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その二 不動明王呪
九
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「父は人には言えないようなこともしておりました。情け容赦ない仕事ぶりで、恨みに思う者も多くいたことでしょう。しかし、非道なことは決して行わない人でもありました。そして何より私たち弟妹には、それはそれは優しい父親でございました」
弥生の姿は猫となっている。
着物をつけたまま、後ろ足二本で直立し、人間の大人ほどの大きさになっている。
「猫又」、化け猫である。
この化け猫は腐乱し、一部はミイラになっている田主に、この上なく優しく温かいまなざしを向けている。
いつの間にか、田主の周りには十を超える数の猫が集まり、小さな鳴き声を上げ、田主の死体を舐め始めた。
「私も弟や妹たちも、皆人間から捨てられたり、親が死に生き場を失ったものたちです。父はそんな私たちを拾い、我が子のように慈しんでくれました。私たちは食べ物や家だけでなく、初めて「愛情」というものを知ったのでございます。父がいなければ、皆、何のために生まれたのか分からぬまま、死んでいたことでございましょう」
空海は、弥生の言葉をじっと聞いている。
「そんな父も寄る年波には勝てず、一年ほど前から寝たきりになりました。先はそう長くはなかったでしょう。それでも私たちは、残された父との時を大切に大切に過ごしていたのです。あの男・安麻呂が来るまでは・・・」
・・・一人息子の安麻呂という男は、若い頃より様々な悪事に手を染めておりました。ですが、根が浅はかな安麻呂のやることは、すぐに露見するのです。父はその度に金品を使い、何とかおさめてまいりました。ですが度重なる不始末に、ついに父はたまりかね、安麻呂と親子の縁を切り、家から放逐したのでございます。今からそう十年ほど前の事にございました。
その安麻呂が何の前触れもなく、ひょっこりと現れたのは、まだ春になって間もなくの頃でございました。その時、もう父は一日のほとんどを寝たきりで過ごしていました。で。
「お前とは十年以上前に親子の縁を切った。今までどこをほっつき歩いていたのか。今更、のこのこ現れて何の用だ?」
「たった一人の息子と十年ぶりに会って、それはないだろう。金を少しばかり融通してほしいんだ。ちょっとばかしやばいことになったんでな。たんまりと貯めこんでいるのだろう。なあ頼むよ、この通りだ」
安麻呂は手を合わせ田主を拝んでみせた。
「どうせ、また賭博か女でしくじったか?十年前と何も変わらんな、お前は。お前が少しでも改心し、まっとうな道を歩んでいたならばな・・・・。お前にやる金などない!二度とそのみっともない顔を見せるな!」
「何だとぉ!てめえがやってきたことを思い出してみろよ。思えを恨み、何人が泣いてきた?偉そうなことを言えた義理かよ」
安麻呂はそう言うと、寝たきりの田主の布団をはぎとり、胸倉をつかみ、布団から引きずり出した。
シャーッ
シァーツ
猫たちが一斉に声をあげ、毛を逆立てて威嚇する。
「気味の悪い猫どもだ」
そう言うと、安麻呂は田主から手を放し、懐から小刀を抜き出した。そして、自分の一番近くにいた猫の顔面を切りつけた。
フギャーッ
フギャー
みるみると猫の顔が血で真っ赤に染まる。
「梅(うめ)!安麻呂、お前、何という事をするっ!」
田主は何とか起き上がろうとしながら、絶叫した。
「金を渡せ!渡さなければ、猫どもを一匹ずつ切り刻んでいくぜ。次はこいつだ」
そう言うと安麻呂は弥生に手を伸ばしてきた。
弥生が安麻呂の顔面に飛びかかった。
弥生に続き十匹を超える猫たちも安麻呂に取りつき、腕、足、背中に爪や歯をたてる。
「痛ぇーっ!何だ、こいつら!性悪な猫どもがぁ!」
安麻呂の頬に弥生がつけた爪跡がくっきりと残り、そこから鮮血が流れ出る。顔だけでなく腕や足からも血が流れている。
安麻呂は、憎悪に満ちた目を田主と猫たちに向けながら、慌てて部屋から出て行く。
「大人しく金を渡せばいいものを・・・。もういい!お前がくたばってから、ゆっくりと金のありかを探すとするさ。とっととくたばっちまえ!」
安麻呂は、そう言い残し出て行った。
・・・それからあの男はどうしたと思います?あの男は家の使用人全てに暇を出したのです。いぶかしむ者も多くいましたが、安麻呂は何のかんのと言いくるめ、また一人息子の申し出を使用人たちも断るわけにいかず、全てがこの屋敷から去ったのでございます。父は屋敷にたった一人残されたのです。安麻呂は一人では動くことの出来ない父に、食べる物、飲む物、生きるのに必要なものは何も、一つも渡さないのです!
そして、あの男は廊下から飢えと渇きに苦しみ弱っていく父の姿を、さも楽しそうに薄笑いを浮かべながら、じっと見ておりました。
猫である私どもには何もできません。苦しむ父を見てもなにも出来ません!父は飢えと渇きに苦しみながら死んでいったのです。
「弥生、鈴、万、六、梅、白、・・・」
父は最後の力を振り絞り、私と弟妹達の名を言い息絶えたのです!
私たちのできることは、父の体から出るウジ虫やハエなどを喰うこと。そうやって父の体を守る事。それしかできないのです!
弥生は目を真っ赤にし、そして話し終えた。
弥生の姿は猫となっている。
着物をつけたまま、後ろ足二本で直立し、人間の大人ほどの大きさになっている。
「猫又」、化け猫である。
この化け猫は腐乱し、一部はミイラになっている田主に、この上なく優しく温かいまなざしを向けている。
いつの間にか、田主の周りには十を超える数の猫が集まり、小さな鳴き声を上げ、田主の死体を舐め始めた。
「私も弟や妹たちも、皆人間から捨てられたり、親が死に生き場を失ったものたちです。父はそんな私たちを拾い、我が子のように慈しんでくれました。私たちは食べ物や家だけでなく、初めて「愛情」というものを知ったのでございます。父がいなければ、皆、何のために生まれたのか分からぬまま、死んでいたことでございましょう」
空海は、弥生の言葉をじっと聞いている。
「そんな父も寄る年波には勝てず、一年ほど前から寝たきりになりました。先はそう長くはなかったでしょう。それでも私たちは、残された父との時を大切に大切に過ごしていたのです。あの男・安麻呂が来るまでは・・・」
・・・一人息子の安麻呂という男は、若い頃より様々な悪事に手を染めておりました。ですが、根が浅はかな安麻呂のやることは、すぐに露見するのです。父はその度に金品を使い、何とかおさめてまいりました。ですが度重なる不始末に、ついに父はたまりかね、安麻呂と親子の縁を切り、家から放逐したのでございます。今からそう十年ほど前の事にございました。
その安麻呂が何の前触れもなく、ひょっこりと現れたのは、まだ春になって間もなくの頃でございました。その時、もう父は一日のほとんどを寝たきりで過ごしていました。で。
「お前とは十年以上前に親子の縁を切った。今までどこをほっつき歩いていたのか。今更、のこのこ現れて何の用だ?」
「たった一人の息子と十年ぶりに会って、それはないだろう。金を少しばかり融通してほしいんだ。ちょっとばかしやばいことになったんでな。たんまりと貯めこんでいるのだろう。なあ頼むよ、この通りだ」
安麻呂は手を合わせ田主を拝んでみせた。
「どうせ、また賭博か女でしくじったか?十年前と何も変わらんな、お前は。お前が少しでも改心し、まっとうな道を歩んでいたならばな・・・・。お前にやる金などない!二度とそのみっともない顔を見せるな!」
「何だとぉ!てめえがやってきたことを思い出してみろよ。思えを恨み、何人が泣いてきた?偉そうなことを言えた義理かよ」
安麻呂はそう言うと、寝たきりの田主の布団をはぎとり、胸倉をつかみ、布団から引きずり出した。
シャーッ
シァーツ
猫たちが一斉に声をあげ、毛を逆立てて威嚇する。
「気味の悪い猫どもだ」
そう言うと、安麻呂は田主から手を放し、懐から小刀を抜き出した。そして、自分の一番近くにいた猫の顔面を切りつけた。
フギャーッ
フギャー
みるみると猫の顔が血で真っ赤に染まる。
「梅(うめ)!安麻呂、お前、何という事をするっ!」
田主は何とか起き上がろうとしながら、絶叫した。
「金を渡せ!渡さなければ、猫どもを一匹ずつ切り刻んでいくぜ。次はこいつだ」
そう言うと安麻呂は弥生に手を伸ばしてきた。
弥生が安麻呂の顔面に飛びかかった。
弥生に続き十匹を超える猫たちも安麻呂に取りつき、腕、足、背中に爪や歯をたてる。
「痛ぇーっ!何だ、こいつら!性悪な猫どもがぁ!」
安麻呂の頬に弥生がつけた爪跡がくっきりと残り、そこから鮮血が流れ出る。顔だけでなく腕や足からも血が流れている。
安麻呂は、憎悪に満ちた目を田主と猫たちに向けながら、慌てて部屋から出て行く。
「大人しく金を渡せばいいものを・・・。もういい!お前がくたばってから、ゆっくりと金のありかを探すとするさ。とっととくたばっちまえ!」
安麻呂は、そう言い残し出て行った。
・・・それからあの男はどうしたと思います?あの男は家の使用人全てに暇を出したのです。いぶかしむ者も多くいましたが、安麻呂は何のかんのと言いくるめ、また一人息子の申し出を使用人たちも断るわけにいかず、全てがこの屋敷から去ったのでございます。父は屋敷にたった一人残されたのです。安麻呂は一人では動くことの出来ない父に、食べる物、飲む物、生きるのに必要なものは何も、一つも渡さないのです!
そして、あの男は廊下から飢えと渇きに苦しみ弱っていく父の姿を、さも楽しそうに薄笑いを浮かべながら、じっと見ておりました。
猫である私どもには何もできません。苦しむ父を見てもなにも出来ません!父は飢えと渇きに苦しみながら死んでいったのです。
「弥生、鈴、万、六、梅、白、・・・」
父は最後の力を振り絞り、私と弟妹達の名を言い息絶えたのです!
私たちのできることは、父の体から出るウジ虫やハエなどを喰うこと。そうやって父の体を守る事。それしかできないのです!
弥生は目を真っ赤にし、そして話し終えた。
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