顔でとんでもないことを言い出す宗二と顔を赤らめるリョウ、それを完全アウェイな状況で眺める斎。もはや、カオスだ。

 「…と、バカップルの漫才見に来たわけじゃねぇんだよ。ーー宗二、お盆どうすんだ?」

 「お盆?」

 「お前が帰るんだったら俺も帰るし、お前が帰らないなら俺も帰らない」

 「なんで?」 

 何もこちらの都合に合わせることもないだろうという宗二に、斎はわかってねえな…とソファーに腰かける。

 「いいか、お前が帰ってんのに俺が帰っていなかったらお袋に痛烈なお小言を食らうに決まってんだろ? ご近所の人だって、「あら、高見さんトコの宗二くんは帰ってきたのに、大島さんトコの斎くんはダメねぇ」って噂になる。 そうなったら俺の立つ瀬がなくなるじゃねぇか」

 「アイドル追いかけて食費まで削り出した人に立つ瀬なんてあるの?」

 「宗二ぃ、なに俺のトップシークレットを幽霊くんにしゃべってくれちゃってんの!?」

 「シークレットだったのか?」

 「 ただの金銭感覚を麻痺した可哀想な人だよ、見ちゃダメ」

 「人を危険人物みたいに言わないでもらえますぅ?」 

 激ヤバで有名な幽霊のリョウにだけは言われたくないと二人で 言い当てると、宗二はリョウをチラリと見た。

 「俺は…帰らないかな」

 「僕のことは気にせずに帰ればいいでしょ」

 不機嫌な顔で言う彼に少し驚く。
 いつもなら続くはずの「そしてそのまま、戻って来なくていい」という言葉がなかったから。

 
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