7 / 102
その一 怪し(あやかし)の森
六
しおりを挟む
空海が寝ている。部屋の真ん中で大の字になって寝ている。
その横に田村麻呂が座っている。太い腕を組み、目を閉じている。
スー スー スー
闇と静寂の中で空海の規則正しい寝息のみ聞こえる。
どのくらいの時間が経ったか。
田村麻呂は目を閉じたまま、組んでいた右腕を解き、ゆっくりと床に置いてある太刀を掴んだ。
「へーっ、見事なものだね。これほど隙のない背中は見たことがないよ」
田村麻呂の背後から声がした。
「何者か?」
太刀を引きつけながら、座ったままの姿勢で田村麻呂は声の方向に静かに体を向けた。
「むっ・・・・」
田村麻呂は息をのんだ。
一人の女性がいた。
年のころは二十代の半ばほどであろうか。
すらりとした体つきに、艶やかな黒髪が腰のあたりまで伸びている。
子猫を思わせるような無邪気で大きな目を持つ妖艶でありながら可愛らしさを漂わせる美女だ。
宮中に勤める田村麻呂でさえ、これほど「男を刺激する」女性は見たことがない。
田村麻呂は一瞬とはいえ呆然とした。
「ご挨拶だね。ここはあたしの家。勝手に人の家にいるあんたこそ『何者』だい?」
「そっ、それは申し訳ない。私は坂上田村麻呂と申す者、帝に仕える身であり、決して怪しい者ではありませぬ。ここで寝ている僧に連れ来られたのです。『知り合いの家に行く』と言うものですから・・・。誰もお屋敷にはいない様子でしたが、この坊主が勝手に入って行き、ついにはこの部屋で寝てしまったのです。こ奴を置いて、私だけ戻るわけにもいかず・・・。おい空海、起きろ!お前が寝ていてはどうしようもないだろっ!起きろと言うに」
田村麻呂の顔は真っ赤だ。
「ああ、いいからいいいから。このまま寝かしといてあげようよ。へーっ、あんたが田村麻呂様。あんたの名は知れ渡っているよ。なるほどね、道理で隙が見えないはずだ。で空海はなぜわたしの家にやってきたんだい?」
「あっ、はい。実は・・・・」
田村麻呂は、まだ寝ている空海に一瞬目を落とし、今まであったことを話し始めた。
神隠しにあっている村人が相当数出ている事。
それは村人たちが言う「呪われた森」で起きている事。
そしてその森で今日起きたこと。
眉間に少しばかりしわをよせ、小首をかしげた。
「その森は、その筋ではちょっとばかり名の知れている場所さぁ。しかしねぇ・・・、そんな剣呑な事は今まで聞いたことはないのだけれど・・・」
「その筋?あの森は一体何なのです?」
「昔から『使われていた』んだよ、ある男にね。そいつは相当やばかった・・・」
「その男の名前と居場所を教えていただきたいのだよ。疲れが出てつい寝てしまったようだな・・・。田村麻呂、さっさと起こせよ、気の利かぬ奴だなっ」
空海の声だ。
空海は上体だけ起こし、しかし精気に満ちた目を田村麻呂と女性に向けている。
「空海、お前いい加減にしろよなっ!」
「ようやく起きたかい。女の家に勝手に入ってきて、そのまま寝ちまう坊主なんかいやしないよ。そんなことが知れたら、寺にいれなくなるよ」
「やお殿、勝手に寝かせていただいた。田村麻呂、やお殿は、この世の『裏』や『闇』の出来事について、誰よりも詳しいし、顔が利く方だ。」
「やお殿?こちらの女性(にょしょう)のお名前か?このようなお若い女性が、裏の世界に精通しているというのか?」
田村麻呂が驚きの声をあげた。
「おやおや、空海の不調法を言えたものじゃあなかったね。まだ名乗ってもおりませんでしたね。私は『やお』、以後お見知りおきを」
そう言うと、この若い女性「やお」は艶やかな長い髪を揺らし、田村麻呂に向かい深々と頭を下げたのであった。
その横に田村麻呂が座っている。太い腕を組み、目を閉じている。
スー スー スー
闇と静寂の中で空海の規則正しい寝息のみ聞こえる。
どのくらいの時間が経ったか。
田村麻呂は目を閉じたまま、組んでいた右腕を解き、ゆっくりと床に置いてある太刀を掴んだ。
「へーっ、見事なものだね。これほど隙のない背中は見たことがないよ」
田村麻呂の背後から声がした。
「何者か?」
太刀を引きつけながら、座ったままの姿勢で田村麻呂は声の方向に静かに体を向けた。
「むっ・・・・」
田村麻呂は息をのんだ。
一人の女性がいた。
年のころは二十代の半ばほどであろうか。
すらりとした体つきに、艶やかな黒髪が腰のあたりまで伸びている。
子猫を思わせるような無邪気で大きな目を持つ妖艶でありながら可愛らしさを漂わせる美女だ。
宮中に勤める田村麻呂でさえ、これほど「男を刺激する」女性は見たことがない。
田村麻呂は一瞬とはいえ呆然とした。
「ご挨拶だね。ここはあたしの家。勝手に人の家にいるあんたこそ『何者』だい?」
「そっ、それは申し訳ない。私は坂上田村麻呂と申す者、帝に仕える身であり、決して怪しい者ではありませぬ。ここで寝ている僧に連れ来られたのです。『知り合いの家に行く』と言うものですから・・・。誰もお屋敷にはいない様子でしたが、この坊主が勝手に入って行き、ついにはこの部屋で寝てしまったのです。こ奴を置いて、私だけ戻るわけにもいかず・・・。おい空海、起きろ!お前が寝ていてはどうしようもないだろっ!起きろと言うに」
田村麻呂の顔は真っ赤だ。
「ああ、いいからいいいから。このまま寝かしといてあげようよ。へーっ、あんたが田村麻呂様。あんたの名は知れ渡っているよ。なるほどね、道理で隙が見えないはずだ。で空海はなぜわたしの家にやってきたんだい?」
「あっ、はい。実は・・・・」
田村麻呂は、まだ寝ている空海に一瞬目を落とし、今まであったことを話し始めた。
神隠しにあっている村人が相当数出ている事。
それは村人たちが言う「呪われた森」で起きている事。
そしてその森で今日起きたこと。
眉間に少しばかりしわをよせ、小首をかしげた。
「その森は、その筋ではちょっとばかり名の知れている場所さぁ。しかしねぇ・・・、そんな剣呑な事は今まで聞いたことはないのだけれど・・・」
「その筋?あの森は一体何なのです?」
「昔から『使われていた』んだよ、ある男にね。そいつは相当やばかった・・・」
「その男の名前と居場所を教えていただきたいのだよ。疲れが出てつい寝てしまったようだな・・・。田村麻呂、さっさと起こせよ、気の利かぬ奴だなっ」
空海の声だ。
空海は上体だけ起こし、しかし精気に満ちた目を田村麻呂と女性に向けている。
「空海、お前いい加減にしろよなっ!」
「ようやく起きたかい。女の家に勝手に入ってきて、そのまま寝ちまう坊主なんかいやしないよ。そんなことが知れたら、寺にいれなくなるよ」
「やお殿、勝手に寝かせていただいた。田村麻呂、やお殿は、この世の『裏』や『闇』の出来事について、誰よりも詳しいし、顔が利く方だ。」
「やお殿?こちらの女性(にょしょう)のお名前か?このようなお若い女性が、裏の世界に精通しているというのか?」
田村麻呂が驚きの声をあげた。
「おやおや、空海の不調法を言えたものじゃあなかったね。まだ名乗ってもおりませんでしたね。私は『やお』、以後お見知りおきを」
そう言うと、この若い女性「やお」は艶やかな長い髪を揺らし、田村麻呂に向かい深々と頭を下げたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
おめでとう。社会貢献指数が上がりました。
水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。
17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。
国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。
支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる