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その五 地獄変
十三
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白い世界。田村麻呂がいる。右手に刀を下げている。田村麻呂の前には空海がいる。
『田村麻呂、そいつだ。前にいるこいつを斬るんだ。こいつは俺たちの行く手を阻む奴だ』
刀の「声」が聞こえる。
「いや、駄目だ。こいつは斬れない。斬ってはいけない・・・」
田村麻呂が苦しそうに答えた。
『必ず俺たちの邪魔をする。俺たちの夢をぶち壊す奴だ。斬れ、斬るんだっ!』
刀の声が響き渡る。
「まったく良秀と同じだな、お前は。『斬れ』、『殺せ』とか好き勝手に言いやがって。何様のつもりだ、お前は」
空海が呆れた顔をし、淡々と話しかける。
『何だとっ!お前、ここが恐ろしくはないのか?不安だろ?怖いだろ?淋しいだろう?強がらなくてもいいのだぞ』
「ここは現世ではない、霊性の世界だろうな。霊力、精神力がものをいう世界。ならば、ここは俺の世界。精神力で俺に勝る者など一人もいない」
空海がそう言い放った瞬間、空海の周囲に三頭の巨大な虎が現れた。
グルルルル グルルルル
グルル グルル
うなり声をあげ、口から巨大な牙をのぞかせ、よだれを流しながら、空海の周りを回る。
『骨まで噛み砕け!』
グオーッ
ガオーッ
ゴオオオオウ
三頭の虎が一斉に空海の飛びかかった。虎の巨大な爪が空海を引き裂いた。腕は牙で噛み砕かれた。あっという間に空海は首だけになってしまった。
その「空海」の口が動いた。
「滅!」
一言で、虎は消滅し、空海は元通りの体に戻る。
そして、顔にはあの仏像の笑みが浮かんでいる。
『おのれーっ』
空海の周りに二十に迫る数の刀が現れ、空海に向かい、突き刺さる。
ズザ ズザ ズザ ズバッ
ズバ ズバ ズバ ズサッ
空海がハリネズミのようになった。
空海の口が動く。
「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ
マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」
光明真言。全ての災いを払う、大日如来のマントラである。
空海の突き刺さっていた刀が跡形もなく消えてなくなる。
何事もなかったように空海が立っている。
「おい刀。俺をなめるなよ。俺はこの世で唯一の正当なる密教伝承者。お前ごときの邪な妖力で俺に立ち迎えるとでも思ったか!我が名は空海。大宇宙を貫く法を極める男!田村麻呂は返してもらう!」
空海が叫んだ。
歌い上げた。
パリ パリ パリ パリ パリパリパリッ
白い世界が崩れ始める。
現実の世界が現れ始める。
「・・・くうかい。そう、あいつの名は空海。あいつは俺の・・・」
田村麻呂が小さく呟いた。
『そうだよ田村麻呂!こいつは空海!こいつだけは殺さなければいけないっ!斬れっ。斬るんだ、田村麻呂!』
天には黒々とした雲が渦を巻き、地では風が吹き荒れる。
ただ川は白波を立てるほどに荒れ狂い、そこに立つ人間は三人。
空海、田村麻呂、やお。
幽世の世界が無くなり、ここは現世。
良秀のたたら場近くの川。
川の中で空海と田村麻呂が向かい合う。
田村麻呂が大きく刀を振り上げた。そして一気に振り下ろす!何のためらいもない。
空海は動かない。
身じろぎ一つせず、田村麻呂を見つめる。
ガリンッ
刀が空海めがけて振り下ろされ、切っ先が川の中に突き刺さった。
すさまじい剣風だ。
「おい空海、俺にお前を殺させるつもりか?」
田村麻呂である。田村麻呂が笑みを浮かべながらそう言った。優しく温かな「目」が戻っている。元の田村麻呂がそこにいた。
「お前はしない。それだけは絶対にしないさ」
空海が応えた。どこも斬られていない。無傷だ。田村麻呂が振り下ろした刀は、まさに空海の鼻先をすれすれにかすめながら、振り下ろされたのだ。
だがもし、少しでも空海が動いていたならば・・・・。
「空海、田村麻呂。良かった。本当に良かったっ」
やおが駆け寄ってきた。
「やお殿、助かった。やお殿が作ってくれたあの一瞬が俺を、俺たちを救ってくれた。礼を言う」
「ひどいな、やお殿は。俺の後ろから刀を投げつけるとはな。俺は危うく殺されるところだった」
田村麻呂の顔に笑みが浮かぶ。
「何言ってんだい。坂上田村麻呂があたしの投げた刀を避けられないはずないだろ。しかもあたしは『田村麻呂』って叫びながら投げてやったんだ。とにかく、あんたたち二人とつき合っていると、本当に命がいくつあっても足りないよね。寿命が縮んだよ。・・・あっ、それはないか」
やおはそう言うと、弾けたように笑い出した。
「やお殿・・・」
空海は大声で笑うやおを優しく見つめる。
田村麻呂は、そんなやおとそんな空海を見つめている。
風がおさまり、天が光を注ぎ、川は穏やかに流れる。
何の変哲もない美しい晩秋の風景である。
『田村麻呂、そいつだ。前にいるこいつを斬るんだ。こいつは俺たちの行く手を阻む奴だ』
刀の「声」が聞こえる。
「いや、駄目だ。こいつは斬れない。斬ってはいけない・・・」
田村麻呂が苦しそうに答えた。
『必ず俺たちの邪魔をする。俺たちの夢をぶち壊す奴だ。斬れ、斬るんだっ!』
刀の声が響き渡る。
「まったく良秀と同じだな、お前は。『斬れ』、『殺せ』とか好き勝手に言いやがって。何様のつもりだ、お前は」
空海が呆れた顔をし、淡々と話しかける。
『何だとっ!お前、ここが恐ろしくはないのか?不安だろ?怖いだろ?淋しいだろう?強がらなくてもいいのだぞ』
「ここは現世ではない、霊性の世界だろうな。霊力、精神力がものをいう世界。ならば、ここは俺の世界。精神力で俺に勝る者など一人もいない」
空海がそう言い放った瞬間、空海の周囲に三頭の巨大な虎が現れた。
グルルルル グルルルル
グルル グルル
うなり声をあげ、口から巨大な牙をのぞかせ、よだれを流しながら、空海の周りを回る。
『骨まで噛み砕け!』
グオーッ
ガオーッ
ゴオオオオウ
三頭の虎が一斉に空海の飛びかかった。虎の巨大な爪が空海を引き裂いた。腕は牙で噛み砕かれた。あっという間に空海は首だけになってしまった。
その「空海」の口が動いた。
「滅!」
一言で、虎は消滅し、空海は元通りの体に戻る。
そして、顔にはあの仏像の笑みが浮かんでいる。
『おのれーっ』
空海の周りに二十に迫る数の刀が現れ、空海に向かい、突き刺さる。
ズザ ズザ ズザ ズバッ
ズバ ズバ ズバ ズサッ
空海がハリネズミのようになった。
空海の口が動く。
「オン アボキャ ベイロシャナウ マカボダラ
マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」
光明真言。全ての災いを払う、大日如来のマントラである。
空海の突き刺さっていた刀が跡形もなく消えてなくなる。
何事もなかったように空海が立っている。
「おい刀。俺をなめるなよ。俺はこの世で唯一の正当なる密教伝承者。お前ごときの邪な妖力で俺に立ち迎えるとでも思ったか!我が名は空海。大宇宙を貫く法を極める男!田村麻呂は返してもらう!」
空海が叫んだ。
歌い上げた。
パリ パリ パリ パリ パリパリパリッ
白い世界が崩れ始める。
現実の世界が現れ始める。
「・・・くうかい。そう、あいつの名は空海。あいつは俺の・・・」
田村麻呂が小さく呟いた。
『そうだよ田村麻呂!こいつは空海!こいつだけは殺さなければいけないっ!斬れっ。斬るんだ、田村麻呂!』
天には黒々とした雲が渦を巻き、地では風が吹き荒れる。
ただ川は白波を立てるほどに荒れ狂い、そこに立つ人間は三人。
空海、田村麻呂、やお。
幽世の世界が無くなり、ここは現世。
良秀のたたら場近くの川。
川の中で空海と田村麻呂が向かい合う。
田村麻呂が大きく刀を振り上げた。そして一気に振り下ろす!何のためらいもない。
空海は動かない。
身じろぎ一つせず、田村麻呂を見つめる。
ガリンッ
刀が空海めがけて振り下ろされ、切っ先が川の中に突き刺さった。
すさまじい剣風だ。
「おい空海、俺にお前を殺させるつもりか?」
田村麻呂である。田村麻呂が笑みを浮かべながらそう言った。優しく温かな「目」が戻っている。元の田村麻呂がそこにいた。
「お前はしない。それだけは絶対にしないさ」
空海が応えた。どこも斬られていない。無傷だ。田村麻呂が振り下ろした刀は、まさに空海の鼻先をすれすれにかすめながら、振り下ろされたのだ。
だがもし、少しでも空海が動いていたならば・・・・。
「空海、田村麻呂。良かった。本当に良かったっ」
やおが駆け寄ってきた。
「やお殿、助かった。やお殿が作ってくれたあの一瞬が俺を、俺たちを救ってくれた。礼を言う」
「ひどいな、やお殿は。俺の後ろから刀を投げつけるとはな。俺は危うく殺されるところだった」
田村麻呂の顔に笑みが浮かぶ。
「何言ってんだい。坂上田村麻呂があたしの投げた刀を避けられないはずないだろ。しかもあたしは『田村麻呂』って叫びながら投げてやったんだ。とにかく、あんたたち二人とつき合っていると、本当に命がいくつあっても足りないよね。寿命が縮んだよ。・・・あっ、それはないか」
やおはそう言うと、弾けたように笑い出した。
「やお殿・・・」
空海は大声で笑うやおを優しく見つめる。
田村麻呂は、そんなやおとそんな空海を見つめている。
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何の変哲もない美しい晩秋の風景である。
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