59 / 102
その四 美女と野獣
七
しおりを挟む
山の中に洞穴を見つけて、そこで暮らし始めた。川も近くにあり、飲み水にも困らない。まだ秋になったばかりだから、魚や木の実、きのこ等は山に入れば、信じられないほど手に入る。
この人の名前は知らない。名前を聞いたけど、「もう、忘れた」って。だから、あたしはずっと「あんた」って呼んでいる。
山に潜んで二日目の昼だった。
「村の人間が山に入っている。百人くらいはいるかもしれない」
「あたしたちを探してるんだ。山狩りまだ始めたね」
「ここに居れば、すぐには見つからない。もう少し様子を見てから動こう」
「あんたはもの凄く強いじゃないか。いざとなれば、また虎に・・・」
あたしはそこで言葉に詰まった。この人があまりにも哀しい目をしているから。
「・・・もうなりたくない。俺は人なんだ」
あたしは、この人の首に両手を回し、この人の顔を引き寄せた。とにかく愛おしい。
唇を重ねた。
「俺は虎には、なりたくない。ただお前を守るためなら、いつでも獣になる」
「嬉しい」
あたしたちは、体を重ねる。
この先、何が起こるか分からない。幸せにはなれないだろう。でもいいんだ。今が、今この時が、本当に幸せなんだから。
「萩、起きろ」
三日目の夜、あたしは揺り起こされた。
「どうしたんだい?またしたくなったのかい」
「馬鹿、違う。人が来る。まっすぐに近づいて来る」
この人の声が硬い。緊張しているんだ。今までそんなことはなかった。とうとう見つかっちまったのか。
「逃げよう!夜の山の中だ。奴らが来る前に逃げるんだよ」
「違う。この気配は村人じゃない。岩だ。大きくて、強い岩。もう一つは・・・熱い、そして明るい。まるで陽の光だ。陽が近づいているか!」
「何だい、それは?村の奴らじゃなきゃ何なのさ。まさか山賊の仲間じゃないだろうね」
「萩、下がっていろ」
この人はそう言いうと、洞穴の入り口に歩いて行く。二本足から四本足に。太い尾が伸びてきた。虎になった。虎にならなきゃ駄目な相手なんだ。
「あんた!」
あたしは思わず大声をあげてしまった。
「声が聞こえたぞ。この洞穴か。お前の言ったとおりだな」
「俺は十年以上、この国のいたる所を歩き回った。よく、山の中で寝起きしたものさ。山の中の隠れ場所なら見当がつく」
二人の男が話している。
「萩殿、虎の方もご一緒でございましょう。あなた方に危害を加える者ではありませぬ。まずは出てこられよ」
歳の分からない声だ。若いようにも思えるし、年配のようにも聞こえる。
「萩、知っている声か?」
この人が尋ね、あたしは首を振る。
「この男・・・油断するな」
ボトッ
何かが投げ込まれてきた。布だ。布に石を包み、投げ込んできたんだ。この人が拾い、布を広げる。
「ん?何だ、これは?」
石と一緒に包まれていたものがあった。それをこの人がつまみ上げる。あたしは顔を寄せた。紙だ。
紙を人型に切ったもの・・・、これはあれじゃあないか!
「夕殿から頼まれた。あなた方を助けてほしいとな。それで探していたのだ。萩殿に会ったら伝えて欲しいとも頼まれた。『助けてくれてありがとう』とな」
夕様・・・。この人型に切った紙は、夕様が一番気に入っている「ひいな」だ。
あたしは「ひいな」を手に取り、じっと見つめる。どうしたんだろう?胸から何かが、こみあげて来た。
「そしてこうも言っていた。『萩、大好き。』・・・だそうだ」
あたしの胸から、熱いものが喉を通って口まで来た。口を押えたけど、押さえきれない。声が漏れる。最初は小さかったのに、どんどん大きくなっていく。
「うっ、うううっ。夕様っ、夕様」
あたしの目から涙が流れ落ちる。
あたしのむせび泣く声と虫たちの声が秋の夜に静かに広がっていく。
「萩殿、出てこられよ。私は空海、もう一人は坂上田村麻呂。あなた方をお助けいたしましょう」
この人の名前は知らない。名前を聞いたけど、「もう、忘れた」って。だから、あたしはずっと「あんた」って呼んでいる。
山に潜んで二日目の昼だった。
「村の人間が山に入っている。百人くらいはいるかもしれない」
「あたしたちを探してるんだ。山狩りまだ始めたね」
「ここに居れば、すぐには見つからない。もう少し様子を見てから動こう」
「あんたはもの凄く強いじゃないか。いざとなれば、また虎に・・・」
あたしはそこで言葉に詰まった。この人があまりにも哀しい目をしているから。
「・・・もうなりたくない。俺は人なんだ」
あたしは、この人の首に両手を回し、この人の顔を引き寄せた。とにかく愛おしい。
唇を重ねた。
「俺は虎には、なりたくない。ただお前を守るためなら、いつでも獣になる」
「嬉しい」
あたしたちは、体を重ねる。
この先、何が起こるか分からない。幸せにはなれないだろう。でもいいんだ。今が、今この時が、本当に幸せなんだから。
「萩、起きろ」
三日目の夜、あたしは揺り起こされた。
「どうしたんだい?またしたくなったのかい」
「馬鹿、違う。人が来る。まっすぐに近づいて来る」
この人の声が硬い。緊張しているんだ。今までそんなことはなかった。とうとう見つかっちまったのか。
「逃げよう!夜の山の中だ。奴らが来る前に逃げるんだよ」
「違う。この気配は村人じゃない。岩だ。大きくて、強い岩。もう一つは・・・熱い、そして明るい。まるで陽の光だ。陽が近づいているか!」
「何だい、それは?村の奴らじゃなきゃ何なのさ。まさか山賊の仲間じゃないだろうね」
「萩、下がっていろ」
この人はそう言いうと、洞穴の入り口に歩いて行く。二本足から四本足に。太い尾が伸びてきた。虎になった。虎にならなきゃ駄目な相手なんだ。
「あんた!」
あたしは思わず大声をあげてしまった。
「声が聞こえたぞ。この洞穴か。お前の言ったとおりだな」
「俺は十年以上、この国のいたる所を歩き回った。よく、山の中で寝起きしたものさ。山の中の隠れ場所なら見当がつく」
二人の男が話している。
「萩殿、虎の方もご一緒でございましょう。あなた方に危害を加える者ではありませぬ。まずは出てこられよ」
歳の分からない声だ。若いようにも思えるし、年配のようにも聞こえる。
「萩、知っている声か?」
この人が尋ね、あたしは首を振る。
「この男・・・油断するな」
ボトッ
何かが投げ込まれてきた。布だ。布に石を包み、投げ込んできたんだ。この人が拾い、布を広げる。
「ん?何だ、これは?」
石と一緒に包まれていたものがあった。それをこの人がつまみ上げる。あたしは顔を寄せた。紙だ。
紙を人型に切ったもの・・・、これはあれじゃあないか!
「夕殿から頼まれた。あなた方を助けてほしいとな。それで探していたのだ。萩殿に会ったら伝えて欲しいとも頼まれた。『助けてくれてありがとう』とな」
夕様・・・。この人型に切った紙は、夕様が一番気に入っている「ひいな」だ。
あたしは「ひいな」を手に取り、じっと見つめる。どうしたんだろう?胸から何かが、こみあげて来た。
「そしてこうも言っていた。『萩、大好き。』・・・だそうだ」
あたしの胸から、熱いものが喉を通って口まで来た。口を押えたけど、押さえきれない。声が漏れる。最初は小さかったのに、どんどん大きくなっていく。
「うっ、うううっ。夕様っ、夕様」
あたしの目から涙が流れ落ちる。
あたしのむせび泣く声と虫たちの声が秋の夜に静かに広がっていく。
「萩殿、出てこられよ。私は空海、もう一人は坂上田村麻呂。あなた方をお助けいたしましょう」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる